第五話 墨の刀
夜の山道を、一人の旅人が歩いていた。
背には大きな荷。
提灯の灯が足元だけを照らしている。
昼間の熱は消え、山から下りる風が木々の葉を揺らしていた。
胸騒ぎがしていた。
獣の気配ではない。
もっと粘りつくような視線が、闇のどこかから自分を見ている。
その予感は当たった。
藪の奥から三つの人影が現れた。
それは顔を布で隠した盗賊であった。
逃げ場の無くなった旅人の前におかっぱの守り人の姿がみえる。
そして道の脇にはその光景を見つめる鈴。
盗賊たちは顔を見合わせる。
一人が舌打ちをし、守り人へ歩み寄った。
盗賊が間合いへ入り、刃が振り下ろされる。
そのとき初めて、守り人の右手が腰へ添えられた。
月光が鞘をなぞる。
そこに差されていたのは、一振りの刀だった。
守り人は、ゆっくりとその刀を抜いた。
鞘走る音が、夜の山へ溶けていく。
その音は決して鈴には届かない。
刃は細く、美しかった。
無駄な装飾はない。
ただ静かに研ぎ澄まされている。
守り人は半歩だけ踏み出した。
盗賊の刃が届く。
その一瞬、互いの刀が交差した。
次の瞬間には、守り人はもう動いていなかった。
風が遅れて吹いていく。
盗賊の刀が、音もなく地面へ落ちた。
握っていた男は呆然と自分の手を見つめる。
袖口が裂けている。
皮膚には浅い一本の傷。
それだけだった。
守り人は斬っていない。
刀だけを奪っていた。
盗賊たちは後ずさっていく。目の前にいるものが、人ではないと悟ったように。
しかし、一人だけ違った。
仲間の後ろにいた若い盗賊が、旅人へ刃を向ける。
守り人ではない。
動けない旅人を狙った。
その刹那。
守り人の瞳が、初めて鋭く細められる。
右足が半歩出る。
一閃。
それはあまりにも静かだった。
盗賊の刀は、根元から二つに折れていた。
折れた切っ先が地へ落ち、男は腰を抜かした。
守り人はそれ以上責めない。
刃を向けることもしない。
ただ刀を静かに鞘へ納めた。
その姿を見た盗賊たちは、一目散に山の奥へ逃げ去っていく。
旅人だけが、その場へ取り残された。
命を救われた礼を述べようと顔を上げたが既にその姿は、なかった。
夜風だけが、山道を静かに渡っていた。
鈴はこけしを握りしめその場を静かに去っていった。




