第193話 ギャングスターに憧れて
博士とは別の部屋でシャワーを浴びて、バスローブ姿でしばらくくつろいでいると、ホテルの従業員さんが着替えを持ってきてくれた。
きっと博士がオーナー権限で用意させたのだろう。
黒Tにライトグレーのセットアップ。
こういうフォーマル寄りの服はあまり着ないから、落ち着かない気持ちになった。
肌触りだけで高級なことがわかるし。
知らないブランドだったけれど、もしかしたら俺が無知なだけで有名ブランドだったりするのかもしれない。
姿見の前で色んなポージングをしていると、扉がガチャリと開かれる。
振り返ると、呆れ顔の博士と目が合った。
「……なんでジョジョ立ちしてんだ、お前は」
「ジョジョ立ち?」
「は? 嘘だろ、無自覚でそのポーズに行き着いたのか?」
さすがに『ジョジョ立ち』って言葉くらいは聞いたことがある。
でも具体的にどんなものなのかは知らない。
俺は着慣れない服にテンションが上がって、自分なりの格好いいポージングを模索していただけだ。
ちなみに博士曰く、俺はギャングスターに憧れていたらしい。
博士もバスローブから着替えていた。
ベージュのワイドスラックスに黒のニットシャツ。
その上からトレードマークともいえる白衣を身に纏っている。
サイズが大きすぎてトレンチコートのようにも見えるのだが、博士が着るとめちゃくちゃ似合っているから不思議だ。
「行くぞ」
「はい」
どこに、などと尋ねる必要はない。
わざわざ身だしなみを整えて訪ねるとこなんて、決まりきっている。
俺は壁に立てかけていた剣を手に取った。
「持ってくのか、それ」
「はい」
「…………」
博士は何か言いたそうにしていた。
でもわずかな逡巡の後に、「そうか」と呟いただけだった。
俺一人だけなら、わざわざ武器を携帯したりはしない。
相手を刺激するだけだから。
でも博士が傍にいるのだから、そんなことも言っていられない。
どんなに可能性が低くても、万が一に備える以外の選択肢が、俺にはないのだ。
俺たちはエレベーターに乗り込んで、最上階へと向かった。
別世界の彼らがいる扉の前で、博士が立ち止まる。
一瞬だけど、緊張するような仕草を見せた。
三歩後ろを歩いていた俺は、割り込むように博士の前に立つ。
そして女性を毒味役や盾代わりにしていたことがレディファーストの起源である、みたいな話を思い出しながら扉をノックした。
もちろん俗説なのは知っているけれど、博士にその役を任せる気にはなれなかった。
返事はない。
ノックが聞こえなかったわけでも、寝ているとかでもないはずだ。
扉の向こうで、彼らが身構えるような気配があったから。
その緊張が伝播して、俺も少し固くなってしまう。
十秒ほど待ってから、俺はもう一度ノックした。
でも結果は同じだ。
返事どころか、動く気配すらない。
「……どういうことなんですかね?」
俺は小声で背後の博士に尋ねる。
ここまで付いてきたということは、彼らは俺たちを完全に拒絶しているわけではないはずだ。
なのにどうして無視するのだろう。
「あっちにはノックの文化がないのかもな」
「ああ」
目から鱗が落ちる。
そんな可能性、思いつきもしなかった。
(そっか、そういうこともあり得るのか)
だとしたら扉の向こうで身構える彼らの気持ちもわかる。
無言で扉を叩かれるって、冷静に考えたらめちゃくちゃ怖いかもしれない。
俺たちの間で『来訪を伝える合図』だという共通認識があるだけで。
今更だけれど、彼らとの文化的距離を痛感する。
俺はなんとなく、北センチネル島を思い出した。
(あそこに漂流した時も、めちゃくちゃ大変だったからなぁ……)
でも最終的には仲良くなれたから、別世界の彼らともうまくやっていけるはずだ。
とはいえだ。
「……どうしたらいいんだろう」
声をかけようにも、言葉が通じないのだから警戒を解くことはできないだろう。
「面倒臭え」
そう言って、博士がカードキーを差し出してきた。
きっとマスターキーなのだろう。
オーナーの権限をフル活用してやがる。
俺が使わせてもらっているグレードの低い部屋にはオートロックなんてなかったのだが……。
それどころかギザギザの古いタイプの鍵だった。
やはりVIPは扱いが違うようだ。
(いいのかな……)
そう思ったものの、他に選択肢がないのも事実だ。
俺は意を決してカードキーを当てる。
カチャリと鍵が開く音がする。
ドアノブを回し、恐る恐る扉を押し開ける。
広い玄関。
でもそこに彼らの姿はない。
「……失礼しま〜す」
小声で呟きながら、俺は中に足を踏み入れた。
「先に一人で行くんで、とりあえず待っててください」
「わかった」
俺は呼吸を殺し、抜き足差し足で進む。
広い玄関を抜けた先に、豪華な両開きの扉があって、その片側が開かれていた。
俺はそこから顔を出して、室内を覗き見た。
四人が勢揃いしている。
臨戦態勢でこそないものの、リラックスしている様子はなく、武器を手に持ち直立不動でじっとこちらを見つめてくる。
なんか過去のトラウマが呼び起こされそうな感覚があって、俺は慌てて記憶に蓋をした。
敵意がないことを示すために、片手を上げて、
「ハロー」
と挨拶する。
なんで英語だったのかは自分でもわからん。
【創作裏話】
おしっこの話をしたらしただけブックマークが減っていきます。
きっと紛れ込んだ魔の物が聖水によって浄化されているのでしょう。
これからも積極的に浄化させていく所存です。




