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生体兵器だって主を見つけて恋がしたい  作者: 酣睡


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5/7

ショーウィンドウの外の灯火と、路地裏の獣

秋の夜の冷気は重く、廃エンジンオイルをたっぷり吸い込んだ粗い麻布のように、ねっとりと人の肌にへばりついていた。


通りの中央を貫く大通りはがらんとして車影もなく、ただ二列に並んだ水銀灯が、青白い光の柱をアスファルトに突き立て、灰青色の死寂を浮かび上がらせている。


時折、どこの崩れかけたレンガ塀の奥にある金網からか、しゃがれた犬の吠え声が不意に一、二度爆ぜた。鈍刀でトタン板を削るような短く苛立ったその響きは、深秋の凍てつく霧にすぐさま首を絞め落とされる。


ルルカは、その惨白と青黒の境界線を歩いていた。


足取りはひどく緩慢で、どこまでも重い。まだあどけなさを残した小柄な体を微かに前へ傾け、薄いタコに覆われた小さな両手で、背負った女の膝裏を固く抱え込んでいる。


エヴリンは彼女よりも頭一つ分以上背が高く、まるで売り場から降ろされたばかりの湿った麦袋のように、ぐったりと重々しくルルカの薄い背中へ圧しかかっていた。


女の熱っぽい横顔が無力にルルカの首筋へ押し当てられ、その荒い息遣いが吐き出されるたび、安生ビールの酸味と焦げたタバコの煙が混じった熱風となって、ルルカの冷え切ったうなじに細かな鳥肌を立たせる。


エヴリンの骨ばった両腕は脱力してルルカの胸元へ垂れ下がり、歩行の揺れに合わせて手首が無感動に揺れていた。その袖口からは、管理局の消毒液が放つ古びた酸っぱい臭いが漂っている。


「……ん……ト……」


女の唇が少女の硬い耳輪をかすめ、微睡みの中で濁った音節をこぼした。


「……まったく……そこで……強がるんじゃないわよ……バカが……」


それは肺の奥底から絞り出された木炭の燃えかすのような、途切れ途切れのうわ言だった。耳を傾ければ、明らかに男の名だ。


ルルカはわずかに顔を傾げた。こぼれ落ちた淡い青の長い髪が鼻先をかすめ、ヘアオイルの匂い、煙草、そして発酵した麦芽の匂いが綯い交ぜになって漂う。


彼女にはそれがどういう巡り合わせなのか分からず、酔っ払いが舌の根元で何度も反芻しているその名が、血の繋がった肉親なのか、それとも昨日死んだ想い人なのかを判別することもできなかった。


生まれてすぐに塹壕へ投げ込まれた彼女のような造物には、およそ余計な好奇心を抱く資格などないのだ。


彼女はただ、足元だけを見つめていた。


背後では、引っ込めることのできない細長くしなやかな銀灰色の毛尾が低く垂れ下がり、柔らかな毛先が歩みに合わせてコンクリートの路面を静かに撫でていた。


ただ、尾の先端――肉を突き破って唐突に伸びる、手爪のような鋭利な骨刃だけは別だった。冷え冷えとした幾何学的な稜角を帯び、破滅の長針のように硬質なその白骨を、彼女は慎重にわずか数センチだけ浮かせている。


路傍に砕け散ったビールの破片や錆びた空き缶を避け、耳障りな甲高い音を立てぬよう細心の注意を払っていた。


靴底が冷たい小石を踏み砕き、規則正しい「ザ、ザ」という音を夜の闇に響かせる。


彼女はこの泥酔した人間の体を背負い、大通りの尽きる先にある、黒々と口を開けたうらぶれた路地へと向かっていた。


エヴリンが居酒屋の脂ぎったテーブルに突っ伏す前、汗でふやけたメモ用紙を震える指で突き、エレベーターすらない旧式のアパートの部屋番号を彼女に無理やり覚えさせたのだ。


