第8話 ペット……ですか?
……ギュっ
────ザッ、ザァー
アンジュさまのお陰で、作業スピードに拍車がかかった。一気に木肌が綺麗になっていく。
その一方で、ボクのセイフティの制服はここで役目を終えた。自慢の紋章の刺繍が見る形もなく、ボロ雑巾のようになった。
ボクはそれを見ても、何も感じなかった。
「……ジェイスの服、こんなになってしまったけど、良いの?」
ボクの後ろで、腰を掛けているアンジュさま。
手にしているボロ布へを眺められ、表情は眉尻を下げ、見るからに申し訳なさそうなお顔。
「良いんです。ボクにとって、もうこれはただの布でしたから」
「え、あ、……うん。なら、良いのだけど……」
言葉とは裏腹なアンジュさま。お顔はまだ晴れません。
「でも、貴方の帰る場所でしょ?」
ボクの手が止まる。ボロボロになった紋章を見つめる。
「……ボクは……もう、帰るつもり、ない……です」
ふたりの間に、しばしの沈黙が流れる。
遠くの方で、小鳥の羽ばたく音。
ボクは黙ったまま、また木肌に布を当てる。
「帰らないの?」
「……はい。というか、ボク……仲間から追放された身なんです、よ」
ボソッと胸に溜まっていたものを吐き出した。
布に爪を立てて、木肌を更に磨いていく。
「………そう」
アンジュさまは短くお返事なされました。
「……なら、もし良かったらなんだけど。このまま私と……」
アンジュさまの目が伏せられました。
照れているような、しかし、これはボクのの思い過ごしかもしれません。
長い髪を指先で絡ませながら、口早にサラッと仰られました。
「一緒に、……暮らさない?」
心臓が跳ねた。
思いもよらない不意打ちに、ゴシゴシと強く擦りつけていた、ボクの手がまた止まった。
「私……ひとりだし、ジェイスと出会ってから、毎日楽しいの。なんか……」
息を呑む。
その言葉の続きが気になり過ぎて、眼前の作業に集中が出来ません。
「何て言えば良いのかしら……?」
頭を捻るアンジュさま。
思い当たる言葉が見つからないご様子です。
額に手を押し付けながら、苦しそうにするアンジュさま。
「……あっ!?」
弾む髪。
曇っていた表情があっという間に眩い光を放ちました。
「─────ペット、……みたい。そう、ペット!」
指先からサラッと零れた布。
地面に滑り落ちていく。
……ペット、……?
ボク、ペット……です、か
落ちた布を拾う。
「あっ、嫌なら全然断って貰って、大丈夫!私に……飼われ……じゃない!」
「……それも、いいかも」
「ふえっ?───良いの?!」
アンジュさまの素っ頓狂なお声が森に響き渡った。
ボクは木肌から手を離した。
溢れ落ちる汗を甲で拭う。
「……これで、ステッキの部分は完成、しました」
後ろへと身体を向ける。
アンジュさまの瞳はまた一段と輝かれておられます。
ゆっくりとその場に立ち上がるアンジュさま。
地面が揺れ、木々が騒めく。
「す、すごい……あの時見た、マジョコちゃんのマジカルんステッキだ」
「そちらに、……魔法石をはめ込めば、完成です」
「手に持っても、良いかしら?」
コクと頷くボク。
軽々しく宙へと舞い上がるステッキ。
アンジュさまの表情がどんどん輝きを増していかれます。
「ホント、凄い!これしか出て来ないわ!!」
口が開いたままのアンジュさま。
ステッキから目が離れません。
チラッと見えた手直しした部分。
咄嗟に弁明が口から溢れてくる。
「……ボクが少し、ミスをして……。持ち手の所が少し……」
「え……?」
視線が落下した。
輝く笑顔に陰が差すのを見たくなくて。
指先が前に集まる。
「…………。」
ボクの視界が暗転する。
ふわっと香る太陽のような香り。
ゴンッと頭に衝撃が来た。
「こら、ジェイス!ウジウジしない」
何回も言われたその単語。
だけど、アンジュさまが仰った言葉には嫌味も侮蔑も含まれていない。
スン、と胸に落ちた。
「あなたの手は素敵なモノを生み出せるのね」
ステッキに向けられていたあの輝かしい笑顔がボクへと向けられた。
ドクンッ!
アンジュさまから視線を逸らす。
ボクの心臓が、今にも、
………飛び出してしまいそう、です。
「じゃあ、早く家に戻りましょ?マジカルんステッキを完璧にさせなきゃね」
「家……?」
「ええ。私たちの家に」
アンジュさまのお手がボクへと差し向けられました。
いらっしゃい、と囁くように仰るアンジュさま。
ボクは誘われるままに、アンジュさまの手の平に乗り上がりました。
流れるようにボクを問答無用で、ふっくらとした谷間に挟もうとするアンジュさま。
「─────だ、だから、そこはダメですっ!」
目を手で隠す。
アンジュさまの手が停止されました。
「あ、ごめん。つい……。でも、どうしようかしら?右手にはマジカルんステッキ……」
アンジュは下に目を向ける。
その先にはノビている超大型ビッグドナルードが。
「唐揚げちゃんも、持ち帰らなきゃだし……やっぱり、ココしかないわよ」
再び動き出した腕。
……いや、ありますから!
