第187話 同じ世界の民間人
地上なら近代兵器が使える。
だからオランダの軍隊を動かして待ち構えていた。
それが博士の考えなのだろうか?
(……いや、そんなわけないな)
博士がそんな愚かな選択をするとは思えない。
現に博士は、敵意に満ちた目を彼らに向けている。
俺の腕の中で博士が身じろぎした。
その意図を察して、そっと地面に下ろす。
後ろを見ると、別世界の彼らも足を止め、警戒を露わにしていた。
せっかく付いてきてくれたのに、こういう形で不信感を与えてしまうなんて。
「おい、なんのつもりだこれは」
博士の非難する声に応えたのは、隊長らしき大柄な男性だった。
「それはこっちのセリフですよ、博士」と慇懃無礼な口調で言う。「捕虜を勝手に連れ去ったと思ったら、インドリンガーを四人も連れてきて」
当然、二人のやりとりは英語だ。
『インドリンガー』の意味はわからなかったけれど(響き的にオランダ語だろうか?)、ニュアンスからして、おそらく敵とか脅威みたいな意味だろう。
「何が勝手にだ。テメェらこそ、何もしてねえ癖に今更出しゃばってくんじゃねえよ」
「そうはいきません。オランダの安全を守るのが我々の使命ですから。あなた方こそ、余計な真似は控えていただきたい」
「それこそこっちのセリフだ。余計な真似すんじゃねえよ。連中を刺激してなんのメリットがあるってんだ」
「それを判断するのは我々です。あとはこちらに任せてください」
武装した大男を相手に、博士は一歩も引かず舌戦を繰り広げる。
すごい。
ほんの数分前におしっこを漏らしたとは思えない堂々とした振る舞いだ。
(さすが、漏らし慣れてるだけあるなぁ)
そんな感心をしながら、俺は五百メートルくらい離れたところにある電波塔をじっと見つめていた。
「おい、お前はさっきから何ぼーっとしてんだよ。他人事みたいに」
「あ、いや、ぼーっとしてるわけじゃ……。ただ、あそこ」
俺は電波塔を指差す。
「あん? あれがなんだって……」
訝しそうに目を細めていた博士が、ハッと表情を変える。
何かが見えたわけではないだろう。
カモフラージュされているし、俺だって嫌な気配を頼りにかろうじて視認できただけだ。
それでも博士はしばらく電波塔を見つめ、それから大男に視線を戻した。
ニヤリと挑発的な笑みを浮かべ、
「なんだ、スナイパーでも配置してんのか?」
「…………」
自信に満ちた態度だった彼らの間に、緊張が走るのがわかった。
「通りでな。地上なら近代兵器が使えるから、連中とやり合えるって勘違いしちまったわけか」
「……なんですか、勘違いって」
「遅えし足りねえよ。十倍の数を用意して、連中がやってきた瞬間に集中砲火とかしてたら、ワンチャン追い返せたかもな」
「ふざけるなっ」
大男は声を荒げた。
「最新装備の精鋭が何人いると思ってるんだ! すでに包囲して、俺の合図一つで一斉に——」
「だったら試してみろよ」
大男の激情を軽く受け流しながら、博士は俺を親指で指し示す。
「その最新装備とやらが本当に通用するのかどうかを」
「…………」
その言葉で、大男は少し冷静になったようだ。
「……どうして我々が彼に攻撃するんです」
「どうもこうもあるか」
博士は鼻を鳴らした。
「連中と敵対するってことは、イコールでこいつを敵に回すってことだからな」
成り行きを見守っていたけれど、さすがに我慢できず、慌てて博士に耳打ちする。
「ちょっと、博士。何勝手なこと言って……」
「あ? 私がなんか間違ったこと言ったか?」
「いえ、全て博士のおっしゃる通りです」
「だとよ」
大男に向けられた最後の「だとよ」は英語だったけれど、俺と博士のやり取りは日本語だった。
だから彼らに通じたとは思えないけれど、なんとなくニュアンスは感じ取ったようだ。
「…………」
彼らはごくりと唾を飲み、半歩後ずさった。
どうやら別世界の脅威ならまだしも、同じ世界の民間人に銃口を向けることには抵抗があるようだ。
”フル装備の軍隊が気圧されてて草”
”あの大男相手に一歩も引かない博士カッケー”
”ジロー、完全に手懐けられとるな”
”羨ましい”
”俺も博士にマーキングされたい”
”やっぱ一番苦しまずに済むのって練炭?”
”おい、まだ死のうとしてるやついるやんけ”
”だから落ち着けって”
”ガチっぽくて怖い”
”どしたん? 話聞こか?”
”俺、睨み目フェチの博士ガチ恋勢だけど、そこを乗り越えたら心が痛いのが気持ちよくなってくるぞ”
”お前は苦しんで死ね”




