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第3話 ウジウジ虫、美魔女のはじまりの日





 ……さわ。

 …………さわさわ。


 ─────────ゾクッ!



 ただならぬ、感触。

 全身を撫でる柔い繊維の襲撃。


 ──────ボクの身体は飛び起きた!



 昨晩、即席で作って頂いたハンモックが激しく左右に振れる。



 朝からとても刺激的な一撃で、


 ……目が、覚めました。



「コラッ!ジェイス。お寝坊さんはメッ!」



 膝を土に付け、ご自身の髪先を指先でちょこんと摘みながら、眉を寄せボクを見つめるアンジュさま。



「お、おはよう、ございます。アンジュさま」



 頭をぺこりと下げた。



「おはよう。ジェイス。さぁ、こちらにいらっしゃい」


 ハンモックすれすれにアンジュさまの手が添えられた。ボクは躊躇いながらも、その掌に乗り上がる。



「良い子ね、ジェイス。さぁ、こっちで待っていてね」



 幼な子に話すような温もりある声。

 つい自分は幼い子供なのでは思えてしまう。



 アンジュさま、ボク……十八歳なんです。

 ……でも、悪い気はしない、かも?



 彼女の横顔へと視線を送る。

 木々に結んである結び目を外している。

 それはボクが、さっきまで寝ていたハンモック。


「眠れたようで良かったわ」


 布を外し終え、パンパンとシワを伸ばされる。

 その風圧と来たら……


 人間、いや、他の民族も……

 立っていることは、────不可能。


 目頭に力を込め、近くにあった物を掴む。

 指先がすぐに白へと変わる。



 アンジュさま、ボク……

 お空に、飛び立ちそうです。


 違和感に気づかれたアンジュさまの肩がビクンッと跳ねました。


「あ、ごめん!ごめん!つい、ジェイスがいることを忘れていたわ」


 慌てて、アンジュさまはその手を緊急停止しされました。


 膝に手を付き、ボクはその場に立ち上がる。


「いえ、ボクが……軟弱なだけです、から」


 服に付いた土を叩く。


 末席とはいえど、ボクはセイフティ。

(雑用係だった、けど…)

(追放された、けど……)


 ……身体、鍛え直そう。


 腕を軽く上げ、親指を握り込んだ。



 空から懐かしい歌が降ってくる。


 シワを伸ばした布を丁寧に折り畳みながら、アンジュさまが口ずさんでおられます。



「……その歌」



 思わず、顔を見上げた。



「えっ?!ジェイス!この歌、知っているの?!」



 かなりの興奮状態のアンジュさま。

 グイグイとにじり寄って来られます。



 アンジュさま、

 綺麗に畳んだ布が、もうグチャグチャですよ?



 ボクの傍へと一気に詰め寄られました。



「魔女っ子マジョコ、ご存知なのね!!」



 熱のこもった視線を僕に注ぐアンジュさま。

 少し、呼吸が荒いように思えます。



 ……ち、近い。


 ここまでの至近距離。

 異性に詰め寄られたのは初体験です。


 顔が、熱うございますよぉ。



 目が泳ぐ。



「……は、はい。誰もが、そこを通りますから」




『 魔女っ子マジョコ 』


 アランティカ国で絶賛放送中のご長寿、子ども向け番組。

 魔女の女の子 マジョコが送る.....笑いあり、時にはポロリの子どもに絶大に人気がある。



「そうなのね!!うわぁーどうしよう!?マジョコちゃんを語れる日が来るなんて思わなかったわ!!」



 更に興奮されるアンジュさま。

 腕をビュンビュン振っておられます。



「でも、マジョコちゃん。結構ドジよね。呪文間違えちゃうし……」



 ニコニコとお話されるアンジュさま。

 楽しそうに饒舌にお話されていましたが、急に表情が曇りました。



「アンジュさま?」


「あっ、ごめん。こんなに意気揚々と喋ったけど、マジョコちゃん見たの一回しかないんだぁ……」



 土に指で何かを描かれるアンジュさま。



 ……あんなに国民的番組を一度だけ?



 ボクの首が捻る。



「あ、人間族のジェイスには分からないわよね……」



 肩が落ち、口角が下がるアンジュさま。

 長い睫毛を伏せられました。



「私たち、巨人族は他の民族たちより身体が大きいでしょ?だがら、ね。……私以外の子たちはマジョコちゃん見たことないと思うわ」



 土に描かれたその絵は、水晶玉から映し出されたマジョコそのものだった。



「私ね、キミを見つけた日、初めて王都に行ってみたの。……だけど、道中の看板にこう書かれてたわ」



 大きな溜め息。

 描かれたマジョコが一瞬で消えた。



「巨人族の出入りを禁ず。だって、さ」



 眉尻を下げ、弱弱しく微笑まれたアンジュさま。

 悲しくて寂しい表情にボクの胸がギュッと締め付けられた。



 ……彼女、アンジュさまのために、

 ボクは、何が出来るだろう?



