第九話 世界
男たちの姿は、木々の向こうへ消えていった。
山は再び静けさを取り戻す。
鈴は刀を納めようとして、ふと手を止めた。
何かが耳へ触れた。
思わず顔を上げる。
風もない。
誰もいない。
けれど、確かに何かが届いた。
鈴は耳へそっと手を添える。
また
何かが耳へ降りてくる。
木々の枝が揺れる。
葉が揺れる。
そのたびに、耳へ何かが届く。
鈴は辺りを見渡した。
目に映る景色は、十五年間見続けてきた山と何ひとつ変わらない。
それなのに。
世界だけが違っていた。
空を小さな影が横切る。
羽を広げた鳥だった。
その姿が見えた瞬間、また何かが耳へ届く。
鈴は立ち尽くしたまま、鳥を見送った。
自分へ向けて語りかけられているような、不思議な感覚だった。
胸の奥が熱くなる。
頬を、一筋の涙が伝った。
ふと、幼い日の記憶がよみがえる。
夏の日。
軒先で揺れていた風鈴。
短冊を見つめて笑う子どもたち。
あのとき
皆は、これを感じていたのだろうか。
鈴はゆっくりと目を閉じる。
風が頬をなでる。
そのたびに、世界は優しく語りかけてくる。
みんな
きっと、この世界を知っていた。
そして今
ようやく自分も、その中へ迎え入れられたのだと思った。
鈴は空を見上げる。
夕暮れの山は、どこまでも穏やかだった。
刀を静かに握り直す。
もう振り返らない。
鈴は一歩ずつ、山を下りていく。
その背中は、十五年前に山を登った小さな少女のものではなかった。




