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第6話 想いを形に。失敗じゃ、ない








 澄み渡る青天。

 ボクは、立ち上がる。



「ジェイス!行ってらっしゃーい」



 アンジュさまの元気なお見送りの言葉を背にし、秘密の作業場へと歩き出した。







 背負っていた風呂敷を切り株に置く。

 風呂敷からチラッと見える碧の葉。

 これは、アンジュさまがボクのために作ってくださったお弁当である。



「お昼までに大体の形に整えられるかな」


 夕暮れまでに戻る。と、アンジュさまとお約束してきた。約束は守らねばならぬ。なので、効率的に進めなくてはならない。



 朝まで続いた、アンジュ先生さまによる……


『 マジカルんステッキ講座 』のお陰で、しっかりと熟知できた。



 本日の作業メニューは、こういった具合である。


 ・頭にあるマジカルんステッキの形に沿って削る。



 とにかく、削る。の一日になりそうだ。




「毎日、剣と防具鎧を一日に何百個も磨き上げたボクだ。……なんとか、今日中には形にするぞ」




 昨日皮を履いた木を見下ろす。

 頭にある図案を照らし合わせる。



 持ち手は何ら難しくはない。

 ただ真っ直ぐに削ればいい。


 先端は魔法石(魔法の源である石 (※魔女っ子マジョコ設定))に、二本が絡みつくように削らねばならない。


 ボクはアンジュさまから、そう聞かされ悩んでしまった。


 形が出来たとしても、完璧ではない。

 その石をどうしたら良いのかと。


 アンジュさまサイズに作るとなると、大岩のような美しいモノなど、どこにあるというのだろうか。



「確か……お色は黄色で、角が七つあるんだよなぁ」



 今まで任務でたくさんの土地を巡ったが、そのような石は見たこともない。


 腕を組み、指を顎に当て記憶を掘り返す。

 ろくでもない考えが浮かび上がる。


 指が離れる。



「王国城になら、あるのかな?」



 ………いや、変な考えはやめよう。

 とにかく、今は削ることに専念しよう。




 腰に下げてある剣の柄に手を伸ばし、指を掛ける。



 ───シャキーン...!



 静まり返った森に抜刀の音が響いた。



 木肌に刃の切っ先を突き立て、引く。

 今、ボクは木に直接アタリを付けているところだ。


 かなりの大きさなので、これだけでも一苦労。

 滲む汗を袖で拭いながら、黙々と木に刻みつけて行く。



「ここから、丸みを帯びる感じにして、……絡みつくように」



 腰を落とし、肘、手首、指先へと力を込める。

 加工しやすい木質を選んだといっても、この木はボクの背の二.五倍はある。


 身体に負担が掛かる。



「こんな、もんかな?」



 ふぅ、と息を吐く。

 手の甲で前髪を払う。


 震える手を無視し、アタリを刻み込んだ木材を舐めるように見る。



「うん。アンジュさまの描かれたような形にはなっているな」



 持っていた剣の切っ先を地面に刺す。

 自立した剣をそのままに、ボクは切り株へと腰を落とした。


 切り株に後ろ手に付き、空を仰ぐ。

 視界に入る木々の葉の隙間から陽光が差す。

 涼しい風が、汗で濡れた頬を撫でる。



「……気持ち、いいなぁ」



 こんなふうに、自分から作業するのは初めてかもしれない。



 幾つもの蔑む言葉と仲間たち以外からの嫌な視線を背後に感じていた。休みの日までこき使われた時には感じたこともない、清々しい気持ち。



「ボク、今……とっても幸せかも、しれない」



 ふわっと爽やかな風が髪を舞い上げる。

 瞳を閉じる。

 浮かぶは、神々しいアンジュさまの笑顔。



「よし……」



 身体を前に起こす。



「────作業開始だ」



 身体に合図するように太ももを叩いた。




 丸太に刃を這わせ、脇から木屑が落ちていく。

 この工程を取り憑かれたように何度も繰り返す。


 右上にあった太陽が中央へ。

 そして、中央から更に左に傾く。


 脇目を振らず、無我夢中で削り続ける。

 顔を伝う滝のような汗が、剣の刃へと数滴落ちた。



 ……カサ、ガザガサ......



 背後に何かの視線を感じ、ボクはゆっくりと振り返る。



「「ギョェエエえええ────ッ!」」


「う、うわぁぁぁぁあ!!」



 お互いに顔を見合せ、叫び合う。

 共鳴する絶叫。


 目を飛び出しそうな程に見開いた首が細長い鳥。


 翼が退化した───ビッグドナルード(超巨大)が、そこにいた。



 ガッぐり!


