第1話 雨と泥と追放と
ここは多民族国家───アランティカ。
様々な種族がこの地で根を下ろし、暮らしている。
良いこともある反面、揉め事がある。
それを対処するのが、
────国家機関 『セイフティ』
そこで働くのが、このボク。
ジェイス・ドミニク。
事務方希望で入管したつもりが、何の因果か……
鎮圧・戦闘部隊に配属されるという結末。
ボクの加護は枯れた草花を元気にするだけ。
周りは血の気の多い種族ばっかりで、ひ弱な人間族は下に見られがち。
その中でもボクはかなり、浮いた存在で仲間の人間族から、も。
だけど、今日は─────
「……によって、褒美を国王陛下から授与されます。名を呼ばれた者は壇上に上がりなさい」
この大広間に通る声を発したのはエルフ。
国王陛下が席を立ち、一歩前に出る。
たてがみの立派な獅子の獣人。その隣に穏やかな表情を浮かべているヒュドラの王妃様。
王様へと褒美が入った箱を持つ者はドワーフ。
たくさんの種族たちが見守る中、エルフが高らかに名を叫ぶ。
「────ジェイス・ドミニク」
その名を呼ばれた途端、一斉にボクへと集まる視線。同じ制服を来た仲間の群衆。
何も言わないが、眼は悪意に満ちていた。
息を吸う。そして、絞るように声を上げる。
「……は、はい」
頭を伏せ、肩をすくめる。
ただ、前の壇上へと足を動かす。
通り過ぎる度に、耳に入る威圧する言葉。
耳を塞ぎそうになるのを、必死に堪え、壇上へと足を急がせた。
御前にボクを含めた五人が横一列に並ぶ。
王様は前に立った、若人の顔をしっかりと目を通す。
すっーとドワーフが箱を差し出した。
順々と下賜されていく勲章。
そして、いよいよボクの番が来た。
嫌な汗が垂れる。
足がガクガクと震え出す。
ここに立つのは間違いだ!と
ボクの心がそう叫び声を上げている。
「キミ、どうした?顔色が、随分と悪い」
氷のように固まった身体に、王様の暖かい手が触れた。
心配そうにこちらへと足先を向ける王妃様。
「……へ、平気……です」
やっとのことで絞り出した精一杯な返事だった。
「王様、大丈夫じゃい!このヒヨっ子は緊張しとるだけじゃ」
箱を持ったドワーフがそう進言すると、王様は小さく、さようか、とだけ告げると箱の中から、金色に輝いた勲章を手に取った。
自由の利かない足を叱咤し、膝を落とす。
顔を伏せ、手を顔まで上げた。
「良き働きをしてくれた。恩に着る」
チャリと音が立つ。
平に置かれた黄金の勲章の重みは見た目以上だった。
紅いマントが翻る。
それに続く小さきドワーフ。
端目で見届け、王様が玉座に腰掛けるのを待った。
衣擦れの音のみが、耳に入る。
「以上、五名。この者たちは、非力な人間族でありながらも、市民たちの安全確保の為に、死力を尽くし、《《アシキモノ》》から、この国を守り抜いた正義の剣だ!皆、この者たちの功績を讃え、敬礼ッ!」
整った足音がボクを責め立て、視線がボクを突き刺した。
鳴り止まぬ拍手。
だけど、その拍手はボクへとは向いてはいない。
疎外感。
…………ボクは、その褒美に値する人間じゃ、
─────ありません
* * *
「……全く、こういう時でもしゃんと出来ないのか?」
授与式の式典が終わり、皆、次の宮廷晩餐会へ移行する中でボクは、別室で溜息を吐かれていた。
冷たい視線がボクへと向く。
心臓が、ぎゅうっと締め上げ始めた。
床を踏みつける足音が、ボクへと迫る。
スラックスのポケットに両手を突っ込み、眼前へと一気に距離を詰めたのはデスポワールのリーダー グラッド。
王様から直接授与された勲章が、黄金色が神々しく煌めいた。
────良く、似合ってるな……
ガンッ。
ボクが座っていた長椅子に、ガレットの磨き上げられた靴が椅子を軋ませた。
余りに恐ろしくて、目を堅く閉じる。
「……良いよな。お前は、
───何もしなくても、評価されたんだからな」
ボクの胸に付いている黄金の勲章を一瞥し、腰を前に倒す。
耳元に掛かる息。
ボクをなじった声が、幾度も反芻する。
───コンコン。
開け放たれたドアを叩く眼鏡を掛けた女性。
副リーダーのサリア。
ボクと目が合っても、まるで見えていない。
「リーダー、早く行かないと」
