第191話 雲上人
「とりあえず行くぞ」
「どこに?」
「ホテル」
そういえば博士が別世界の彼らに対して「ホテルを用意してる」と声をかけていたことを思い出す。
俺たちは車に戻った。
さっきまでよりも速い速度で車は走る。
怪我人のザガンさんを無事に病院まで送り届けたからだろう。
それでも荷台の彼らを気遣ってか、相変わらず安全運転だった。
俺は博士をチラと見る。
ハンドルをしっかりと握り、やや前傾姿勢で前方を凝視している。
もしかしたら本当はペーパードライバーで、めちゃくちゃおっかなびっくり運転しているだけかも知れない。
しばらくすると、そこそこ栄えた一帯に足を踏み入れる。
といっても地方都市の域をでないんだけれど。
全体的に建物が古く、歴史を感じさせる街並みだ。
その中で一際大きな建物の前で車が止まった。
ここが博士のいうホテルなのだろう。
別世界からの来賓をもてなすのだから、安ホテルとは思っていなかったけれど、まさかこんな豪華なホテルだったとは。
伝統的な意匠が凝らされていることもあって、俺の感覚からするとホテルというよりお城って感じだ。
しかも案内されたのは最上階のスイートルーム。
(実在するんだ、スイートルームって……)
俺とは縁のない世界すぎる。
まあ最上階といっても七階なんだけど。
それでも見晴らしはすこぶる良かった。
周囲に高い建物がほとんどなく、平坦な街並みがずっと先まで見渡せる。
「好きに休め。すぐ飯も用意させるからよ」
博士は別世界の彼らにそう声をかけ、スイートルームを出ていく。
俺もすぐに後を追った。
「一体いくらするんだろ……」
俺は独り言のように呟く。
オランダの物価をよく知らないけれど、下手したら一泊何百万ってしそうだ。
「別に大したことねえよ。ずっと経営難だったらしくてな、思ったほどじゃなかった。急いでたから多少はふっかけられたけど」
「へー」
俺は基本キャンプ生活ばっかで、ホテルに泊まった経験なんて片手で数えるくらいしかない。
それでも需要と供給のバランス次第で、一泊の値段が十倍になることもあれば、半値になることもあるって話くらいは知っている。
だからって、さすがに数万で泊まれたりはしないだろう。
俺からしたら、一泊数万ですら想像できないレベルなのに。
「今更ですけど、よかったんですかね」
「何が?」
「彼らを連れてきたりして。だって普通に武器とか持ってるし」
彼らの戦闘力を考えたら、爆発物を持ち込むに等しい行為だ。
ホテルだけじゃなく、他の宿泊客からしても迷惑極まりないだろう。
とかいうか、よく止められずに中に入れてもらえたものだ。
「問題ねえよ。宿泊客には金積んで出てってもらったし、従業員も帰りたいやつは帰らせて、残ったやつにもそれなりの手当てを出してる」
「え? な、なんで……」
「なんでってなんだ。武器持った言葉も文化もわかんねえ連中を、一般客と一緒にするわけねえだろ」
「そうじゃなくて、なんで博士にそんな権限があるのかっていう」
「そりゃ私がオーナーだからな」
「…………」
どうやら『ホテルを用意した』というのは、予約を取ったという意味じゃなくて、ホテルそのものを買収したって意味だったようだ。
「オランダにはUDの支部がねえからな。ここは別世界のダンジョンからそう離れてもねえし、色々と都合が良かったんだよ」
「……さすがUDですね。そんな簡単にホテルが買えちゃうなんて」
「いや金は私のポケットマネーから出した。UD名義で買ったらなにかとややこしいし、『私の個人所有のホテル』って建前があった方がいい」
そんな当たり前のことみたいに……。
「あの」
「あ? なんだ?」
「博士ってめちゃくちゃ非常識ですね」
「お前にだけは言われたくねえ」
そうだった。
おしっこをかけ合った仲だから忘れていたけれど——
この人は本来、俺なんかとは住む世界の違う雲上人なのだ。




