第188話 ピーの民
「で? どうするよ?」
博士が改めて問いかける。
人によっては挑発と受け取られかねない声音だった。
現に大男は、不愉快そうに顔を顰める。
「……少々お待ちを」
大男がどこかに無線で連絡を入れる。
「『責任はこっちで取るし、手柄はお前らにやる』って伝えろ」
大男は一瞬黙ってから、ボソボソとオランダ語で無線機に語りかける。
きっと博士の言葉をそのまま訳したのだろう。
しばらくして大男はこちらに向き直った。
「……あなたが我々を脅したこと、決して忘れませんので」
「おー、そりゃ上等な脳みそをお持ちで。私は明日には忘れてそうだ」
博士はしっしと手で追い払うような仕草をした。
大男が部下を引き連れて踵を返す。
”おお、カッケー”
”軍隊を追い払っちゃったよ”
”俺も博士ガチ恋勢になりそう”
”わかる”
”このタイミングならおしっこに惹かれたわけじゃないって言い訳できるしな”
”博士は口が悪いから自主規制音からとって、ファンダム名は『ピーの民』で”
隊員の一人が、ドローンにチラと視線をやって、オランダ語で何かを吐き捨てた。
意味はわからなかったけれど、悪態なのは間違いない。
撤退するところを撮られているのだから、そりゃいい気はしないだろう。
(でも配信はオランダ政府の要請でやってることだし……)
そう考えてから、それがあくまでダンジョン内での話であることに思い至る。
別世界の彼らがすぐ後ろにいるから、なんとなく地続きでそのままにしていたけれど、今はもう配信をしなきゃいけない理由はないのだった。
俺はドローンに手を伸ばして配信を切った。
軍人たちが立ち去るのを見届けると、博士は風船が萎むような勢いで全身から力を抜いた。
さっきまでの堂々とした振る舞いは見る影もない。
「もしかして、強がってたんですか?」
「あ? 当たり前だろ。小銃を持った大男が怖くねえわけあるか」
それはまあ、そうなんだろうけど。
でもだったらなんであんな喧嘩を売るような態度を取ったのだろう。
博士は普段から言葉遣いが荒いけれど、それにしたってさっきは殊更に高圧的だった。
(ああ、あれかな。カメラの前で漏らしたことを挽回しようとしたとか?)
それならさっきの態度にも納得が行く。
俺も玉座にふんぞり返ってイキリ散らかしているところを別世界の住人に見られ、それを挽回しようとした結果、殺し合いに発展したから共感できる。
「おい、なんだその仲間を見るような暖かい目は」
「いえ、なんでもないですよ」
触れないであげるのが優しさというものだ。
博士は怪訝そうにしていたけれど、今はそれどころじゃないと判断したのだろう。
追求はしてこず、軍人たちによって止められた歩みを再開する。
しばらくして、博士は一台の車の前で立ち止まった。
フォードのピックアップトラックだ。
博士は背後を振り返って、別世界の住人に英語で話しかけた。
「おい、荷台に乗れ」
彼らは二十メートルほど離れた位置で立ち止まり、それ以上は近づいてこようとしない。
「そう警戒すんなよ。こいつがアホだから拗れただけで、最初から敵対する気なんてないんだよ」
博士が親指で俺を示しながら言う。
反論できない。
俺は猛省するばかりだ。
「あの、喋りかけても通じないんじゃ」
「だからなんだ」
「なんだって言われても」
「日本人の悪いとこだな。日本語しか喋れないからって、その日本語まで黙ってどうする」
確かにその通りだ。
俺は世界中を旅してきて、言葉が全く通じずジェスチャーだけで乗り切ったことが何度もある。
それはつまり、言葉が通じなくてもノリと勢いだけで意外となんとかなるってことだ。
俺はそのことを知っているはずなのに、別世界の人たちだからと色眼鏡で見ていたのかもしれない。
(博士は身振り手振りだけで、あの怪我を負った男性を連れてきたんだもんな)
俺も博士を見習って、彼らに日本語で話しかけた。
「あの、さっきはすみませんでした。本当に争う気はなくて」
すると彼らは臨戦態勢になる。
……あれ?
「おい、お前ちょっと黙ってろ」
「あ、はい。すみません」
おかしい、話が違う。




