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第194話 剣か槍かで決めましょう

 下界に来てから、驚くことばかりだ。

 まるでお伽話の世界にでも迷い込んだような。

 豊かな世界であることも当然そうだが、それ以上に文明があまりにも発展している。


 もちろん魔法だなどとは思わない。

 火の力を使って走る馬車も、雷の力を使って動く機構も、伝承には残っているのだ。

 とっくの昔に失われたテクノロジーだけれど、ヨルたちの世界にもかつては似たような技術が存在していた。


 もし世界が滅びに向かうことがなければ——

 きっと似たような発展を遂げていたのではないか。

 そうヨルは思った。


 だがそんなことはヨルが王族だから知り得た知識だ。

 古い時代のことを、民衆はあまり知らない。

 隠されているわけではない。

 失われた技術の知識など、過酷な世界を生き抜くのに、なんの役にも立たないからだ。

 

「なんだこれ! なんだこれ!」

「おい! お湯が無限に出てくんぞ!」

「ぐわぁ! 熱風が顔に!」


 だからヨルを除いた三人は、一つ一つに大騒ぎしていた。


「なんでしょう、これは」


 カッシが何かを見つけたようだった。

 箱の中に、様々な形をした焦茶色の何かが、整然と収められている。


「宝石か?」


 ダックがそんなことを言う。

 確かに箱に丁寧に収められている様は、そう見えなくもない。


「でも宝石って感じじゃないですよ」

「こっちの世界じゃ貴重なものかもしれないだろ」

「それは、そうかもしれないですけど……」


 そう呟きながらも、カッシは納得していない様子だった。

 ヨルにもその気持ちがわかる。

 表面に光沢はあるものの、色合いのせいもあってか、まるで琴線に触れない。

 せいぜいよくできた泥団子くらいにしか思えない。


 ヨルは宝飾品に興味がないけれど、生まれが生まれだから審美眼は備わっていた。

 でもダックにはそれがわからないようだ。

 生まれの差——

 というよりは、男女の差が大きいような気もする。


「これ、食い物なんじゃねえ?」


 横から覗き込んだパッケがそんなことを言った。


「これが?」

「昔の宮廷料理人の本で読んだことあんだよ。飽き性のわがまま姫のために、気を衒った料理ばっか作ってたって」


 元料理人のパッケらしい着眼点だ。


「ちょっ食べてみろよ」

「なんで私が。パッケさんが食べればいいじゃないですか」

「お前が見つけたんだろ」

「嫌ですよ。せめてダックさんも入れて『剣か槍か』で決めましょう」

「よっしゃ、じゃあ四人で勝負すっか」

「なんでお姉さまも入ってるんですか!」

「ほー、じゃあ何か? お前はヨルを仲間外れにするってんだな?」

「いや仲間外れとかじゃなくて、お姉様にこんな得体の知れないもの食べさせるわけにはって……」

「そういう気遣いが、相手を傷つけてたりするんだよなぁ」

「うぅ……。わ、わかりましたよっ。私が食べればいいんでしょっ、食べればっ!」


 やけくそのように言い、カッシは箱から一つを摘み上げた。


「なんか綺麗なうんこみたいだな」

「俺、調子いい時に、ほぼ同じの捻り出したことあるわ」


 ダックの下品な感想にパッケが乗っかる。

 カッシは顔を引き攣らせつつも、それならなおのこと敬愛するお姉様に食べさせるわけにはいかないと、端っこの方を少しだけ齧った。

 それからムニムニとおっかなびっくり咀嚼して、うげぇと今にも吐き出しそうな顔をした。


「ダメです、とても食べられたものじゃないですよ、これ」

「てことは相当美味えってことだな!」

「寄越せ! 独り占めしようったってそうはいくか!」

「ああクソ! なんでバレた!」

「本当に不味かったら美味いふりして俺たちにも食わせようとするだろテメェは!」


 三人は激しい争奪戦を繰り広げる。

 そのトンチキ騒ぎを遠巻きに眺めながら、私もあの輪の中に飛び込めたらな、とヨルは思った。

 仲間たちを見ていると、いつも感じることだった。


 でもヨルにはそれができない。

 はしゃぐのが恥ずかしいとかってわけではない。

 元とはいえ、聖女の役目が心理的なブレーキになるのだ。


 そしてなにより——

 そもそもヨルは、はしゃぎ方を知らなかった。


 そんなことを考えていると、カッシが駆け寄ってくる。

 何かを成し遂げたような笑顔を浮かべながら。


「あのアホどもから奪ってまいりましたっ」


 そう言って、合わせていた手を開く。

 焦茶色の物体が、カッシの小さな手の中で潰れていた。

 融点が低いらしく、半ば溶けて手を汚している。


「あ、すみません……」


 捕まえた虫が息絶えていたみたいな、傷ついた子供のような反応を見せる。

 ヨルはカッシの手のひらから一つを摘み、口に放り込んだ。


「あっ」


 ヨルは味わうように、ゆっくりと咀嚼した。

 

「甘くて美味しいな。ありがとう」


 カッシは安心したように、えへへと笑った。

 ヨルは微笑み返してやることもできない。

【創作裏話】

 余談ですが、この世界には『北センチネル島ダンジョン』が存在し、ヘリコプターの概念みたいなモンスターや、飛行機の概念のようなモンスターや、船の概念のようなモンスターが出てきます。


 他にも様々なモンスターが出没して、その多くは鉄骨でできた骨格を持ち、半透明の分厚い鱗に覆われています。

 その鱗には、しばしば不思議な模様が浮かんでいます。

 伸び放題の植物の蔓みたいに無秩序にも思えるのですが、よく観察すると「Coca-Cola」のロゴに見えなくもなかったり……。


 そして、そんなモンスターたちが産み落とす巨大な卵。

 その殻は炭酸カルシウムではなく、プラスチックでできています。


 ですが、そのダンジョンには原住民を除くとジローしか入ったことがなく、しかも当時はまだ配信活動をしていなかったから、詳細は何もわかっておりません。

 いつか番外編として書いてみてもいいかもなぁ、とか考えております。

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