第2章:カルノヴァ分割戦争②
大陸暦1272年10月15日、ローゼンベルク=グラウエンシュタイン同盟軍が、内戦状態に陥っていたカルノヴァ=ストリェッツ共和国へ軍事介入したことによって始まった一連の戦争は、後に『カルノヴァ分割戦争』と総称される。これは雷鳴王の親征戦争における第二戦にあたるものであった。
ローゼンベルク=グラウエンシュタイン同盟は、共和国への軍事介入の正当性を次のように帝国諸侯へ訴えた。
「カルノヴァ=ストリェッツ共和国は、すでに統一国家としての秩序と統治を失い、内戦の中で現地住民を虐殺している。これは人道に反する行為であると同時に、周辺地域の安全保障環境を著しく不安定化させるものである。よって、グラウエンシュタイン大公国およびローゼンベルク王国は共同して軍を派遣し、同地に秩序と平和を回復させるため戦う」
この宣戦布告とも言うべき声明を発表したのち、南部国境からはグラウエンシュタイン軍12万、西部国境からはローゼンベルク軍16万が、カルノヴァ=ストリェッツ共和国領内へ侵入した。
西部国境線の突破口となったのは、すなわちノッセル回廊である。今回もまた、そこでローゼンベルク軍と共和国軍は衝突した。停戦協定締結以降、初の武力衝突であり、一部の歴史家はこれを『第五次ノッセル回廊会戦』と呼ぶこともある。しかし大半の歴史書において、この戦闘が大きく扱われることはない。会戦と呼ぶにはあまりにも小規模で、かつ一方的な武力制圧に過ぎなかったからである。
「2年半ぶりか。まさか、またここで戦うことになるとはな……」
「陛下は第四次ノッセル回廊会戦にも参戦されていましたよね。感慨深いものがあるのでは?」
ノッセル回廊を見渡せる高所で戦況を一望しながら、ヴィルヘルムは懐かしさを帯びた呟きを漏らした。その傍らには、両軍の連携を円滑にするための連絡員――という名目のお目付け役として、エルンストが同行していた。
外交官であるエルンストは、学院で軍事教育の基礎を修めており、決して軍事に無知というわけではなかった。しかし、今回の彼の共感は的外れであった。
「感慨深い、だと?かつて難攻不落を誇ったノッセル要塞が、あの有様だ」
ヴィルヘルムの視線の先で展開されていたのは、戦闘と呼ぶことすら憚られるほどの一方的な制圧だった。第四次会戦後、修復の目途すら立たなかったノッセル要塞は、損傷だらけの姿を晒し、かつての威容を失っていた。
それも無理はない。要塞がその役目を果たしていた時代には、共和国内部から潤沢な兵站支援が注がれていた。しかし内戦によって共和国議会も共和国軍も分裂し、あらゆる支援を失った今、要塞は自活機能すら満足に維持できていなかった。アンスバッハ第1軍団長が率いる『カルノヴァ東方遠征軍』の猛攻に耐えられるはずもなかったのである。
ノッセル要塞の陥落に要した時間は、半日にも満たなかった。籠城していた兵士たちは、要塞を隠れ蓑にしていただけの弱兵であり、抗戦の意思すらほとんど持ち合わせていなかった。
かつて多くの時間と労力を費やして勝ち取った勝利とは比べるべくもない戦果に、ヴィルヘルムが陶酔することはなかった。
アンスバッハ司令官からノッセル要塞占領と前線基地設置の報告を受けると、ヴィルヘルムは次の命令を下した。
「前線基地完成後、各部隊は当初の作戦計画に従い行動せよ。後方連絡線および補給路の安全確保を怠るな。逐次前進を継続する」
「了解いたしました!」
敬礼するアンスバッハと入れ替わるように、2年半ぶりの再会となる青年が、ヴィルヘルムの前に姿を現した。
「ピレツキか。久しいな。よく生き延びていた」
「で、殿下ぁ……お久しぶりですぅ……その名前を聞くのも久しぶりで……」
「私はもう殿下ではない。陛下と呼べ」
「は、はい……陛下……」
涙と鼻水にまみれた情けない姿で再会を喜んだのは、パトリク・ミハウスキ二等兵を装い、内戦下の共和国で情報収集を行っていた元盗人、ヤン・ピレツキであった。
