第9話 空からの落とし物
「我が一族に、弱者は......
────要らぬ」
その言葉は、鋭い氷柱のようだった。
胸にグサッと突き刺さり、たちまち心の臓が凍てついた。
向けられた父上の目は、もう息子を見るモノではなかった。
この場に集まった同胞から、一斉に注がれる目。
それは弱者を見下ろす目だった。
「一族の掟に従い、お前を空から、
────追放する」
ガジッ、ガジッ!!
容赦なく地へと押さえつけてくる。
強靭な爪が翼膜に食い込む。
走る痛み。
耐えられず、叫ぶ。
「グォオオオオオオン!!」
叫びは天へと無惨に散る。
誰も耳を傾けることもない。
────天で、さえも。
ザク────ッ!
食い込んだ爪が、躊躇なく翼膜を切り裂いた。
一気に鼻を刺激する血の香り。
一族の誇りである翼。
その誇りを持つことを許されなかった。
天空の覇者である孤高の一族……
飛龍族。
弱いモノは淘汰され、強いモノしか生きることを許されない。
翼膜を傷つけ、下界へと突き落とす。
同胞の手によって、空から追放された。
惨めなのか、傷が痛んだからなのか、
大きい瞳から透明な雫が瞼を伝い、空へと上がって行った。
飛べぬドラゴンの末路はいかようか……
目を伏せた。
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「あっちの方角、凄い雲ね……」
アンジュさまが遠い空を見上げておられます。
「……真っ黒、ですね」
ピカッ。
遠く離れた場所にも関わらず、稲妻が走ったのが見えた。
ドガァ──────ンッ!!?
耳を劈いた轟音。
落ちている石が小刻みに振動した。
「この時期に雷なんて、季節外れだわ。雨が降ったらどうしようかしら……?」
アンジュさまはお顔を手に添え、そう仰った。
確かに、今の我が家……(家と呼べない)、この場所には雨を凌げる所はない。
ただの野営地ですから、ね
「屋根のある暮らし、経験してみたいわ」
「屋根のある、暮らし……?」
「えぇ。私たち巨人族は身体が大きいから……大量の樹木が必要でしょ?」
「そ、そうですね」
「巨人族全員の家を建築しようものなら、この世界の木が無くなる!って大昔の王様が禁じたのよね……」
「な、なんと無慈悲な……」
「まぁ……この世界に生えている木じゃ、私たちの体重を支えられないのだけどね」
あははと眉をお下げになって笑うアンジュさま。
「はぁ、憧れるわ……私も屋内で暮らしてみたい」
ボソッと呟かれたアンジュさまの願い。
ボクの胸にまた炎が灯った、ような気がした。
頭に浮かんだひとつのプラン。
木材を使わずに造る。
耐久力のある素材……
「……出来る、かも」
小さく囁いた声。
アンジュさまがこちらへと視線をお向けになられます。
「ジェイス?」
貴女のペットである、このボクが、
アンジュさまの願いを、叶えてみせます
ボクは背を翻す。
「アンジュさま、また森へ行って来ます」
「ま、待って!また、襲われ───」
宙に浮いたままの問い掛け。
伸ばした指の先を走るジェイス。
「もぉ、仕方ない子ね……じゃあ、私はご飯作って待ってますか」
片手にはしっかりと、マジカルんステッキが握られていた。
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森に入ってすぐのところで、ボクは地面に張り付いていた。
「やっぱり、ここの土は粘土質だ。これなら……ん?」
顔を上げる。
そこには何者かが、這った跡。
よく目を凝らせば、木々に血が付いていた。
「……何か、あったのかな」
いつものボクなら、ここで身体を反転させていただろう。
だが、今日のボクは違った。
その先で待つ、《《誰か》》に呼ばれている気がして。
ボクは急かされるように、その血の痕跡を辿り始めた。
「………凄い、血の匂いだ」
奥に進めば進む程、強くなる鉄臭い香り。
あまりの血の濃さに鼻を手の甲で押さえる。
