第二話 守り人
それから、どれほどの日が過ぎたのだろう。
鈴は親戚の家にいた。
朝から晩まで働き、小さな失敗をすれば、大人たちの口が忙しなく動く。
責められていることは分かった。
謝るように頭を下げても、その動きは止まらない。
ある日、鈴は家を飛び出した。
胸には、あの日から片時も離さなかったこけしを抱いて。
どこへ向かうあてもない。
それでも、足だけは止まらなかった。
夕暮れの町外れ
人影もまばらな細い道で、二人の男が鈴の前に立ちふさがった。
一人が顎をしゃくり、もう一人が、鈴の着物を見下ろす。
視線が、胸元のこけしへ移る。
鈴は一歩だけ後ずさった。
男たちは笑ったようだった。
ゆっくりと距離を詰めてくる。
逃げ道はない。
鈴はこけしを胸へ抱き寄せる。
両手に力が入る。
そのぬくもりだけが、恐怖に震える心を支えていた。
男の手が伸びる。
鈴は、とっさにこけしを投げた。
小さな木の身体が地を転がる。
ころり。
ころり。
やがて男たちの足元で止まった。
その瞬間だった。
こけしの胴に描かれていた一輪の花が、夕暮れの光へ溶けるように消えていく。
男たちは気づかない。
鈴だけが息をのんだ。
そのすぐ後ろに、一人の人影が立っていた。
黒く艶やかな、おかっぱ。
女物の小袖。
すらりとした身体。
けれど肩幅は広く、立ち姿には侍のような隙のなさがあった。
伏せられた長いまつげ。
いや。
違う。
その瞳は、最初から一度も閉じられていなかった。
瞬きを、していない。
男達が刀錆びれた短刀を抜く。
おかっぱの人は動かない。
男が踏み込んだ、その一歩だけを待っていた。
次の瞬間には、勝負は終わっていた。
おかっぱの身体がふわりと流れる。
袖が舞う。
男の短刀が宙を舞い、膝が折れ、土埃が静かに舞い上がる。
もう一人も、続けて倒れた。
あまりにも短い出来事だった。
そのおかっぱ、いや、守り人とでも言おうか、それは振り返った。
何も語らない。
ただ鈴を見つめる。
その瞳は冷たくない。
どこか、長い年月を見つめ続けてきた者だけが持つ静けさを宿していた。
鈴はゆっくりと歩み寄り、
転がっていたこけしを拾い上げた。
描かれていた花と顔の絵は、どこにもなかった。
代わりに、小さな墨の跡だけが残っている。
鈴は守り人を見る。
守り人は鈴を見る。
その沈黙は不思議と寂しくなかった。
鈴はそっと歩き出す。
守り人も、一歩遅れて後に続く。
それが、二人で歩いた最初の日になった。




