第3章:外交官エルンストの苦悩④
「なんということだ……」
エルンストは、ノイ・ヴィーンにある外務省資料保管室で悲嘆の声を漏らした。ここは、グラウエンシュタインが大公国となる以前からの記録や歴史書、外交文書など、あらゆる資料が収められた場所であり、まさにこの国の歴史そのものが凝縮された空間である。その中で発せられたエルンストの深い嘆きは、重苦しい過去のすべてに呑み込まれるかのようであった。
カルノヴァ分割戦争の終結後、本国へ戻ったエルンストは、ヴィルヘルムとローゼンベルクに関する報告をエリザーベトに終えたのち、試みに問いかけた。
「現在、市井で囁かれている“パルミラートの一件”について、国母様はご存じでしょうか?」
「そのような妄言が流布していること自体は承知しております。しかし、現地へ出征した者から、そのような報告は一切受けておりません。事実無根です」
「報告を受けていない」という言葉は、必ずしも“存在しない”ことを意味しない。エリザーベトの耳にまで届いていないのか、あるいは彼女自身も隠蔽に加担しているのか。それは定かではないが、いずれにせよ、グラウエンシュタイン大公国の底知れなさを示す問題であった。
現地住民への非人道的行為――『パルミラートの戦争犯罪』と呼ばれるそれを、エルンスト自身は目撃していない。外務省、国務省、さらには軍上層部までもがその事実を否定している以上、彼はその方針に従うほかない立場にあった。
しかし一方で、ヴィルヘルムの側近と目される軍人ジークハルトらが、根も葉もない虚偽を捏造しているとも考えにくい。敵でありながら清廉な王の言葉か、味方でありながら含みと影を帯びた主の言葉か。その狭間で、エルンストの胸中は混乱していた。それでも彼は、最終的な判断を他者に委ねる人物ではなかった。
エルンストは外務省資料保管室に籠もり、あらゆる外交文書と報告書を読み漁った。公式記録に明示されていなくとも、完全な空白というものは存在しない。必ずどこかに齟齬や矛盾が生じ、辻褄合わせのための不自然な文言が紛れ込む。自らも文書を作成する立場にあるからこそ、彼はそれを探し出そうとした。
もっともそれは、正義に目覚めた青年が祖国の闇を暴こうとする行為というより、「徹底的に調べても証拠はなかった」と確認し、祖国の振る舞いに誤りはなかったのだと安心したい、一介の官僚の心理であった。
結論だけを述べるなら――それは、あった。
いや、より正確に言えば、“それそのものが存在しなかった”。
グラウエンシュタインは外交を国是とする国家である。正統ルガルディア帝国内の諸邦には必ず外交官が派遣されており、その例外はローゼンベルク王国ただ一国のみだ。これは帝国外に対しても同様で、帝国の不倶戴天の敵であるシャルル騎士王を生み出したサンテルラン央王国や、海の彼方にある海洋国家アルバレオン王国にさえ、担当外交官が置かれている。
すなわち、ローゼンベルク王国を除くすべての国・地域とは、何らかの外交関係が存在しているということである。それがないという事態は、グラウエンシュタインの国是からすれば異常以外の何物でもない。だが、その異常は確かに存在していた。
正確には国ですらない。その地域は『サルヴィア』と呼ばれる、グラウエンシュタインに隣接する帝国外の多民族地域であり、現在は同国が“監督”の名の下に代行統治を行っている土地である。文明水準が低く、生活に困窮している住民を憂慮した結果、数十年前からその役割を担っている――それが、エルンストが教え込まれてきた公式見解であった。
国政公務学院でも学ぶ一般常識であり、彼はこれまで特段の違和感を覚えたことはなかった。ノイ・ヴィーンという大陸屈指の都市で生まれ育ち、グラウエンシュタインの強大さと先進性を当然のものとして享受してきた彼にとって、他地域が後進的であるという認識は疑う余地のないものだったからだ。
ではなぜ、今になってサルヴィアが目に留まったのか。
