第189話 国際じゃない免許
それから博士は身振り手振りを交えながら彼らに語りかける。
怪我の男性を強引に連れてきてしまったから、ちゃんと病院に送り返して治療の続きを受けさせなければいけない。
お前らも疲れてるだろ、ホテル用意してるから——
などなど。
要約すると「いいから荷台に乗れ」だ。
その間、俺は車の近くでポツネンと佇んでいた。
いっそ俺は立ち去って、全部博士に任せた方がうまく行くんじゃないかとさえ思う。
でも博士を一人きりにする気にはなれなかった。
(それにしても、女性だったんだな。フルメイルって)
怪我の男性が割り込んできた時のことだ。
「ザガン!」と女性の声がした。
短剣二刀流の小柄な女性のものかとも思ったけれど、なんとなくイメージが違う。
腹に響くような、とても威厳のある声だったのだ。
俺はアマンダを知っているから、その事実に驚くことはない。
でも初めて見かけた時から無意識のうちに男性を想定していて、自分の中にまだまだジェンダーバイアスがあるんだなと気づく。
いやまあ女性っぽい声の男性って可能性もあるし、それこそジェンダー的なあれこれがあるから、今の段階で決めつけることにこそ問題があるんだろうけど。
(ザガンって名前なのかな?)
そんなことを考えながら待つこと数分。
最初に動いたのは、やはりというかフルメイルだった。
意思の強さを感じさせる足取りで近づいてくる。
フルメイルが率先して協力的な姿勢を見せるのが、俺には意外だった。
なにせ俺を一番積極的に殺しにきてたのがフルメイルなのだ。
(いや、だからこそなのかな?)
彼らは殺人鬼でも狂戦士でもない。
言葉は通じなくても、それくらいはわかる。
彼らの振る舞いからは切実さのようなものを感じるのだ。
積極的に争いたいとは思っていない。
だけど引き返すという選択肢はなさそうで、場合によっては殺人や戦争も厭わない覚悟も見える。
一体、彼らにはどんな事情があるのだろう。
何が彼らを駆り立てているのだろう。
フルメイルのすぐ後に、怪我を負った男性(ザガンさん?)が続く。
残りの三人も躊躇いがちにだけど寄ってくる。
彼らが荷台に乗り込んだのを確かめてから、博士が運転席に、俺が助手席に座る。
エンジンをかけてハンドルを握った博士だったけれど、
「ああ、クソ。まだ手が震えてやがる」
「あ、運転変わりましょうか?」
「お前、国際免許持ってんのか?」
「国際じゃない免許も持ってないです」
「じゃあ黙ってろ」
「はい」
車がゆっくりと発進した。
荷台から悲鳴に近い歓声が上がる。
そのリアクションからだけで、別世界には車が存在しないことが、少なくとも馴染み深いものではないことがわかった。
そんな彼らに気を遣ってか、博士はほとんど徐行のようなスピードで車を走らせる。
(一体どんな世界なんだろう)
俺はいわゆるナーロッパ的な世界を思い描く。
このまま仲良くなれたら、色々と話を聞いてみたいものだ。
そしてできることなら別世界でキャンプとかしてみたい。
そんな空想をしていると、博士が声をかけてきた。
「で、実際のとこはどうだったんだ?」
「実際のとこって?」
「さっきはハッタリで切り抜けたけど、もし本当に争うことになってたらだよ」
いつも以上に攻撃的な態度は、ハッタリだったのか。
「挽回しようとしたわけじゃなかったんですね」
「あ? なんだ挽回って」
「いえ、なんでもないです」
危ない危ない、俺は博士に生殺与奪の権を握られているんだった。
不用意な発言は控えなければ。
でも俺も博士におしっこかけられたし、返してもらえたりはしないものだろうか?
(俺は顔にかけちゃったからなぁ)
せめて半分でも返してもらえたら……。
半殺しの権にしてもらえないか、あとで交渉してみよう。
「で、どうなんだ。あの状況で襲われてたとして、勝てんのか?」
「いやいや、そんな段階じゃないですよ。命からがら逃げ切れるかどうかって話で」
博士が意外そうに目を見張る。
「そうなのか?」
「え、そんなに意外ですか?」
「いや、まあ確かにそうか。あの状況から逃げれるだけでも普通じゃないもんな」
お前を大きく見積りすぎてたか、と独り言のように言う。
「でもそれは朗報だな。もし別世界の連中と仲違いしても、あの程度の戦力で十分対応できるってことだから」
「いや、さすがにそれはないと思いますよ」
「は? なんでだよ。お前さっき」
「俺はほら、博士の安全が最優先だから」
「……じゃあ、もし私があの場にいなかったら?」
「それなら特に問題なく、無傷で制圧できると思います」
「特に問題なくって、お前なぁ」
「あ、すみません」
呆れたようなジト目で見られ、俺は条件反射で謝った。
「…………」
博士はしばらく黙り込んで、横目で時折睨みつけてくる。
怒らせてしまったのかとオロオロしていたら、博士は不意に吹き出した。
それから限界を迎えたみたいに、声をあげて笑い出す。
「は、博士?」
わけがわからず戸惑うことしかできない。
荷台の彼らも驚いているのが伝わってくる。
変に刺激しない方が……と別の意味でハラハラしたけれど、博士はしばらく笑い続けた。
ようやく落ち着いて、大きな嘆息と共に目元を拭う。
「ああクソが、ムカつく。あいつらの気持ちが、ちょっとずつわかってきちまった」
そして博士は、そんなことを言った。
「あいつらって?」
「なんでもねえよ」
吐き捨てるように会話を断ち切ったものの、博士はやけに上機嫌だった。
ペラペラと立て板に水で独り言のように喋り続け、俺は戸惑いながらも相槌を打った。
「にしても、いいことしたもんだ。私が追い払ってなきゃ、一体何人が病院送りになってたことか。民間人を救うならまだしも、何十人って軍人を救ったやつなんてそうそういないだろ」
「いや、病院送りとかってことはないと思いますけど」
「わかってるよ。私があの場にいなかったらって仮定の話だ」
「いえ、だとしてもです」
「は? なんでだよ。私がいなかったら特に問題ないんだろ?」
「はい。だから特に問題なく、無傷で制圧できるって……」
博士が唖然とした顔でこちらを振り返る。
「無傷ってのは、お前の話じゃねえのか?」
「俺もですけど、相手も多分」
「……あの状況で襲われて、相手に怪我一つ負わせずに制圧できるってのか?」
「あ、もちろん博士がいなかったらの話ですよ?」
「それはわかってるけど……」
じゃあ何をそんなに驚いているのだろう。
強いて言えば、ライフルがちょっと怖い。
当たりどころが悪ければ致命傷になりかねない。
でも武器の威力がどれだけ高くても、それを扱うのは結局のところ人間だ。
それこそフルメイルが握っているとかなら話は変わってくるけれど、俺の肌感覚からすると『当たる方が難しい』ってレベルだと思う。
当たりどころが悪ければ致命傷、なんてのは飛行機の墜落を恐れるみたいな話で……。
と、説明すればするほど、博士の顔が凍りついていった。
「ちょ、博士。前、前」
いくら交通量がほぼゼロの田舎町で、徐行のような速度で走っているとはいえ、脇見運転が過ぎる。
博士は錆びついた機械みたいなぎこちない動きで前を向いた。
それからブルリと全身を震わせる。
「……やっぱさっきの発言は取り消す。お前、怖えわ」
「えっ」




