第2話 デスポワールの果て、美魔女に拾われた
ザ─────と降り頻る。
透明な粒たちがボクの身体へと、冷酷に打ち付けてくる。ボクの胸にぽっかりと空いた穴へと雨が次々と流れ込んでくる。
「あ"ぁ?珍しいなぁ」
モヤがかかったような嗄れた声が落ちた。
それと時を同じくして、視界に映り込んだのは……
「……バジ、リスク……?」
鱗が雨に濡れ妖しく艶めいた。
長い鉤爪のような瞳孔が、大きく広がる。
「ぬぁ?おめぇ、セイフティかぁ」
ギラつく大きな目にボクの惨めな顔が映り込んだ。
細長い舌が口先からチョロチョロと忙しなく動く。
「こりゃあ、いい。腹も満たせて、腹癒せもできるなんて……俺ァ、ついてるなぁ」
長い細い舌が、待ちきれないと舌舐めずりをする。
抜かるだ土に食い込んだ黄ばんだ爪。
爪が跳ね上げる。
ボクの顔へと、付着する。
……あぁ、ボクはここで、
──────散る運命なんだ。
ボクはゆっくりと、瞳を閉じた。
頬を流れる雫。
それが、涙なのか、雨なのか……
もう、分からない。
……ズドン。
─────ドスン。ドスンッ。
大地が鼓動するかのような揺れを全身で受ける。
木々の葉が騒ぎ出し、雨を凌いでいた鳥達が激しく翼を羽ばたかせる。
森の空気が、一変した。
バジリスクの足が止まる。
「……うそ、だろぉ」
声が震え、尻尾がピーンと伸びた。
何かに怯えたバジリスクは足先を変え、逃げるようにこの場を去って行った。
次第に大きくなる振動。
聞こえるは木々の折れる音と雨の音。
……そして、地鳴りのような音。
ボクの身体が、跳ねた。
視界が暗くなる。
あれほど、ボクを叩き付けていた雨が、止んだ。
───ジリっ。
「……あら?こんなところに、落し物?」
ズ────ンッ。
身体が浮き上がる。
伏せていた瞼をそっと開ける。
目に飛び込んだ一面の緑。
生えている木よりも高く上がったボクの身体。
「……ん?人間で、いいのかしら?」
天高くから落雷のような声。
顔を上げた。
大きな大きな瞳と目が合った。
いや、目など合うはずもない。
ボクの身体より遥かに大きい瞳に射抜かれた。
「あら?可愛い顔、してるじゃない」
目を緩めながら、ふっくらとした唇が弧を描く。
吐息という暴風がボクを襲う。
でも、嫌じゃなかった。
むしろ、嬉しく思えた。
最期を手にするのがアナタなら、
────ボクは、満足です。
「……美魔女、バンザイ」
ボクは、睫毛を下ろした。
「……何か喋った、のかしら?ちょっと、もしもし〜」
応答はナシ。
「困ったわ……でも、置いて帰るわけにも行かないし」
辺りを見渡すが、誰も見当たらない。
なら、答えはひとつね。
私はつまみ上げた人間(オス♂)を、
双子山へと…
ぷにゅ。ぷにゅっ。と、挟み込んだ。
「ごめんなさい。居心地悪いとおもうけど、今手が塞がってて……」
聞こえているか分からないけど、一応声を掛けた。
反応ナシ。
了承を得たということにしましょう。
地面に置いた荷物を持ち上げる。
「ん?何か聞こえた気がしたような……?まあ、いいわ」
私は我が家へと向けて走り出した。
微かに灯りを感じ、重たい瞼を開けた。
数回の瞬きをし、まず目に入ったのは満天の星空だった。
「……き、綺麗」
ひ弱な掠れた声。
そんな自分の情けない声に笑ってしまった。
「起きたのね?」
突然の声の到来にボクは身体を身構えた。
「無理しないで。襲ったりしないから」
横たわった身体を起こす。
そこにあったはずのボクには不釣り合いな勲章。
左胸に掲げてあった黄金が消えていた。
突如として、浮かんだあの顔。
土を抉るようにして、指先を強く握り締めた。
「ねぇ、ちょっと、大丈夫?」
心配する声に、ボクは覚えがあった。
ガバッと頭を上げると、あの時の大きい瞳があった。
「……アナタは、先程の」
地に胡座を組みながら、頬杖を付きこちらを真っ直ぐに見つめている。
「やっと、声が聞けたわね。私はアンジュ・リーナよ。見ての通り、巨人族。貴方は、人間族?で良いのよね」
コクとボクは頷いた。
「じゃあ、次は貴方の番ね」
「……ボ、ボクは」
無意識に下を向く。指先を絡ませ始める。
「恥ずかしがらないで、ここには私と貴方しかいないから」
ね、と優しい声が降った。
指の動きが止む。
思わず、顔を見上げた。
「ボクは、ジェイス・ドミニクと言います」
アンジュに向けた声はまだ弱弱しい。
だけど、ボクは彼女の目を見て言葉を交わすることができた。
「良く言えました。ジェイス、改めてよろしくね」
穏やかな微笑むアンジュ。いや、アンジュさま。
「……アンジュ、さま」
「様なんていらないわ。気軽にアンジュと呼んでちょうだい」
ボクは目を伏せて頭を静かに横に振った。
「いえ、アンジュさまと、……呼ばせてください」
眉を平行にし、口を歪めるアンジュさま。
「こそばゆいのだけれど。……もう、好きにしてちょうだい」
顔が頬杖から離れ、ぶいと横を向いた。
「はい。アンジュさま」
ボクの顔が綻んでいく。
胸に空いた穴が少し埋まったような気がした。
「あ、これご飯よ。お残しは許さない、からね」
アンジュさまの笑顔と共に、山が現れた。
ボクの背を何倍もある、マウント・カレー。
……口端が、引き攣る。
アンジュさま、その量は───
……ボクには、食べきれませんよ。