理由は単純だった――外交文書が、一切存在しなかったのである。
おかしい、とエルンストは率直に感じた。
外交に力を注ぐグラウエンシュタインほどの国家が、代行統治を理由に隣接地域へ一人の外交官も配置しないはずがない。多民族から成るサルヴィアでは、民族間・地域間の調整だけでも外交官の必要性は明白なはずだった。
そして、エルンストが導き出した結論は、ひどく簡潔だった。
「交渉する必要のない相手に、外交官は必要ない……」
その一言が、すべてを語っていた。
「存在しない」――すなわち、「書に記せない」。エルンストはそこから、祖国が他国の人々に対して行ってきた行為の狂気に思い至った。慧眼を誇る分析官の名は伊達ではない。彼は、祖国が数十年にわたりひた隠しにしてきた歴史の汚点とも言うべき悪行に、ただ一人で辿り着いたのである。そして、その推論と実際の歴史的事実との隔たりは、限りなく小さなものであった。
『サルヴィア』とは、かつてルガルディア帝国が大陸共通語において用いた古語で、「神に見捨てられた地」を意味する言葉を語源とする地域の総称である。
この地は、神と崇められる存在――“皇帝”を輩出したルガルドの一族が、最後に征服した土地でもあった。第5代皇帝、“統一帝ファルマード”がここを併合したことにより、大陸全土は名実ともにルガルディア帝国の支配下に置かれることとなった。
サルヴィアが征服の順番として最後に回されたことに、特別な意味はない。そこにあったのは、ただ資源量と優先度の問題だけであった。土地は痩せ、有力な資源にも乏しく、さらに多民族によって構成されていたため統治には手間がかかる。拡大期にあったルガルディア帝国にとって、「今、征服しても得るものがない」と判断され、長らく顧みられずに放置されていたのである。
その乏しい資源と、帝国から見捨てられていたという事情こそが、「神に見捨てられた地」という名の由来であった。
無論、現地に住む人々にとっては迷惑極まりない話である。彼らは祖先から受け継いだ土地に深い愛着と誇りを抱き、自らの言葉で土地に名を与えて生きてきた。
しかし、ついに帝国に併呑されたことで、そうした誇りや民族意識は、帝国のそれと同化することを強いられる。ルガルディア帝国においては、支配下にある大陸の民すべてが「帝国民」であり、それを栄光と受け取る者がいる一方で、屈辱と感じる者がいても不思議ではなかった。
やがて帝国が崩壊へと向かうと、サルヴィアの人々は真っ先にその支配から離脱した。独立と呼べるほど明確な形ではなかったが、彼らは自らが望まなかった支配者の下から解放されたのである。
しかしその選択は、帝国が分裂した後もなお「帝国民」であるという意識を強く残していた大陸諸地域の人々から、「神に背く民」という意味を込めて『非神臣民サルヴィアト』と呼ばれ、差別の対象とされた。帝国民にとって、始祖ルガルドとルガルディア帝国こそが神であり、それに反する者たちは決して許される存在ではなかったのだ。
それでも彼らは、しばらくの間、相対的な安寧を享受していた。というのも、サルヴィアの地には他国の支配者が欲するような目立った資源がなく、民族間の抗争は存在したものの、大陸の他地域に比べれば穏やかなものであったからである。
七王時代、千旗時代と呼ばれる戦乱の世にあっても、サルヴィアは比較的平和であり続けた。彼らは何も持たなかったがゆえに、誰からも狙われなかったのだ。騎士王戦争すら、彼らは経験していない。
それを、戦乱に巻き込まれず平和であったと評価するか、あるいは新たな時代へ移り変わる世界において、抗う術を獲得する機会を失ったと見るか――評価は分かれるだろう。
なぜなら、数百年ぶりに、彼らを力ずくで支配しようとする存在が、ついに現れたからである。
「それを主導した支配者の名は――」
グラウエンシュタイン大公国当主――エリザーベト・フォン・グラウエンシュタイン
当時18歳の女大公であった。