 嫌な音がした。

 恐る恐る、手元へと視線を下げる。



「……あ、」



 ボクの熱が頭から、つま先まで一気に凍てついた。



「───ど、どうしよう……?!」



 剣がカチャカチャと震える。

 もう片方の指の腹でそこを撫でた。



「…………抉って、しまった……」



 肩がガクンと急降下。



 失敗、だ……




 ドタドタと地を蹴る音が遠くで聞こえる。



 過ぎった彼女の寂しそうな顔。



 ボクの手が、止まった。



 いや、これは、まだ……


  ────失敗じゃない



「……だ、大丈夫。


 ──ここを削って、整えれば……」



 ボクは剣の柄を握り直す。

 そして、抉れた部分に刃を当てた。



 ギリッ。


 ───ギリっ。



 少しずつ。ちょっとずつ。

 これ以上のしくじりを、しないように。


 唇を噛む。


 ボクは剣の持つ手を緩め、木屑を払うようにふぅーと息を吹きかけた。



「うん、見ても触れても……分かる、けど」



 抉れた木肌へと手を乗せる。



「───味って、やつ……かな?」



 それを見越したように、腹の虫が唸り声を上げる。

 ボクは腹に手を添え、撫で付けた。



「……お腹、減ったな」



 気が付けば、森の中が冷えてきたようだ。

 汗のついた皮膚に冷たくなった空気がツンツンと刺激してくるようだ。


 ボクは剣を鞘に納め、ここまでの進み具合の確認を始めた。寸胴だった丸太の形が、アンジュさまが描いてくれた絵に近付き初めている。


 始めの頃は大きかった木屑も、今となっては細かくなり、丸田の脇に積み上がっていた。



「今のところは、予定通り。……むしろ、速いかな」



 腰に手を置き、まじまじと眺める。



「適した道具が無い中、ここまで上手くいくとは思わなかったな。───あとは、魔法石が入る部分を上手く削り出して……今日は終わりって、ところか」



 午後からのスケジュールを見通したボクは、目端に映り込んだ風呂敷へと足先を向けた。



 また切り株に腰掛ける。

 ボクはすぐさま、手を出した。

 風呂敷の結び目に指を使い、素早く解く。

 切り株にテーブルクロスのように敷かれた風呂敷。

 そのド真ん中に、草の葉で包んだだけのお弁当が鎮座した。


 恐れ多くて、触れるのを戸惑うボク。

 湧き出る生唾を呑み込む。



 ───ググぅぅぅぅ……



 身体は正直だ。

 我慢できぬっ!!と咆哮を上げた。


 ボクは急かされた腹の虫に唆されて、光の速さの如く碧の包みを剥ぎ取った。


 ボクの目に飛び込んだ中身は至ってシンプルだ。


 大きい米粒ふたつ。

 味噌を塗り、焼いてくださったようで香ばしい匂いが、鼻を通り越し胃袋をダイレクトに刺激してくる。


 そして、その脇に申し訳なさそうに存在する、白きモノ。ボクの口に合うように切られた、アンジュさまの漬物。



 アンジュさまの大きい手で、こんな小さくするのは至難の業だったことでしょう。



「ありがとうございます。アンジュさま」



 アンジュさまが居られる方向に言葉を放つ。

 絶対に仕上げなくては!、という思いが更に強くなった。


 ひと粒のお米を手に取る。

 欲望のままに大口を開け、かっ食らう。


 鼻に抜ける、香ばしい味噌の香り。

 塩っぱいが、あとから米の甘みがほんのりやって来る。呑み込む。食らう。気が付けば手にあったはずの自分の顔より大きい米粒か消えていた。


 手が、止まらない。


 漬け物へと指が勝手に動く。

 二本の指先が掴む。

 そのまま、口へと流れるように運ばれた。



 ……カリッ!


 ───コリコリ。



 歯ごたえが、気持ちいい。

 口に広がる大根?瓜?のようなコリコリの食感が病みつきになる。

 噛む度に野菜の旨味と出汁が口内を蹂躙していく。

 ……ずっと、食んでいたい。

 そんな気持ちにさせてしまうこの漬け物。


 頷いた。いや、頷いてしまう。



「直伝で、あるのが頷けます」



 もうひとつの味噌焼き米粒を手にしていた。

 口に入れた瞬時に身体が、喜んでしまう。


 疲れが吹き飛んだ。


 最後のひと口…


 寂しい……

 不思議と、そんな気さえ起こしてしまう。


 最後のひと口を、名残り惜しみながら噛みしだく。


 ゴっクん。喉が鳴った。



「……美味し、かった」



 吐息と共に漏れた声。

 心の底から思わず出た言葉だった。



 ……アンジュさま、


 ボクの、胃袋までしっかりと、


 ─────掴んで、しまうのです、ね




 余韻に浸るボクを襲う満腹感。

 作業に戻るのに少々時間を要した。









 手元が見辛くなってきた。

 もう、夕暮れだ。


 ボクはその場に立ち上がる。

 ビキッと腰に痛みを覚え、拳を作りトントンと撲る。



「……形は出来た、な」



 まだ荒削りだが、形にはなった。

 難点だった二本の絡みついた箇所は、アンジュさまのお弁当効果のおかげか、難なく形にすることが出来た。



「あとは、木肌を滑らかにして……魔法石に変わるものか……」



 帰ったら……

 アンジュさまに、遠回しに聞いてみよう



 ボクは空になった風呂敷を手に持ちながら、アンジュさまのもとへ戻る。

 その足取りは、終始軽やかだった。







 燃え盛る炎を前にしながらボクは睡魔と戦っている。


 アンジュさまは夕食の準備を着々と進めている。

 まな板を包丁で叩く音も心地良い。

 火にかけられた鍋から香る夕飯の匂い。



 今日は……

 トマト……スー……



 バタン。



 ボクはそのまま意識を手放し、夢の世界へ。



 無意識の中、温もりを感じる。

 頭を撫でる優しい指先。


 ボクの眠りは深く深く沈み込んだ。




 おやすみ、ジェイス……

 …………良い夢を


 そう、囁かれた気がした。

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