第27話 天の座、見えました
ミクイバに呑まれたボクの視界は薄暗い。葉に当たった陽がボワっと緑色に淡く光る。
充満する腐敗臭にボクの鼻が曲がりに曲がって、変な方向を向いているかもしれない。
「ゴマ人、本当にひとりで大丈夫なのか?!」
オースティンの声がボクへと飛んだ。少し心配気な声音に、初対面からボクに突っかかてきたけど、本当は優しい方だとつくづく思う。
「パパ、大丈夫よ。ジェイスがああ言ってるんだから、私たちは信じて待っていればいいの」
アンジュさまは落ち着いた様子でオースティンに告げた。
アンジュさま……
ボクを信じてくれているんですね
信頼されるって、なんだが、
────胸が、くすぐったいです
よしっとボクは、滑る指先を腰へと伸ばす。
ヌルヌルした柄がちゅる。チュルンっと逃げる。
「ごめん。ボク、君のこと……苦手かも」
ボクの声にミクイバが、ガクッと落下した。
地面についたのか、足場が硬く感じられる。
ボクは再度、柄に指先を添え軽く握った。
剣を引き抜き、葉へと切先を当てる。
平行に走る葉脈に沿ってすーっと腕を引く。
漏れ出す陽光を顔から浴びる。
裂けた葉口に指を入れ、そこから這い上がった。
数分ぶりの地上にボクは息を吐く。
「お、出て来たか。溶けたところはなさそうだな」
マリオが腕を組みながら目を大きく開け、ボクの身体を確認するとそう告げた。
「ったく……ゴマ人が」
オースティンは、チラッとボクを見届けるとそっぽを向く。その先でオースティンが安堵したように、目元を緩ませたのを見た。
オースティンさん、素直じゃないんだから
思わず、ボクの顔も綻んだ。
ドン。ドン。──どん。
地響きと共に現れたのは、アンジュさま。包み込むような優しい微笑みをボクへと注いでくれる。
「アンジュさま、ありがとうございます」
「ん?お礼?私、何かしたかしら?」
アンジュさまは人差し指を頬に置き記憶を辿ろうと、瞳が上向いた。
「何もしてないけど?ペンちゃん、見覚えあるかしら?」
「ガルゥ」
(知らぬ)
柔らかな風がボクの背へ吹いた。
「そうよね───ウグッ?!」
「ガハッっ!?」
アンジュさまとペンドラゴンが固まった。
どんどん顔が険しくなり、みるみるうちに遠くへ逃げていく。
「……え?」
ボクの手が無意識に宙に出た。
それと同時に一歩前に足を動かす。
オースティンたちと合流したアンジュさま。
いつの間にか、オースティンの眉根に深い溝ができ、鼻と口を塞いでいる。
「み、皆さん……?」
ジリジリとボクはアンジュさまたちへ距離を詰めようとするが、
「ジェイス!!!こ、来ないでぇぇぇえ!!」
アンジュさまのこもったお声が山頂に響き渡る。
アンジュさまは涙を流しながら、鼻を指先で摘まれております。
「ア、アンジュ.......さま?」
「く、臭いのよおおおおお!!!」
更にもう一発、空へと穿たれました。
***
ビシャビシャ、ビシャン!!!
容赦なく頭上からボクへと落とされた果汁の滝。
ツーンとした酸味が鼻からなのか、口で味わっているのか分からない。
「これで、いくらかマシになる」
オースティンが搾り終えた実を地へと置いた。
半分に切られた丸い身がボクの周りに幾つも点在している。
「パパ、良く知ってたわね」
アンジュさまは感心した表情を浮かべた。その顔をオースティンに向いているのは、ボクは初め見たかもしれない。
「パパも食べられちゃったの?!」
アンジュさまの目が丸くなる。
「……お、俺はこのゴマ人と違って、食べられてなどいない。ただ、噛まれた、だけだ」
オースティンは恥ずかしそうに顔を背けた。
「オースティンさん、なぜレモンガがミクイバの体液に使えると気付かれたんですか?」
酸味の雫がボクの髪から滴る。
「あ?ああ。この山には水源はないし、近くに川もないし……あったのが、たまたまこの実だっただけだ」
「ま、待って、パパ!まさか、」
アンジュさまは開いてしまった口を手で隠した。
「だから、ボクを追い掛けて来てくれたんですね。ありがとうございます」
やっぱり、優しい
オースティンはバツが悪そうに顔を完全に見せなくなった。
その耳は赤い。
夕陽の影響ではなさそうだ。
まだ太陽は高く、空は青く澄み渡っている。
「まあ、パパのお陰でジェイスの臭いもヌルヌルが解決出来たってことね」
「はい。……本当に良かったです」
ボクは心からそう思った。
皆のあの顔はもう二度と見たくない。
「───ふ、フン。う、うるさい。」
「もぉ、パパッたら〜」
悪戯っ子のように口の端を上げるアンジュさま。
オースティンを茶化すようにわちゃわちゃと騒ぐ中、ペンドラゴンはある方向を眺めていた。
その瞳は何故か朧気で、辛そうで。
ボクはそのまま、ペンドラゴンに引き寄せられるように隣に立った。
「ペンドラゴン……?」
ボクはそっとペンドラゴンに声を掛けた。
ボクに気が付いたペンドラゴンは少し鼻先を動かした。そして、すぐに向き直る。
ボクはペンドラゴンの向く先へと視線を送った。そこにあったのは、
「───あれが、天の座……?」
遠く遠くに見える天から地へと突き刺さった数本の槍。そこに座のような物が槍に付いている。
「……ガルガフラァ」
(……戻るつもりなど、無かったのに)
ペンドラゴンは目を伏せ、身体を翻した。
ボクはその姿を見つめる。
なんだが小さく見えたペンドラゴンの背中。
ボクの胸は静かにザワつき始める。
天がキラッと煌めいた。
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