口を開けば悪態ばかりついているあの社畜の女が、死体安置所と観測室で幾重もの徹夜を重ね、薬品に浸されて白くなった精血から、一厘一毫と削り落として手に入れた「安息の場所」。


そして今夜からは、兵器である彼女にとっても「家」となる場所だった。


路地の隙間から吹き込んできた夜風が、ルルカの耳尖にある銀灰色の産毛をかすかに震わせる。背中の女は風の寒さに身を縮めたのか、微かな鼻音を漏らし、無意識に少女の痩せた肩甲骨の間へと顔を深く埋めた。

生きた人間の持つ生々しい熱が肌に密着する。ルルカは奥歯を噛み締め、指先の力を強めると、一歩、また一歩と、前方の辻へと足を進めた。


大通りの尽きるところ、光を呑み込む薄暗い路地へ折れ曲がる直前の街角に、不意にひどく目を射る明るさが横たわっていた。


煌々と暖色の明かりを灯した、ファミリーレストランだった。


広く清潔な数枚のガラス窓が、店の内外を二つの世界へと断ち切っている。内側は温かく、眩く、まるで黄金色のシロップで満たされた硝子細工のようだった。外側は冷たく、薄暗く、ただ冷たい夜霧と泥水が横たわっている。


ルルカの足が、その光の縁でぴたりと止まった。


それは神経中枢の奥深くに植え付けられた病のようなもので、この場所へ差し掛かるたび、彼女の眼球は意思に反して、あの窓際の一番近いボックス席へと視線を突き刺さずにはいられなくなるのだ。


昔、ある魔獣掃討の任務の最中、向かいの錆びたトタン屋根の上で泥水を啜りながら、照準器の十字線の向こうに、自分を産み落とした女の姿を初めて目撃したことがあった。


自分と瓜二つの顔立ちをしていながら、深秋の紅葉のように鮮やかな赤毛を豊かに波打たせた、美しい婦人。


その時、女の隣には背筋の伸びた体格のいい男が寄り添い、二人の子供の手を引いていた。小学校の高学年と思しき兄は背がよく伸び、仕立てのいいシャツとカーディガンを纏ってすでに少年の凛々しさを帯びていた。


隣にいる低学年の妹はずっと小柄で、鮮やかなツインテールを揺らし、愛らしい顔を綻ばせて道端で無邪気にはしゃいでいた。


四人の家族は満ち足りた笑みを浮かべ、ドアベルの澄んだ音に迎えられて店へと入っていった。


その瞬間、泥濘に這いつくばっていた兵器は悟ったのだ。あの女はとっくに清潔な人の世に温かい巣を築き、真っ当な夫を持ち、白日の下に胸を張って愛せる血肉を手に入れたのだと。


それ以来、哨戒ルートがかすめる限り、ルルカは夜の亡霊のように、毎週この時間になると音もなくここへ回り道をするようになった。


彼女は夜風に乗ってくる店の匂いすら嗅ぎ分けることができた。それは店の女将が決して外へ漏らさない特製のサラダドレッシングの香りだった。


濃厚なチーズと微かな果実の酸味が混ざり合ったその香りは、黴臭い圧縮レーションを噛み砕いて生きてきた彼女が、夢の中でさえ味を想像することのできない「人間」の匂いだった。


今夜も、エヴリンを背負いながら、曲がり角を三つ分も余計に歩く無駄な足労だと分かっていながら、両足は何かに操られるように、この光の溜まり場へと引き寄せられてしまった。


彼女はただ、一目見たかったのだ。


世俗の倫理において、本来なら自分が怯えながら「お母さん」と呼んでいたはずの女を。


「……見るんじゃないわよ……」


首の後ろから、掠れた吐息が酒気とともに、ルルカの冷えたうなじへと熱く吹き付けられた。


エヴリンの声はひどく乾いていて、寝言のようでもあり、泥酔した酒樽の底から掬い上げた冷笑のようでもあった。


「……いくら眺めたって、あんたの分け前なんて出てこないわ……胸が痛むだけよ……」


ルルカは答えず、女を抱える手も緩めなかった。ただ喉仏を微かに上下させただけだ。


背中の社畜が起きているのか眠っているのかは判別できなかったが、その言葉は塩水に浸した錆びた鉄串のように、肋骨の真下にある一番触れてはならない場所を真っ直ぐに刺し貫いた。