ボクは顔を見上げ、空に向けて吼える。
「アンジュさま!ボク、───肩に乗りたいですっ!」
ビクッと震えたアンジュさま。
目を丸くしたアンジュさまと目が合う。
「了解よ」
アンジュさまの手が肩へと向かう。
そっと降りるボク。
騒がしかった胸が落ち着きを取り戻す。
「ふぅ」
アンジュさまの肩に掴まりながら、ボクは息を整える。
ボンッとアンジュさまは逞ましく、ビッグドナルードを肩に担ぐと家へと歩き出した。
「……アンジュ、さま、ここって……」
ボクは、アンジュさまの家?へと辿り着いた。
生い茂る木々。
自然に囲われた大地。
見慣れた場所。
「そう、私の家よ」
すみません、アンジュさま……
ボクの家の定義を、間違えていたよう、です
「好きなところに座って、待ってて」
ドンッと、担いでいたビッグドナルードを床という大地に横たわらせたアンジュさま。
「ここって、今まで……野営してたところ……ですね」
辺りを見回す。
家と呼べるモノはひとつもありません。
壁や屋根なんてものもなく、ただの開けた土地。
その中にある、大きいバックと焚き火した後があるだけです。
「ボクは既に、アンジュさまのお家でやっかいになっていたんだなぁ……」
「あったわ!」
大きな声を上げたアンジュさま。
何やら見つかったようです。
「ジェイス、見て」
足早に走られたアンジュさま。
ボクは立っていられず、その場に腰を落としました。
「こ、これは……」
アンジュさまの大きな手の平に乗せられた、
───七色に輝く星型の透明な石。
あまりの美しさに目を奪われました。
「……これは、何ですか?」
「私も良く分からないの。たまたま落ちてたのを拾ったのよ」
そう告げたアンジュさま。
どうかしら?とボクを真っ直ぐ見据えられました。
「……サイズ感も、申し分ありません。では、付けても、よろしいでしょう?」
コクリと縦に顔を振るアンジュさま。
彼女から受け取った石。
両腕がブルブルと揺れる。
ズッシリと重く、持っているだけで精一杯。
太陽を浴びて更に輝く石は、アンジュさまのマジカルんステッキにピッタリだと思った。
アンジュさまが持っていたステッキを地に置いた。ボクは石をステッキの先端にはめ込む。
息を止めた。
アンジュさまは憂いの顔は似合わない
ずっと笑顔でいられますように
そう願いを込めて。
───ガジッ。
ステッキが石を受け入れた。
なんだが、神々しい白い光が見えた気がした。
気のせい、だろう
疲れてるのかも……
目頭を指で押さえた。
「これで、本当に完成したの、ね」
アンジュさまが両膝を地へと落とした。
「アンジュさまの杖、です。気に入って頂けました、か?」
なかなか動かず、アンジュさまはマジカルんステッキへと熱い視線を送り続けている。
彼女の唇が歪む。
少し、瞳が潤んでいるようにも思えます。
アンジュさまは躊躇いながらも、指を伸ばしました。
マジカルんステッキに指先が触れ、指を絡められ、天へと向けられました。
陽の光を受けるマジカルんステッキ。
もう既にアンジュさまは美魔女ですが、美しい魔女が誕生と相成りました。
「……夢じゃない、わよね」
「はい、現実です」
頬へと流れた一筋。
それを見て、本当に創って良かったと再確認。
「アンジュさま、少し……振ってみたらいかがです?」
ボクの提案にアンジュさまは何度も頷いた。
すくっと立ち上がり、アンジュさまは口を開いた。
身体をくねらせました。
「 私の魔法は、
────恋の味っ!
ミラクルんミラクルらんらルー☆ 」
あ、可愛い
心からそう思いました。
そこで、ボクの加護の出番。
アンジュさまが決めポーズをされた瞬間に、ボクの指先も跳ねる。
マジカルんステッキが指し示した場所にたくさんの花が咲き乱れる。
その光景にアンジュさまの眉が揺れました。
「えっ!私、魔法使えるの?!」
驚きのあまり、花畑とマジカルんステッキを交互に見ているアンジュさま。
このことは、秘密にしようと思ったボクでした。
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黒く厚い雲。
その下で、剣戟が鳴り響く。
「クソッ……」
疲弊する仲間たち。
とうとう、膝を付けたフィーネ。
「はぁ、ハァ……な、なんで、───私がっ……!!」
歯を食いしばるフィーネ。
自慢のツインテールが、乱れている。
「フィーネっ!」
アーバインが手を伸ばす。
フィーネは顔を上げた。
口端が鋭利に吊り上がる……アヤシキモノ。
フィーネは恐怖で瞳が小さく縮み、瞳孔が開く。
身体が動かない。
喰らいつこうと伸びる手。
空が唸り声を上げた。
轟音にアヤシキモノの手が止まる。
その瞬時、空から雷鳴と共に雷撃が天から下り立つ。
フィーネの目の前に目が潰れる程の光量が襲う。
「うぎゃャャャゃャャ!!」
耳を劈く絶命。
地を揺らす落雷。
フィーネは何が起きたのか分かっていなかった。
眼前にいたはずの、アヤシキモノは破片も遺さずこの世から消え去った。
「な、なに……今の……」
ボソッと零れた言葉。
それを説明できる者などこの場にはいない。
「だ、大丈夫……か?フィーネ……?」
走り寄ったアーバインがフィーネに肩に触れた。
「───?!髪が……」
フィーネの異変に気づいたアーバインが声を失った。
「え?……髪?」
フィーネは髪へと目を向け、髪に指を這わせる。
「……う、そ。嫌ァァァァァ!!」
フィーネの目が剥かれていく。
自慢の絹糸のようなツインテールが黒コゲに縮れている。
おいおいと泣き叫ぶフィーネの声と焼け焦げた髪の臭いが、この空間に漂っていた。




