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第四話 筆を振る
ある日、こけしを川沿いに置いて、おかっぱと流れる水や小鳥を眺めている時だった。おかっぱの傷だらけな腕に目が入った。
そしてこけしを手に取る鈴。
少し凹みもあり木が削れている。
「あの人は、何も持っていない。」
そう思った。
刀も。
杖も。
護るための道具さえ持たずに、いつも自分の前へ立っている。
その夜、鈴は月明かりの中で墨の筆を握った。
幼いころ、父が筆を持つ手を教えてくれた。
その記憶だけは、今も指先に残っている。
何を描くのか、迷いはなかった。
こけしの胸元へ、一本の線を引く。
ゆっくり。
まっすぐ。
柄。
鍔。
鞘。
一本の刀が、木肌へ姿を現していく。
上手ではない。
職人が描くような見事な絵でもない。
それでも鈴は筆を止めなかった。
「あなたに」
声にはならない言葉が、胸の中で形になる。
「これを」
最後の一筆を引き終え、鈴はそっと息を吐いた。
まだ墨は乾いていない。
月明かり中で、描かれた刀が一瞬だけ、鋼のような鈍い光を宿した気がした。
鈴は目をこすり、もう一度見る。
そこには、いつもの墨絵しかなかった。
気のせいだったのだろう。