胸が痛むのか? おそらく、痛んでいるのだろう。


だがその痛みには、十五年も前に公的な焼き印が押されていた。


あの年、女の実母が病に冒され、命を繋ぐために天文学的な遺伝子治療費が必要になった。追い詰められた女は、自らの子宮と卵子を管理機関の生体研究所へ売り渡した。


研究員たちは極北の妖狼の狂暴な王核への拒絶反応を抑えるため、母体と完全に同源である遺伝子を雛形に選び、この異形の怪物を無理やり人の形へ育て上げたのだ。


彼女があの女と同じ顔を持って生まれてきたのは、ただそれだけの理由だった。


詰まるところ、ルルカという存在は質屋へ差し入れられた人身の契約書に過ぎず、一家の延命薬を贖い、その女の後半生の気品と富裕を買い取った代償に過ぎない。


緑の気泡が湧き立つ培養槽の中で、人外の琥珀色の瞳を開いたその日から、女は彼女へ布きれ一枚の温もりすら与えなかった。


女の目には、毛尾と殺戮の骨刃を生やしたこの狼の雑種は、自らの白く滑らかな肌に刻まれた、洗い落とすことも人に晒すことも許されない爛れた傷痕としか映っていなかったのだ。


ガラス窓の向こうで、女は小さな銀のスプーンを手に取り、微かに身を傾けていた。その眼差しには雪をも溶かすような慈愛が宿り、幼い娘の口元についた黄色いソースを丁寧に拭い取っている。


隣では少し背の伸びた少年が自分の小さなコップを手に、静かに母親を見つめており、傍らの大柄な父親は少年の柔らかい頭を笑って撫でながら、こんがりと焼けた厚い肉の一片を子供の皿へと取り分けてやっていた。


白い陶器の皿、銀のフォーク、黄金色のランプ、そして眩しい笑顔。


それはガラス一枚を隔てた場所に燃え盛る火であり、外に立つルルカの全身を芯から凍りつかせた。


重苦しくねっとりとした哀愁が、青苔のように彼女の背骨を伝って後頭部へと這い上がってくる。


だがその感傷も、瞬く間に冷え固まり、硬い灰の殻へと変わっていった。


彼女はもとより、この世を恨む術など知らなかった。死人の山で転がり続けてきた身だ、舌の上の味蕾すら摩耗しきっているというのに、怨嗟を育てる気力など残っているはずもない。


所詮は、この冷え切った夜の中で、ぶ厚いガラスを隔てて、浅ましくも酸っぱい羨望を覗き見ているに過ぎないのだ。


けれど、それだけのことだ。


彼女は泥水の中から這い出してきた道具であり、生まれ落ちた時から塹壕で妖魔の喉笛を噛み千切るか、重砲に撃ち抜かれて肉片に変わるのが筋合いだった。


尾の先端の骨刃すら肉の中に仕舞い込めないこんな化け物が、お偉いさんたちのために狼を何匹余計に殺したところで、あの女が振り返り、他人の子供を拭ったそのハンカチで自分の顔を撫でてくれるなどと、どうして望むことができようか。


風が一層激しさを増し、街角に溜まった腐ったキャベツの葉と黒ずんだ落ち葉を巻き上げて転がした。


窓の内にいた女が、ガラスに映り込んだ異様な影に気付いたのか、微かに眉をひそめ、無意識に顔を外の薄暗い歩道へと向けた。その眼差しには、明らかな警戒と嫌悪が宿っていた。