ヤン・ピレツキは、現地潜入と情報収集を任されていたが、実情を言えば長期間ほとんど放置されていたに等しかった。停戦連絡局を通じて何度も接触は試みられていたものの、彼の居所は転々としており把握できなかったうえ、文字の読み書きができなかったため、文書による連絡も不可能だったのである。
転機となったのは、アーデルハイトが提案した共和国への中古武器および日用品の売却計画であった。その取引に紛れる形で、直接連絡員を潜入させることが可能となり、ようやくヤンとの接触に成功したのである。連絡員に選ばれたのは、ヤンと面識があり、かつ内戦下でも身を守れる戦闘力を有していたハンスだった。
もっとも、再会したヤンの表情は、待ち焦がれた喜びよりも、天敵と遭遇してしまったかのような怯えの方が色濃かったという。
ともあれ、連絡が取れたことで、ヤンがほぼ一か所に留まって生活していることが判明した。ヴィルヘルムは彼の勢力を手厚く支援し、共和国侵攻の際にはそこを足場とすると同時に、共和国内部の情報収集体制を強化した。
一兵卒に過ぎないヤンが入手できる情報は限定的ではあったが、それらは確実に進軍ルートの選定に活用され、参謀本部が作戦を立案するうえで有効な材料となった。彼は与えられた役割を、十分以上に果たしたのである。
そして、もう一人――ヴィルヘルムにとって都合の良い人物が姿を現した。
「陛下、投降者です。カジミェシュ・シモンスキ大尉が降伏の意志を示して参りました」
「ピレツキの保護役だな。彼も連れてこい。事情は知らずとも、彼がいなければこの作戦は成り立たなかった」
ヤンを追ってきたカジミェシュは、すでに陥落したノッセル要塞の惨状を目の当たりにし、白旗を掲げて投降してきた。ローゼンベルク軍の物資輸送隊との繋がりから身元は即座に確認され、降伏は丁重に受理された。
カジミェシュは、自身の指揮下にある部隊と、保護している民間人の安全保障、および人道的な扱いを条件として提示した。ヤンから事前に事情を把握していたヴィルヘルムは、それを快諾する。
連れてこられたカジミェシュに対し、ヴィルヘルムは即座に命令を下した。
「貴官がカジミェシュ・シモンスキ大尉か。この地域に駐在する部隊を束ねる指揮官だと聞いている。貴官らの投降を認めよう。捕虜となった部隊の処遇についてだが、シモンスキ大尉に監督権を付与する。いずれ簡易捕虜収容所を開設する予定だ。貴官には、その所長として投降兵の統率と民間人支援にあたってもらう。詳細は追って伝える」
初対面であるはずの一国の王がこれほどの権限と裁量を与えてきたことに、カジミェシュは驚きを隠せなかった。しかし、部隊と民間人の安全が保障されることを条件に、この任を引き受けた。
その後、彼はローゼンベルク軍の侵攻に伴い後送されてきた投降兵や民間人を収容する施設の長として、生活支援と治安維持に尽力した。面倒見の良い性格と仲間思いの姿勢は人望を集め、収容所の秩序は良好に保たれた。
カジミェシュは自ら陣頭に立ち、荒廃した共和国の道路や社会インフラの復旧にも彼らを動員した。建築職人としての知識と、軍人としての指揮権限、その双方を活かした働きで、着実な成果を積み上げていったのである。
それは彼が職人でなければ成し得ず、軍人でなければ指揮できず、そして人の好さがなければ守り切れなかった人々の力によって築かれた、細やかではあるが確かな功績であった。
一連の経緯を間近で見ていたエルンストは、ヴィルヘルムの大胆な人材登用に舌を巻いた。かつて敵であった者にすら職務と権限を与え、やがて忠誠心までも引き出してしまう。その手腕は、少なくともグラウエンシュタインでは考えられないものであった。
ヴィルヘルムが“清廉”と評される理由は、決して誇張ではない。エルンストはこの戦争を通じて、その評価を幾度となく裏付けられることになる。
その姿は、かつて不俱戴天の仇として教えられてきたシャルル騎士王の清廉な統治を思わせた。彼の悪評ばかりを叩き込まれてきたエルンストにとって、ヴィルヘルムという存在は、これまで自身に根付いていた既存の歴史評価や常識を揺るがす契機となった――彼は後年、そう語っている。