「……戦闘でも、あったのかな」
そう疑わざるおえない状況だった。
だが、そんな騒ぎを耳にはしていない。
思わず、腰にある剣に手を伸ばした。
柄を掴む指先に力が入る。
────ガザッ、ザザッ。
葉が動いた。
そこを凝視する。
地に溜まった血溜まり。
キラッと陽光を反射させた白銀の身体。
「……え?まさか、────ドラゴン?!」
クリッとした金色の眼。
幼い頃の記憶が呼び覚まされる。
共に育ち、兄弟であり、相棒だったあの子の面影が重なった。
モフモフのワンコ。
名は、
「────ペン、ドラゴン……?」
ボクは、確かめるように一歩一歩、前へと足を出す。
「グルァァァッ!!」
明らかに警戒し、声を荒らげた。
長い尻尾を鞭のように地へと当て付ける。
それ以上、近寄るな!というように。
「ご、ごめん…でも、君……ケガ、してるじゃないか……」
ボクは刺激しないように立ち止まった。
長い首が重だるそうに上がり、苦しそうに呼吸する。その度に鋭い牙を剥く。
「ガルルルルッ」
「……痛い、よね。嫌だよね……ごめん、……傷だらけの君を、放置するのは……ボクには、出来なくて……」
膝を落とした。
傷ついた君を見下ろしたくなくて、ボクは彼より背を低くした。武器になる物も全て外し、無防備になる。
「……あ、ボクの加護はね……」
指を弾く。
風が舞い上がり、淀んでいた血臭から爽やかな香りに包まれる。
ボクを中心に色とりどりの花が咲き乱れ、一帯が花畑に変わっていく。
彼は目を大きく広げた。
「……アンジュさまには、内緒だからね」
唇に人差し指を押し付けた。
彼はもう、唸ることは無くなった。
静かに重い首を地へと下ろし、瞼を閉じた。
「……傍に行っても、いいかな?」
彼からの反応はない。
ただ、荒い鼻息を吐くだけ。
ボクは、彼ににじり寄った。
長い尻尾の先端が軽く振れる。
手が触れられるところまで寄ると、ボクは立ち止まった。
彼の顔へと視線を送る。
「触れても、いい?」
彼は何も言わない。
薄く目を開けると、また瞳を閉じた。
腕を伸ばす。
指先を白銀の身体に添わせる。
硬い鱗は冷たく、体温は感じられない。
触れた先がブルっと震えた。
「……グルルゥ」
息を吐くように出た鳴き声。
警戒色はいつの間にか消え、呼吸も落ち着いている。
だが、飛龍族の誇りとされている翼膜が切り裂れ、美しい白銀が血に染っていた。
「……大丈夫。絶対、治るから」
ボクはそう囁きながら、彼を撫でていた。
希少な飛龍族。
地上にいる竜人族と祖先は一緒だが、地に下りた飛龍が元だと言われている。
天空の支配者であり、終生を天で過ごす。
雲の上に住み、地上で暮らす我々に姿を見せることは絶対にない。
そんな孤高な存在が、
あの子に見えたのは……偶然なの、かな
大人しく丸くなる彼を眺めながら空を仰ぐ。
怪しい雲はひとつもなく、青い空がただ広がっていた。
「……ペンドラゴン、少し待っていてね」
驚かさないように優しく声を掛け、ボクは静かに立ち上がる。片目を少し開け、異を唱えない彼から手を離す。名残り惜しい気持ちになるが、ボクはペンドラゴンに背中を向けた。
「すぐ、戻るから」
肩越しでそう言葉を投げるとボクは足先をとある場所を目指し駆け出した。
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その様子を横目で見ていた。姿が見えなくなるまでの間、何もせず目を離さずに見つめていた。
「……人間の小僧なんぞに、何ができる……」
吐き捨てると、首を一度振ると顔を地に付けた。
花の匂いが鼻にまとわりつく。
チラッと瞳に映った淡い桃色の花。
風に揺らめく愛らしい姿。
その姿を見たせいだ。
でなければ、あんな小僧など近く寄ることすら拒んだはずだった。
ただ、それだけだ。
自分の最期を迎えるなら、ここが良いと思ったから。
「花の中で逝けるのなら、本望……」
桃色の花を一瞥し、ゆっくり瞳を閉じた。




