10/10
最終話 こけし
夕陽が、山の稜線へ静かに沈んでいく。
木々の間を抜けた茜色の光が、小さな祠を照らしていた。
開かれた戸の向こうには、幾つものこけしが並んでいる。
新しいもの
古びたもの
色褪せたもの
誰かの手に抱かれ、誰かを見守り、ここへ帰ってきたものたち。
その中に、一つ。
まだ木の香りを残したこけしがあった。
夕陽が、その顔を優しく包む。
描かれていた刀が、ゆっくりと薄れていく。
木肌へ溶け込むように。
初めから何も描かれていなかったかのように。
やがて。
耳もまた、静かに消えた。
祠の奥。
夕陽の届かない薄闇に、一人の姿が立っている。
黒く艶やかな、おかっぱ。
女物の小袖。
細身でありながら、長年刀を握ってきた者だけが持つ、揺るぎない立ち姿。
その眼差しは、祠の外へ向けられていた。
山を下っていく、一人の背中。
もう、振り返ることはない。
守り人は、ただ見送っていた。
風が吹く。
小袖の裾が、わずかに揺れる。
長い歳月、一度も閉じられることのなかった瞳が。
静かに。
ゆっくりと。
閉じられた。
初めての瞬きだった。
そしてその姿は優しく、消えていった。
おわり