ルルカは女の視線が落ちてくる直前に、素早く顔を背けた。


彼女はもう、その爛々と輝く火を見つめようとはしなかった。ただ肩をすくめ、背中の泥酔した女の位置を少し持ち上げ直すと、影の中に沈んでいたブーツを迷いなく引き抜き、身を翻して、街灯ひとつない墨汁のような暗い路地へと完全に足を踏み入れた。


背後の暖かな光は、粗末なレンガの壁によって断ち切られた。


闇の路地には、傷だらけの大小二頭の獣だけが取り残され、湿った敷石を踏みしめながら進む。銀灰色の長い尾が無音で落ち葉を払い、影に沈んだ骨刃の切っ先だけが冷たい燐光を放ちながら、あのアパートへ向かって、一歩、また一歩と夜の奥底へと消えていった。


レストランのガラス窓の向こうで、女の指先が銀のスプーンを持ったまま空中で止まっていた。


「お母さん? どうしたの?」


隣に座る低学年の娘が、ソースのついたふっくらとした顔を上げ、小さな手で女の服の裾を引いた。


「……ううん、何でもないわ」


女は我に返り、無理に口元を綻ばせていつもの柔らかな声を出した。しかしその瞳は、見えない糸に引かれるように、暖かな光を湛えたガラスを越えて、外の濃い夜闇に釘付けになっていた。


窓の外の暗い路地の入り口には誰もいなかった。ただ数枚の枯れ葉が、コンクリートの上を風に巻かれて躍っているだけだ。


だが、先ほど一瞬だけ横切ったあのシルエットが、まるで小さな骨の破片のように、彼女の喉の奥に突き刺さっていた。


あまりにも細く脆い背格好で、大人の女を背負い、重く足を引きずるようにして光のない路地へと消えていったあの姿。


何よりも目を引いたのは、あの薄汚れた大きな布の裾から垂れ下がっていた細長い獣の尾と、その先端に覗いていた、冷たく地面をかすめる禍々しい骨刃の輪郭だった。


あの姿は……。


女の胸の奥が、理由もなくぎゅっと締め付けられた。深秋の凍雨を不意に浴びせられたかのような感覚。泥の中を歩いていたあんな浮浪児など見覚えがあるはずもないし、この胸騒ぎがどこから来るのかも説明がつかない。


けれど先ほど、分厚いガラス越しに暗闇の隅に残されたあの眼差しは、背筋を凍らせるほどの静寂と、奇妙なまでの親しさを帯びていたのだ。


その感覚はあまりにも異様で、路傍の乞食に向けるべき好奇心を遥かに超え、いつまでも消えない焦燥と不安となって、彼女の神経を細かく苛んでいた。


「お母さん、食べないならボクがもらっちゃうよ?」


向かいに座る兄がパンの小片を飲み込み、声変わりを控え始めた少年の澄んだ声で言った。


「お母さんを困らせるんじゃないよ」


隣の夫が穏やかに笑いながら息子の背中を軽く叩き、温かいスープの入った白いスープ皿を女の手元へ押し進めた。


「あなた、ステーキが冷めてしまうよ」


女は睫毛を伏せ、深く息を吸い込んで、胸の奥に湧き上がった不気味な痛みを無理やり押し殺すと、再び品のある優雅な微笑みを浮かべて頷いた。


だが、綺麗に化粧を施されたその瞳の奥には、いつまでも晴れない暗い影が落ちていた。


その頃、湿り気のある薄暗い路地の突き当たり。


旧時代の末期に建てられたそのアパートは、まるで干からびた骸骨のように老朽化し、外壁のモルタルはあちこち剥がれ落ちて、錆びた鉄筋と黄色く変色した配管が剥き出しになっていた。ルルカは凹凸の激しい石の階段を、一段ずつ懸命に踏みしめて上っていく。