「…………マジカルんステッキ、欲しかったなぁ」



 吐息混じりに漏れた声。

 燻ったままのボクの胸に、小さな火が灯った瞬間だった。





 ………その願い、ボクが叶えて差し上げます。



 ボクは、アンジュさまへと背を向けた。








Ⅹ Ⅹ Ⅹ Ⅹ Ⅹ







 コン。コン。



 古びた木のドアを叩く。

 しばらく待ったところで、ギィィと耳障りな音が鳴った。


「どなた、あら……」


 ドアから少し顔を出した見るからにお人好しそうな女性。あのウジウジ虫に面影が重なった。



「貴方、セイフティの方ね。もしかして、息子のお友達?」



 柔らかな笑みを浮かべそう話す。

 これから俺に告げられる真実も知らずに。



「……息子さん。ジェイスくんの所属するパーティのリーダー、グラッド・ダールトンと申します」



 軽く頭を下げる。



「あら?!リーダーさんなのね!いつも、息子がお世話になってます。ちょっと、中でお茶でも……あっ、お父さん!?、お父さ─ん」



 頬をつり上げながら、口を広げ息を吸いながら声を出した。母親は忙しなく、ドアの中へと声を掛けると目元がアイツそっくりな男性が姿を現した。



「お父さん、このお方ね!ジェイスの職場の方なのよ!」


「こら、落ち着きなさい。すみませんねえ、うるさくて」


「だって、ジェイスったら……、中々帰って来ないし、連絡も寄越さないんですよ」



 口を尖らせながら話す母親。それを頭を掻きながら目を細め謝る父親の姿を、ただ感情もない眼で眺めていた。



「ここではなんですから、中へ……」



 そう父親が中へと誘うが、俺はそこから動かない。

 その様子に父親の表情が固まった。



「もしかして……」



 父親は何かを察し、みるみるうちに目が見開き、口を濁らせた。意味が理解したくない母親は、俺と父親の顔を行ったり来たりと視線が彷徨う。



 そんな状況に、俺はトドメを刺す。



「誠に申し上げにくいのですが───」



 そこで、母親は泣き崩れた。



「嘘よ!ウソよ!!あの子がぁ……」


「コラッ、まだちゃんと聞いてないじゃないか!?」



 腰が崩れた母親の肩を掴みながら父親は俺へと顔を見上げた。眼で訴えてくる。息子は無事なのか?と。



 俺は、表情を作る。

 今にも、気を緩めたら、.......崩壊してしまう。



 だらりと垂れている手に爪を立てた。



 嗤い出してしまいそうな欲を、


  ─────封じる、ために。



「残念です……。俺が着いていながら、こんなことに……」



 腰を前へと倒す。

 口端が、微かに震える。



「嘘だ……」



 耳に掠れた声が届く。



 やめろよ、吹き出しちまうだろ?



 咄嗟に口元を覆う。


 頭を持ち上げる。


 信じられず、瞳孔が揺れる父親とおいおいと大粒の涙を流す母親を見下ろした。



 傑作だな。ホント。



 おもむろに、服から取り出した勲章。

 傷ひとつ無い持ち主を失った黄金。


 それをふたりの前に差し出した。



「……これしか、見つかりませんでした」



 縋るように伸びた腕。

 必死に掴む指先。


 胸に大事そうに握られた黄金。

 流した涙が、黄金へと落ちた。



「ジェイス────ッ」



 搾りだした声が耳へとこびりつく。



 だから、やめてくれ


  ─────もう、限界だ



 俺はもう一度頭を深く落とし、踵を返した。





 路地に入る。



「良く我慢できたねぇ?グラッド」


 顎に人差し指を当てながら、睨めあげるフィーネ。

 その横に立つ無口のアーバイン。

 腕を組みながら壁に身体を預け、真っ直ぐに俺を見るサリア。



 《《俺の本当の仲間たち》》



「ふはっ、アハハハハハ!!」


 路地に反響する俺の嗤い声。

 腹を抱えてながら、馬鹿のようにひとしきり嗤いあげる。


 その俺の様子に皆、つられて嗤い始めた。





「……リーダー、次の任務よ」


 サリアの凛とした声。


 目端に溜まった雫を指で払う。


「……ああ、行こう。


 デスポワールに突き堕としに、な」



 路地の先へと一歩、足を出す。



「キャハッ、最高じゃんそれ」


 フィーネのツインテールが躍ねる。

 それに続く、アーバイン。


 俺の隣を歩くサリア。



 俺たちの輝かしい未来はここから始まるんだ。





 胸にある黄金に陰が刺した。

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