第6章:生涯に意味があるとすれば④
「エリック・グルーバー少佐。貴官に『ボレニア統治行政局』における特別行政補佐官の任を与える」
帰国後、ローゼンベルク王城の執務室へ呼び出されたエリックは、国王ヴィルヘルムからそう告げられた。
「ボレニア統治行政局……旧ボレニア領をローゼンベルク王国へ編入することを視野に入れた、統治準備機構ですね」
「その通りだ。ボレニア侯国を即座に併合したいところだが、それでは拙速に過ぎ、無用な問題を抱えかねん。そこで前段階として、旧ボレニア領において試験的に行政を行い、そのための準備とする」
「しかし、なぜ小官なのでしょうか?」
「貴官の統率力と部隊間調整力は群を抜いている。それを軍事だけでなく、内政においても発揮してもらいたい」
ボレニア戦争は終結し、騎兵軍は降伏した。彼らの社会は軍人と民衆がほぼ完全に分離されており、予備役や軍歴者といった潜在的脅威はきわめて少ない。とはいえ、抵抗の可能性が皆無というわけではない。歴史を振り返れば、占領地の民衆が統治側に対して反乱や決起を起こした例は枚挙にいとまがない。
そのため、万一に備え、即応可能な軍事態勢を維持することは不可欠であった。しかし同時に、軍を前面に押し出した統治は、それだけで被支配層の反感を招く。ローゼンベルク軍がしゃしゃり出る形は、決して望ましくない。
建設的な統治を行い、将来的な編入・併合を円滑に進めるには、その微妙な均衡が何より重要だった。
そして、その役割を担う人物として白羽の矢が立ったのが、エリックである。
彼は優れた指揮統率能力を持ち、周囲への配慮も忘れないため人望が厚かった。ノッセル回廊会戦、そしてボレニア戦争においても、敵兵に対して紳士的かつ公平な対応を貫き、その姿勢は敵味方を問わず支持を集めた。結果として、穏健で建設的な戦後処理を実現してきた実績がある。
士官学校時代から同期のまとめ役であり、軍人でなくとも官僚や行政官として十分にやっていける人物だと評されていた。
「承知いたしました。しかし、具体的な任務内容は?」
「統治行政局にはクロイツェル選出の官僚を派遣する予定だが、彼らは軍人ではない。異常事態が発生しても、部隊を指揮することはできん。貴官に求めるのは、不穏な動きを事前に察知し、非常時には保有戦力をもって対処することだ」
ヴィルヘルムは一拍置き、言葉を続けた。
「同時に、そうした事態を未然に防ぐ努力を怠らず、円滑な統治と行政を遂行してもらいたい」
「……大変に難しい任務ですね」
「その通りだ。だが、これを任せられる人物を、私は貴官以外に思いつかなかった。困難は承知の上で、ぜひ頼みたい」
エリックは背筋を正し、敬礼で応えた。
「お任せください。陛下のご期待に沿えるよう、善処いたします」
「それでいい、グルーバー。なお、任務を円滑に進めるため、現地協力者も付ける」
「現地協力者、ですか?」
「ああ。モルゲンフェルスだ。自身の保身と将来の地位のため、当面は我々に全面協力することになった」
その人選に、さすがのエリックも苦笑を浮かべた。かつて敵軍指揮官としてローゼンベルク軍の前に立ちはだかったモルゲンフェルスは、投降後、ヴィルヘルムに恭順の意を示したものの、癖の強い人物で、中央軍の面々からはあまり好かれていなかった。
手に余った彼をエリックに託した、というのが実情だろう。もっとも、エリック自身も「平民あがりが馴れ馴れしくするな」と嫌味を吐かれた過去があり、対応できない相手ではないものの、決して得意な類でもなかった。
「だが安心しろ。貴官の立場は、国王直轄の人事と権限をもつ“特別行政補佐官”だ。便宜上の上官はいるが、私の命令を最優先で執行する立場にある」
ヴィルヘルムは淡々と続ける。
「規定の権限を超えた対応や、不慮の事故死の処理についても、ある程度は黙認しよう」
「あはは……そのような事態にならぬよう、努めたいと存じます」
その言葉の重さに、エリックは再び苦笑で応えた。
要するに、エリックは国王の意志の代弁者として派遣されるのであり、現地の責任者であっても、実質的に彼に逆らうことはできない。問題が生じた場合、実力による排除も事前に許可されている、極めて異例の特別措置であった。
無論、人格に難のある者であれば、その権限を乱用する危険もあっただろう。しかし、ヴィルヘルムが側近として信頼するエリックに、その懸念はなかった。仮に強権を行使する事態に至ったとしても、それは彼の非ではなく、現場そのものに問題があったのだと納得できるほどの信頼があった。
こうしてエリックは一時的に部隊を離れ、旧ボレニア領へと派遣された。
ヴィルヘルムが彼を選んだ理由は、おおむね先に述べた通りである。だが、さらに深い理由があった。内政と行政の分野で実績を積ませることで、ヴィルヘルムが思い描く国家の形へと近づける——その狙いを、この時の国王はあえて口にしなかった。
国は生まれ変わった。ならば、それに相応しい人材を登用したいと考えるのは自然なことだろう。そして、その極端とも言える人事を断行できる立場に、今のヴィルヘルムはいた。