踊り場に灯りはなく、ただ高窓の割れ目から、霜のように青白い月光が幾筋か差し込んでいるだけだった。


最上階の角にある鉄製のドアの前に辿り着くと、ルルカは足を止めた。体を前屈みにし、両膝を壁の角に押し当ててバランスを保ちながら、凍えて赤くなった右手を空けて、エヴリンのコートのタバコ臭いポケットへと手探りで差し入れた。


指先が、体温で温められた真鍮の鍵束に触れた。


背中の女は鉛のように重く、荒い息を吐きながら眠りこけており、無意識にずり下がるたびに、ルルカの薄い肩甲骨がきしむような痛みを訴えた。少女は下唇を噛み、かすかな月明かりを頼りに鍵穴へと差し込み、骨ばった指先に力を込めて回した。


カチャリ。


静まり返った階段室に、乾いた解錠の音が響いた。ルルカは肩で重い防犯ドアを押し開き、背中の女を抱え直しながら滑り込むように室内へ入った。


バタン、と背後でドアが閉まると、外の肌を刺すような秋風も、通りを支配していた死寂も、すべて外側に遮断された。


室内に灯りはついていなかったが、ルルカの妖狼としての琥珀色の瞳は、暗闇の中で瞬時に空間の輪郭を捉えた。


てっきりカビの生えた木材の腐臭や、排水管から逆流する生臭さが立ち込めているものと身構えていたが、鼻腔をくすぐったのは、微かに柑橘とシダーウッドの香りが混ざり合った、清潔な温もりだった。


たたきには毛足の短い清潔なグレーのマットが敷かれ、余計な物など何一つ置かれておらず、ただ二足の柔らかそうなスリッパが揃えて並べられている。上がり框の先へ視線をやると、この部屋が少し前に隅々まで丁寧に手入れされたことが見て取れた。


床は温かみのある明るい木目のフローリングに張り替えられ、壁には柔らかなアイボリーの漆喰が塗られて、古い建物のひび割れた隙間を覆い隠している。


リビングは決して広くはなく、むしろ手狭と呼ぶべきだったが、壁際にはオフホワイトのファブリックローソファが置かれ、その上にはマスタードイエローの厚手のブランケットが几帳面に畳まれていた。


ローテーブルの上には、管理局の報告書など一枚も積まれておらず、素朴な形の夕暮れ色のスタンドライトと、生き生きと緑の葉を広げた小さなシダ植物の鉢植えがひとつだけ置かれている。


キッチンはセミオープンタイプで、ステンレスのシンクは水滴ひとつ残さず磨き上げられ、水切りラックには清潔な白い陶器の椀が伏せられていた。そこには「生きた人間の日常」にしか存在しない、整然とした清潔さと安らぎが宿っていた。


冷たい拘束架も、鼻を突く消毒液も、塹壕のあちこちに転がっていた油汚れや薬莢もない。


ここは一時しのぎのシェルターでもなければ、兵器を飼い慣らす檻でもない。


わずかな給料と貯金を少しずつ注ぎ込み、明日の訪れを真面目に待ち望んで満たされた、本物の「家」だった。


ルルカは玄関マットの上に立ち尽くし、両足が根を生やしたように動けなくなった。背中のエヴリンが微かな寝息を漏らし、腕をぎゅっと縮めて、その生々しい熱を少女の冷えた肌へと伝えてくる。


背中の、銀灰色の柔らかな毛に覆われた長い尾が、その温かく清潔な匂いを吸い込んだ瞬間、左右へと緩やかに揺れた。柔らかい毛先が木の床を優しく撫でる。


ただ、尾の先端にあるあの鋭く凍てついた骨刃だけは、磨き上げられた床を傷つけまいと、空中に向け慎重に丸め上げられていた。


死人の山と防衛線の中を這いずり回り続けた十五年の果てに、この兵器は胸の奥で暴れる魔核の脈動とともに、「帰る場所」という名の、溶けてしまいそうなほどの安らぎを初めて知ったのだ。


