第17話 小さな平和、荒れる黄金
────カラン、カラン
熱気の籠った酒場。
どよめいていた空間がシーンと静まり返る。
飲んだくれたちの据わった瞳が、一斉に集まった。
「……なぁ、あれだろ?」
「ククッ、ソウダゼ」
「バ、バカ!──聞かれるぞ!」
嫌な目で、俺を見てくる奴らを一瞥すると、空いていたカウンターに肘を落とした。
「ッチ、……おい、エールくれ」
苛立ちを抑えられぬまま俺は前に立つケンタウロスに声を掛ける。
チラッと俺を見たケンタウロスは、ぶっきらぼうに言葉を返した。
「……サイズは?」
眉毛が激しくつり上がる。
「────は?そんなの、
──────見りゃ分かるだろっ!!」
ドン!!
カウンターが振動し、他の客のグラスがグラついた。
「───おい」
爪を立てるように肩を掴まれた。
「あ"?」
気怠い顔で振り返る。
俺をバカにしたように見下ろす双眸。
先が尖った耳。
長ったらしい髪。
「貴様のせいで、このザマなのだが?」
目線を下にズラす。
気高いエルフの服がエールで濡れていた。
視線を、気に食わないエルフに戻す。
「……だから?どうしたって?」
俺の態度にエルフは眉根を寄せる。
「おい、貴様……その態度は、なんだ?」
凄むエルフを俺は鼻で嗤う。
「フッ、お前がトンマなだけだろ?」
「な、何だと?!」
伸びた腕が俺の首元を掴んだ。
浮き上がった腰。
俺は怯まず、向かってくるエルフの瞳から目を逸らさない。相手もそれに乗ってくる。
しばしの睨み合い。
外野の野郎共が、面白がって喧嘩だ喧嘩だと騒ぎ始めた。
凛とした顔が上官をチラつく。
今の俺は……エルフが、
────気にいらねぇ!!
下を向いている俺の腕に血管が浮き上がる。
────次の瞬間、
ドガンッ!!!
客のいるテーブルへと跳び、床に勢いよく腰を打ちつけたエルフ。
飲んだくれの食い残しを頭から浴びている。
持ち上がる顔。
口端から血が見えた。
「ハッ!!無様だな!!」
勝手に嗤い声が出た。
少し気が晴れた。
愉快で、仕方がない。
だが、
─────まだ、足りない。
俺は更に追い打ちをかけた。
ⅩⅩⅩⅩⅩ
くすんだ黄色が視界をいっぱいに広がった。
地面に出来上がった藁の山を見上げ、ボクはその一本を担ぐ。
「ボクがいた村とは別物だ。乾いているのに、こんなに重たいし」
脇に抱え、ズルズルと引き摺る。
額に汗が滲む。
「とりあえず、試しに作ってみよう」
腕に掛かる重みが和らいだ。
ボクは後ろを振り返る。
「あっ!……ありがとう。ペンドラゴン」
「ガルゥ……カルカルぅ」
(べ、別に……礼を言われることでも)
金色の瞳が照れたように横へと動く。
藁の先端をペンドラゴンが口で持ち上げている。
そのことがボクにとっては、嬉しい行動だった。
「本当に、助かったよ」
ボクの目元が緩んだ。
腰に装備してある剣を手に取り、刃を藁に当てた。そのまま、腕の力を利用し押し切る。
───ザクッ。
ザクッ。
ザク。
「今回はこんなもんかな」
額の汗を拭う。
冷たい粘土へと手を突っ込む。
一塊を数回取り出し、先日砕いたレンガと切った藁を加え、手を使い練り合わせる。
シャツに粘土が跳ねた。
びょんぴょんと藁が粘土から飛び出る。
「……確かに、こんな感じだった」
サイモンさんのところで実際に見たモノと、遜色変わらない。蘇った記憶と重なる。
「このまま乾燥させて……次は、焼きか……」
レンガの水分を抜き、炉で焼く作業になるが。
「炉を創ったとしても、アンジュさまサイズにすると……」
頭を捻る。
どうしよう……
早くしないと
ボクは空を仰ぐ。
「雨季が、来てしまう……」
湿った風が頬を撫でる。
何も良い考えが浮かばない。
ボクの肩が落ちた。
「ガルルガァァァア」
(何を気を落とす?我のブレスで焼いてやろう)
ペンドラゴンの瞳が輝く。
口を開け、先に炎が見えた。
ボクは慌てて、手を伸ばす。
「───ペンドラゴン!?だ、ダメだよ」
「ガルゥ?」
(何故だ?)
口を閉じ、ボクの鼻先にペンドラゴンが顔を寄越した。
「力を貸してくれるのは凄く嬉しい。ペンドラゴンの力は最強で素晴らしいしね。だけど……」
「ガルル?」
(だけど?)
「水分が抜けてないのに、焼いたら意味が無いんだ。この前みたいに割れてしまうんだよ」
「ガゥゥ」
(そうなのか)
ペンドラゴンの耳が垂れた。
ボクは落ち込んだペンドラゴンの顔に触れた。
見た目は滑らかに見える白銀の鱗。
触ってみるとゴツゴツしている。
冷たいようで、最奥からドクドク流れてくる熱い何かを感じさせた。
「……だから、乾いたら君の力を貸してくれる?」
金色の瞳がボクの目線とぶつかった。
一度、瞼が閉じる。
ボクの心が高鳴った。
「さすが、ペンドラゴン!最高なボクの友達!!」
このままペンドラゴンを抱き締めそうになったが、ボクは固まる。
美しく勇ましいペンドラゴンの顔に、粘土が張り付いていた。
あ、どうしよう……
「あ、ペンドラゴン……川に、行こうか?」
ボクは、思わず視線を外した。
その様子にペンドラゴンが気付かないわけがなく……
「あら?ペンちゃん、泥遊びでもしたの?」
ここで現れた美魔女さま。
上手くやり過ごそうとしたボクに天罰が下りました。
「ガルルルゥ?!」
(ジェイスっ!貴様?!)
「うっ、うわぁあぁぁあ」
ボクは駆け出す。
その後ろを追いかけ回す火を吹くドラゴン。
それを見て上品に微笑むアンジュさま。
今日も、ボクらは平和です。
ⅩⅩⅩⅩⅩ
────バンッ。
身体に土が付く。
所々、痛む身体。
「グッ、ゴホッ」
地に飛び散る赤。
「二度と来んな!この人間めッ!」
パカパカと立ち去る音。
……ゴロゴロ
うつ伏せから空を仰ぐ。
重く黒い雲が流れるように動いている。
「……雨、かよ」
ポツ。ポツ。と顔に落ちてくる粒。
それをただ何もせず、受ける。
「───グラッド」
音が落ちた。
見知った声に、俺は反応する。
「……なんだ、お前か」
頭の傍にしゃがみ込んだ男。
「やっぱりさ……ジェ」
目が見開き、爪で地を抉る。
「アーバイン、その名を───二度と出すな」
光を失った黄金に掛かる雫。
雨が、強くなった。
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