第2章:カルノヴァ分割戦争④
ローゼンベルク軍が首都ワルサヴィク周辺に集結しつつあった頃、同地を本拠として実質的な支配を行っていたのは、正義院当主アレクサンデル・ラジヴィウであった。
元貴族院議員である彼は、市民院を掌握した扇動者マテウシュ・ジェリンスキによる粛清を辛くも逃れ、その対抗勢力として反ジェリンスキ派閥――正義院を結成した人物である。それ以来、両派は今日に至るまで内戦を続けていた。
正義院には、かつて貴族院に属していた議員が多数参加しており、彼らはそれぞれ所領と領民を抱えていた。そのため各自が私兵を集め、ジェリンスキに扇動された市民兵との戦闘に明け暮れていたのだが、その道のりは決して平坦ではなかった。
たとえ首都を手中に収めた現在でさえ、その支配は盤石とは言い難い。かつての同志がジェリンスキの巧言に乗せられて離反したり、食料配給の遅滞に憤った所領軍の兵士たちが暴動や略奪を起こしたり、さらには同陣営内の不和が私闘へと発展し、肝心の敵との決着を後回しにする始末であった。まさに、てんやわんやの混乱である。
幾多の激戦と内紛を制し、敵方の裏切りにも助けられて、ようやく首都を本拠とすることができた――その矢先、市民院の派閥と思しき勢力による奪還攻撃が始まった。
事態をさらに厄介にしていたのは、首都周辺に集結する部隊の中で、誰が味方で誰が敵なのかを判別することが極めて困難であった点である。敵の侵入を警戒して市内への入城を拒めば、それが実は自軍の援軍であったということもあり、その結果、不信感を募らせた援軍が敵に寝返ることすらあった。さらには、その経緯を知らされぬままの現場指揮官が、裏切った部隊を味方と誤認して市内に招き入れ、当の部隊も状況を把握しきれないまま敵対行動に及ぶ――もはや収拾のつかない戦局であった。
ラジヴィウは軍人ではなく政治家であったため、首都を奪還すれば戦争は終結すると高を括っていた。しかし、一度燃え上がった戦火は容易に鎮まらず、軍事的要点を欠いた中途半端な判断が、かえって混乱を拡大させていた。
それでも彼は、その責任をすべて“内戦”という混沌とした状況に押し付け、自身こそが混乱を招いた原因であることに気づいていなかった。
敵味方の区別も曖昧なまま、首都周辺で小競り合いが続く最中、さらに新たな部隊が出現したとの報告がもたらされた。
「今度は、どこの部隊だ?」
疲労を滲ませつつ問いかけるラジヴィウであったが、その正体を把握している者は誰一人いなかった。相手は所属を示す旗すら掲げておらず、敵か味方かの判断もつかない。内戦で蔓延する、どっちつかずの軽率な連中である可能性が高い――そう考えられたため、その報告は深刻には受け止められなかった。
しかし、もし彼らに敗因を求めるとすれば、この確認を怠ったことに尽きる。
なぜなら、その部隊は共和国のいずれの勢力にも属さない、ローゼンベルク軍第101機動戦闘団であったのだから。
「よっしゃー!今日も一番乗りだぜ!カール突撃隊、俺に続け!!」
意気揚々と騎兵隊を率い、カールは敵陣へ突入した。
もっとも、この戦場では首都周辺にいる者のほぼすべてがローゼンベルク軍の敵である。適当に馬を走らせ、小銃を撃てば必ず敵に当たる――まさに入れ食いの戦場であった。
「あいつ、元気だな」
「団長の座が欲しいんじゃない?そういうのにこだわるじゃない、カールって」
カールのやや後方に布陣するジークハルトとシャルロッテの部隊は、縦横無尽に戦場を駆け回る騎兵隊の奮戦を半ば呆然と眺めていた。
共和国勢力の多くは、元来軍人ではない市民兵や所領からの徴集兵であり、専門的な兵器運用は望むべくもない。大半は未熟な歩兵で、方陣すら満足に組めない者も多かった。
そうした歩兵集団を、カールの騎兵隊は文字通り踏み潰して回っていた。数の多い部隊に狙いを定めて突撃し、散開させ、次なる密集地へと矛先を変える――機動力を生かした戦いで、敵勢力を着実に削っていく。
ボレニア騎兵軍の敗北以降、騎兵の将来性は疑問視され始めていたが、条件さえ整えば、なお戦術的優位は健在であった。
その戦いぶりを遠目に確認しながら、戦闘団長ジークハルトは副団長シャルロッテの砲兵隊に命じた。
「砲撃を開始しろ。目標は敵の旗が掲げられている建物すべてだ」
内戦の混乱で建物はすでに損傷が激しく、戦後の資源価値も低い。戦略的にも破壊して問題はないと判断しての命令であった。
「了解。砲兵隊、全門発射!」
シャルロッテの号令とともに砲撃が始まる。
使用されていたのは、従来の前装式野戦砲ではなく、後装式鋼製砲――『クルーフ後装砲』であった。参謀本部隷下の技術総監部の天才技師が開発したこの砲は、砲身後部から装填する構造により安全性と連射性を向上させ、密閉構造とライフリングによって射程と命中精度を飛躍的に高めていた。
この発明が軍事的革命であったことは言うまでもなく、先を越された変態銃器技師フォーゲルが激昂し、新型小銃の開発にさらに没頭するようになった――という話は、また別の機会である。
ともあれ、砲兵の申し子たるシャルロッテがこの兵器を扱えば、結果は火を見るより明らかだった。
「……やべ、やり過ぎたか」
「何言ってんの。全部壊していいって言ったの、ジークでしょ?」
双眼鏡を使うまでもなく分かる凄惨な崩落ぶりに、命令を出したジークハルト自身も、後日の責任追及が脳裏をよぎった。
「まあ、歩兵を突入させる手間と危険が省けたと思おう」
「それだと、フォーゲルさんが欲しがってた実戦データ、集まらなくない?」
「いいさ。別の機会はいくらでもある。そもそも、信頼性の確証もない武器を前線に回すなって話だ」
その直後、遠方から連続した射撃音が響き渡った。
「ジークは嫌いでも、カールは好きみたいね、あの回転砲」
「あれは本当に危険だ。弾詰まりしたら終わりだぞ」
「その時は、また馬に乗って突撃するだけでしょ。あいつ、何でも使うから」
先のボレニア戦争で猛威を振るった『ガトリッジ回転砲』は、運用上の難点からジークハルトは敬遠していたが、カールはいたく気に入り、騎兵隊に牽引させて前線に投入していた。
野戦砲より軽量で携行性に優れ、弾薬消費こそ激しいものの、騎兵隊との相性は抜群だった。伝統に縛られないカールは、「戦えるなら何でも使う」を信条とし、下馬して回転砲を操ることにも一切の躊躇を見せなかった。
「まあ、ここまでやれば後続の主力部隊も首都攻略が楽になるだろう。やり過ぎた分は、その功績で帳消しだ」
首都に対する容赦ない砲撃と、周辺に集結していた歩兵勢力の掃討によって、ワルサヴィクの実質的な抵抗力は失われた。
ジークハルトによる威力偵察の事前報告と、その圧倒的戦果は即座に共有され、前線司令部のアンスバッハ司令官は、首都ワルサヴィクへの総攻撃を指揮下部隊に下命した。