ルルカは腰を屈め、薄氷を踏むように慎重に歩みを進めると、オフホワイトのローソファの前へと辿り着いた。


膝をわずかに曲げ、ソファの縁へ体を預けるようにしながら、両手でエヴリンの腿の裏を支え、泥酔した女の体を壊れ物を扱うようにそっと横たえた。


「ん……」


柔らかなクッションに沈み込んだエヴリンは、微かに眉を寄せ、唇の間から意味をなさない呟きをこぼした。ルルカはソファの傍らに立ち、エヴリンの肩を支えながら、擦り切れたヒールを脱がせて長い足をそっとソファの上へ引き上げた。


そして、畳まれていたマスタード色のブランケットを広げ、女の胸元までしっかりと掛け直した。


エヴリンの呼吸は次第に深まり、小鼻をかすかに震わせながら、温かな毛布の中に埋もれていく。枕元に散らばる淡い青の髪と、酒気でほんのり赤らんだ疲れ切った横顔だけが外に残されていた。


リビングには、壁に掛けられた時計の規則正しいチクタクという音だけが響いている。


ルルカはソファの脇で数秒ほど立ち尽くし、女が完全に眠りに落ちたのを確かめてから、身を翻した。玄関に置いてあった古いボストンバッグから、唯一の着替えである古いオーバーコートを取り出す。


色褪せて裾が少し丸まった粗いウール地だったが、収容されたばかりの頃に管理局からあてがわれた、綺麗に洗濯された彼女の数少ない私物だった。


古いコートを腕に掛け、足音を忍ばせてすりガラスの引き戸を開けると、浴室へと滑り込んだ。


カチャリ、と静かにドアが閉まり、リビングの微かな温もりが遮断される。


浴室は狭かったが、やはり塵ひとつなく磨き上げられていた。白いタイルに水滴はなく、頭上の換気扇が微かな唸りを上げており、空気中には柑橘系のボディソープと乾いた石膏の匂いが漂っている。


鏡の前には歯ブラシとコップ、そして安価な保湿ローションのボトルが整然と並んでいた。


ルルカは鏡の前に立った。


白く冷たい天井灯の明かりの下、鏡の中には、骸骨のように痩せこけた十五歳の少女が映し出されていた。


彼女は居酒屋の油煙を吸い込んだ古い粗布の衣服を、一枚ずつ脱ぎ捨てていく。布が滑り落ちると、その下から過酷な戦闘に刻みつけられた肉体が露わになった。


浮き出た肋骨は痛々しいほど細く、透けるように白い肌には、古い裂傷を縫合した黒ずんだ傷痕が網目のように走っている。


背後の細長い銀灰色の毛尾が狭い空間で微かに揺れ、熱気を含んで毛先をわずかに逆立てていた。そして尾の先端にある、冷たい光沢を放つ幾何学的な骨刃が、白いタイルの反射を受けて異様に際立っている。


肉の奥から生え出た凶器のように、それは自分が怪物であるという消えない刻印を無言で主張していた。


彼女はシャワーの金属レバーを捻った。


はじめに流れ出た水は配管の鉄錆の匂いと骨身に染みる冷たさを孕んでいたが、ほんの数秒で猛烈な熱を帯びた白い湯気が立ち上り、熱湯がシャワーヘッドから勢いよく降り注いで、タイルの床を叩き温かな飛沫を跳ね上げた。


ルルカは素足のまま、その熱湯の中へと足を踏み入れた。


熱い奔流が頭上から降り注ぎ、銀灰色の長い髪を伝って冷え切った肩を、無数の傷痕が走る背骨を、そして温水を吸い込んだ毛尾と冷たい骨刃の先端を伝い落ちていく。


高温が傷ついた神経の末梢を刺激し、細かく確かな痛みを呼び覚ましたが、それはすぐに深い温もりの中へと溶け崩れていった。


彼女は瞳を閉じ、立ち込める蒸気に身を委ねた。


それは、薄暗く凍てつく死牢でも、鼻を突く消毒液の廃墟でも決して触れることのできなかった、生きた人間の温もりそのものだった。

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