気怠そうに顔だけをサリアへと向けるグラッド。
「あぁ、分かってる」
足を下ろし、グラッドは足先をドアの外へ。
それに続こうと僕も席を立とうと、重い腰を上げようとした途端。
グラッと顔がこちらへと向く。
「……お前が晩餐会に来る必要は、ないだろ?」
「あ、で、でも……」
指先を絡め、凍てつく眼に言葉を投げようとした。
「……は?お前の席は、ねぇーよ。俺たちの武器と防具の手入れしとけ」
それだけ、言い放つとグラッドとサリアはドアを閉ざした。
行き場を失った腰はそのまま元の位置に帰った。
ボクは閉ざされたドアを意味もなく、見つめ続けた。
* * *
空はどす黒く、生憎の雨。そして、土砂降り。
乗っている馬車に容赦なく叩き付ける。
そんな悪天候の中、ボクたち...デスポワールは新たな任務地へと進行を続けた。
デスポワールはボクの所属する部隊名。
絶望という意味。
竜人族の監督官が、ふざけてつけた名称。
人間族は、戦力にならない。
その中でもボクを皮肉ってつけた名だった。
雨足は弱くなるどころか益々強くなる。
その雨音に紛れて、クスクスと嗤う声。
「ねぇ、なんで晩餐会に来なかったの?」
キャビンの中に問いが投げられた。
渦中のボクへと皆の視線が一気に集中する。
軽蔑の眼、面白る眼、無関心……
指を動かしながら、もごもごと声を出す。
「……えっと、それは……」
ボクの前で、剣を抱き腰を据えたガレットへと顔を少し上げ、ちらっと視線を送る。
一瞬だけ捉えたその眼は、ボクを凄み威圧した。
弱いボクの眼が泳いだ。
「あはっ、出た!ウジウジ虫っ、キャハッ」
そんなこと分かっているのに、質問をしボクを嗤うのは最年少でツインテールのフィーネ。
───ガタン。
馬車が、横に大きく揺れ停まった。
停車した場所は暗が森。
浮浪者たちが集まる危険区域。
一般市民は生涯に置いて立ち寄ることはないだろう。
「……おい、ウジウジ虫」
グラッドがボクを呼んだ。
重苦しくて低い声。
ボクの肩は不甲斐なく震える。
「返事は?」
隣に座っていたサリアがボクの足を尖ったつま先で蹴る。
「は、はぃ……」
俯いていた顔を少し上げ、グラッドへと向ける。
怯えたボクの視界は揺れたまま。
長い前髪の隙間から見えるグラッドの顔は、それはそれは恐ろしくて、真っ直ぐなんて見れたものじゃない。
「……お前さ、いい加減、───察しろよ?」
遠くの方でゴロゴロと空が唸る声。
「ご、ごめん、なさい。ボク、が皆の足でまといなのは……分かっ」
指を幾度も絡ませる。
チラチラと周りのメンバーに視線を送る。
ゾワゾワと身体を這う悪寒。
寒いのに汗が止まらない。
「また出た!ウジウジ虫のウジウジ!!アハッ」
両手を頬に添えて愉快そうに笑うフィーネ。
その隣で窓の外をひたすら見る、アーバイン。
───ガッーシン!!
持っていた剣を床へと突き立てる。
「そんなこと聞いてねぇーよ。……また同じこと俺に言わせるつもりか?」
座席から立ち上がり、ボクへと迫るグラッド。
「な、なんの事、だか。わ、わ、からないよ」
限界まで上体を背もたれに押し付けた。
ズボンを指先が白くなるほど握り締める。
一斉に、視線がまたボクへと集中した。
───こ、怖い……
ゴロゴロ、ビシャーン!!
轟音と共に、窓からたくさんの光が放たれた。
目が眩む。その光量で逆光になったグラッドの顔が見えない。
ドガンッ。
目も慣れぬのに、グラッドは容赦なくボクの胸ぐらを掴み上げる。
……く、苦しい……
……息が、吸えない
無抵抗のボクを無理矢理立たせたグラッド。
瞬く間にボクを、ドアへと強く押し付けた。
ドアが、勢い良く開いた。
「お前は、俺たちのパーティから──」
身体がキャビンから否応なしに外に出される。
非情にも突き刺す雨。
掴まれた胸ぐらから、ゆっくりとグラッドの指が一本一本、剥がれていく。
「───追放だ。ウジウジ虫」
そう冷たく言い切るグラッドの顔は、
今まで見て来た中でいちばん、
─────心底、嬉しそうに嗤っていた。
ボクをそのまま、ぬかるんだ地面へと突き落とす。
走馬灯のようにゆっくりと流れる風景。
ボクを見下ろしたその顔は、
─────絶対に忘れない




