第6話 偽聖女の奇跡は、高くつく
嘘つきが二人いると、話は勝手に早くなる。
ヨナスの供述で査問に呼ばれた侍女は二人。処刑の日、告白書を捧げ持っていた年嵩の侍女と、「夜ごと祭壇で悪魔に祈る声を聞いた」と証言した若いほうだ。
二人は別々の部屋で聴取された。それだけの話だ。以下は、調書の写しと廊下の噂から、私が組み立て直した再現になる。
年嵩のほうは、保身に走った。
「わたくしは、クラリッサ様に言われた通りに申し上げただけで」
若いほうは、強気に出た。
「わたしは何も頼まれていません。この耳で聞いたんです」
では、悪魔に祈る声とやらを聞いたのは、いつの夜か。査問官が日付を尋ねると、年嵩は「収穫月の……三日、いえ、五日の夜」。若いほうは「九日の夜です。はっきり覚えています」。
査問官は、手元の紙から顔も上げずに、若いほうへ言ったそうだ。
「……妙ですな。もうお一方は、五日の夜と」
若い侍女の顔から、音を立てて血の気が引いた。言い直そうと口を開き、何も出てこず、また閉じた。その口の開閉が、どんな自白より雄弁だった。
別室の年嵩は、食い違いを伝え聞いて叫んだという。
「九日? あの子、九日と言ったの!? わたくしは、言われた通りに五日と――」
言われた通りに。誰に。
その一言も、きっちり調書に載った。
嘘というのは、二人で運ぶには重すぎる荷物だ。
二人の証言の食い違いは、その日のうちに調書になった。偽証の疑い。侍女職は停職、身柄は審問会預かり。
私は今回、査問室に呼ばれてすらいない。
何もしないどころか、その場にいる必要すらなくなってきた。よい傾向だ。取り立てとは本来、債務者が勝手に払いに来るのが理想形なのだから。
*
「――リーゼさま。こちらへ」
一方、こちらの「審査」も続いている。
教会は困っているのだ。生還した聖女を偽物と断じる度胸もなく、本物と認める度胸もない。困った大人たちの出した答えは、実に大人らしかった。
「当面、クラリッサさまの祈祷に、陪席していただきます」
つまり、二人並べて様子を見る。責任は取らない。見事な役所仕事だ。
というわけで私は、偽聖女さまの「奇跡」を、特等席で拝見することになった。
大聖堂の祈祷の間。病人が並び、香が焚かれ、クラリッサが祈る。
「……楽に、なった気がします」
「ああ、痛みが、遠い……」
なるほどな。
私は隣で敬虔に手を組みながら、鼻だけ働かせていた。
香の中に、一筋、別の匂いが混ざっている。甘くて、重い。東方の霊薬だ。痛みを薄れさせ、多幸感を与える。焚けば病人は「楽になった」と言う。嘘ではない。治ってもいないが。
帳簿に付けておこう。品名、仕入れ先の見当、焚く手順、係の侍女の顔。
《気づいて、いたんですね》
「お前もな、商品」
《……はい。生きていたころに、一度》
「黙っていた、と。あの女はそれを恩ではなく屈辱と付けた。帳簿の付け方が甘いぞ、聖女」
《……あなたの帳簿は、細かすぎます》
「なぜ、黙っていた」
《……それは》
魂は、そこで初めて、言い淀んだ。この商品が口ごもるのは、珍しい。
《いつか、お話しします。わたしの帳簿の、いちばん奥の頁なので》
奥の頁、か。開く日を楽しみにしておこう。取り立て屋は、帳簿の最後の頁ほど高く売れることを知っている。
言うようになったな、この商品は。
ちなみに今は暴かない。霊薬の演出は、いちばん高く売れる日まで寝かせる。安売りは主義に反する。
*
救貧院が再開したのは、侍女たちの査問から半月あまりのちのことだ。処刑から数えれば、ひと月あまりが過ぎていた。
リーゼが生前に建てた、王都の外れの古い救貧院。処刑と同時に閉鎖され、子供らは散り散りになっていた。生還の噂とともに、一人、また一人と戻ってきて――気づけば私は、粥の鍋の前に立たされていた。
「聖女さまー、お鍋、噴いてる!」
「見れば分かります」
「見てないで木べら! 木べらで混ぜるの! ああもう、なんでお祈りはあんなに上手なのに、お鍋はこんなにへたくそなのさ!」
ニナは口が悪い。そして正しい。この二つが両立するのが人間の面白いところだ。
朝の食堂に、欠けた椀が並ぶ。粥の湯気。子供の頭数は十一。年寄りが三人。眠そうな顔、洟をすする音、椀を抱え込む癖のある子。
椀を抱え込むのは、閉鎖のあいだに、炊き出しの列で年上に椀ごと取られた子だ。ニナがその横に、わざとらしくどすんと座る。「取らないよ。あたしが見張ってるからね」。子供は返事をしない。しないが、椀を抱える腕が、少しだけ緩む。
年寄りの一人が、粥を一口すすって言った。「聖女さまの粥は、薄いのに、うまいなあ」。褒められているのか、いないのか。「薄い」は余計だがな。芋を、もう一袋買い足すか。
人間の飯というのは、味の勘定が合わん。材料と手間を足しても、あの湯気の値にならない。六千年やっていて、いまだに査定できない品目のひとつだ。
《お塩、もうひとつまみ》
「商品が味に注文をつけるな」
《だって、あなた、味見をしないんですもの》
「悪魔は塩分を必要としない」
《子供たちは必要とします》
……ひとつまみ、足した。
途端に「今日の粥、うまい!」と歓声が上がったのは、業腹だった。私の六千年の交渉術より、塩ひとつまみの方が人間には効く。
朝食の後、老婆の腰に祈りをひとつ。戻ってきた在庫は、こういうところで使うのがいい。商品の育った畑に、水をやるようなものだ。
……という理屈にしてあるが、正直に言えば、粥の匂いのする朝というのは、悪くない。地獄には朝がないのでな。珍しいだけだ。珍しいだけだとも。
*
その帰り、大聖堂の廊下で、掲示を見た。
『収穫祭大祈祷のお知らせ。聖女クラリッサさま、ならびにリーゼさまが、揃って祈りを捧げられます』
ほう。
二人の聖女を、万の民の前に並べるか。教会としては「どちらが本物か民に見せて、風向きで決めよう」という腹だろう。相変わらず見事な役所仕事だ。
だが、悪くない。
万の目の前という舞台は、嘘がいちばん高く売れる市場でもある。
「見ものだな、商品」
《……なんだか、嫌な予感がします》
商品の勘というのは、当たらないでほしいときに限って、当たるものだ。




