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第5章:待っていた、この時を⑧

「案外うまいな」


「おい、ジーク。焼きすぎだ。生焼けからちょっと火を通すくらいがちょうどいい」


「ここで食あたりなんて起こしたくないだろ」


「「…」」


 一方、ジークハルトたち特別強襲大隊は未だグロース・ティーファ大橋での戦闘を続けていた。他の中隊も割り当てられた橋を制圧して合流し、戦力が整った今は、疲労をためないよう交代で見張りと戦闘をこなしている段階である。


 その過程で弾薬を大量に消費したため、武器や弾薬はザールマルクの後方基地からひたすら輸送されている。その結果、食料の補給は後回しになり、大隊の食事は保存の効く野戦糧食や近隣の村からの調達で凌ぐしかなかった。そんな中、ジークハルトがふと「死んだ騎兵の馬なら食べてもいいんじゃないか?」と言い出した。橋の手前にあった馬の死体を引きずって戦場で料理し始めたのである。


 元猟師のジークハルトやハンスたちは躊躇なく馬を解体し、肉を焼いたりシチューに入れて煮込んだりして食べていた。しかし、ローゼンベルクでは馬肉を食べる習慣はほとんどないため、他の隊員たちは遠目で見守るだけだった。


 戦場という心理的・肉体的に緊張状態が続く状況では、温かい食事は精神と体力の回復に大きな効果を持つ。特に肉を食べることはその効果が顕著であり、合理的な思考回路を持つジークハルトは、これが最善の方法であると判断したのだ。


「あいつら、まだ来るかな」


 肉片の残る骨をしゃぶりながら、ハンスが疑問を口にする。


「おそらく、ローゼンベルクの国境での戦いに負けたか、撤退を決めたかで、そのまま動けないんじゃないか。だから、死地に活路を見いだすように突撃しているんだろう」


 ジークハルトの推測は的中していた。レオンハルトとの戦闘で敗れ、主力騎兵の多くを消耗したボレニア騎兵軍には、再戦できる戦力は残っていなかった。しかし、後方への退避路である橋には敵が回り込んでおり、前門のジークハルトか、後門のレオンハルトかを迷った末、まだ望みのあるジークハルトたちを突破する決意を固めたのである。


 彼らはあらゆる手段を講じた。大量の騎兵を一気に投入して突破を試み、馬から下りて死体をバリケードに進めようとする者も現れ、ついには川を泳いで渡ろうとする者までいた。その強引さにジークハルトは当初戸惑ったが、自分たちが同じ立場になった時、相手の焦りも理解できることに気づいた。


「もう馬に食わせる食べ物もないんだろうな」


 つまり、問題は食料だ。人間は自国領内なら民衆から食料を得られるが、馬は大量の飼料を必要とするため、十分な補給がなければ維持できない。ジークハルトも長期戦を進める中で、この問題が自軍にも生じていることを認識し、人間よりも馬の食料を優先させるよう補給部隊に命じていた。


 彼らは補給路が長くとも馬の食料はまだ確保できる。一方、ボレニア騎兵軍は挟撃され、安全地帯の限られた範囲でしか補給できない。だからこそ、多少の馬を犠牲にしてでも橋を封鎖する部隊を撃破し、残る馬という戦力を維持する道を選んだのだ。


 馬を生かすために馬を殺す——一見本末転倒に思えるが、何もしなければ飢えやレオンハルト本隊による壊滅しか待っていない。必死の抵抗は時間と共に強度を増し、ジークハルトは最大の攻勢が来ることを予感し、体力回復を優先していた。


 そして、その望んでもいないが、来ることが分かっていた瞬間が訪れた。


「大隊長!ボレニア騎兵が大量に橋の前に集結しています!見える範囲だけで300!」


「その倍は来る。よし、変態技師からもらった“例のあれ”を使うぞ、準備しろ!」


 ジークハルトの号令で前線に運ばれてきたのは、銃身を束ねた奇妙な野戦砲の亜種のような装置だった。


「ほんとに使えるのか、これ⁉」


「使えたら御の字!使えなかったら、後で文句言ってやる!」


 ジークハルト自ら操作するその装置は、野戦砲の大きさながら、小銃弾サイズの弾丸を撃つ『ガトリッジ回転砲』と呼ばれるものだった。


「弾薬装填!消費がめちゃくちゃ早いから、途切れずに装填しろ!」


「り、了解!」


「距離200m、来るぞジーク!」


「よし、撃ちまくるぞ!」


 橋に迫る騎兵の群れ。その数はこれまでに見たこともない規模で、互いの体をぶつけ合いながら突進してくる。まるで川の氾濫を馬で表現したかのような圧迫感だ。


 両翼の小銃部隊も射撃で応戦するが、過度の連射で銃身は過熱、弾薬も装填できず、次第に火力が追いつかなくなった。十字砲火は死角を減らす利点はあるものの、消費弾薬に対して撃破効率は必ずしも高くない。騎兵は倒れた仲間の上を踏み越え、橋へと押し寄せてきた。


 そして、この戦いは後に歴史書に記される重要な場面へと突入する。


「たんと食らえ、騎兵ども!」


 ジークハルトがガトリッジ回転砲のハンドルを回すと、銃身が回転を始め、弾丸が連続して飛び出した。小銃のように一発ずつではなく、回転に応じて射撃音が連鎖する。


 ババババババババババンッ!!


 常識では考えられない銃声が戦場に響き渡る。その発射速度は毎分200発、つまり1秒に3発以上に相当する。無論、永遠に撃てるわけではなく、弾薬は弾倉に収納されているため、撃ち切るごとに素早く交換する必要があった。だが、労力は確実に成果として返ってきた。


「スゲーな!バタバタ倒れていくぞ!」


「喋ってないで射角を調整しろ、ハンス!」


 無我夢中でハンドルを回すジークハルト、射角を器用に変えて方向を合わせるハンス、そして弾倉を次々と装填する兵士たち。個々が小銃で撃つ以上の攻撃力を発揮するその光景は、戦場に恐怖を刻み込んだ。


 この恐るべき連射性能を誇るガトリッジ回転砲こそ、後に軍隊で広く採用される『機関銃』の原型であった。


 それをジークハルトはヴィルヘルムから託された。実際の所有者はザールマルク家で、海洋国家アルバレオン王国から貿易都市キルベックを経て、試作品として1丁だけ調達されたものだ。ザールマルクはこれを研究用に入手したが、規格外の連射性能と運用の不確定さ、膨大なコストにより、扱いに困っていた。


 この回転砲を「革命的」と称したのは、ザールマルクの軍需工廠に勤める技師、マックス・フォーゲルである。武器開発に人生を捧げる彼の発想は突飛すぎて、周囲には受け入れられなかった。新技術の軍事利用への懸念もあったが、何より問題はコストだった。毎分200発を消費する銃は、当時の金属薬莢の製造技術でも大量生産は難しく、補給や維持は非常に高価だったのである。


 慧眼で知られるヴィルヘルムも運用には頭を悩ませ、ジークハルトに「効果的な使い方を模索せよ」と丸投げした。ジークハルト自身も、発想は面白いと感心しつつ、戦場で使うことには消極的だった。理由は構造の複雑さにある。


「ちくしょう、詰まった!弾抜け急げ!」


 ドライゼン小銃とは異なり、給弾機構が複雑なため、しばしば弾詰まりを起こす。戦場で止まる可能性がある武器など、安心して任せられないのが本音だった。


「大隊長!もう弾がありません!」


「後ろの馬車から持ってこい!まだ2箱はあったはずだ!」


 消費弾薬の膨大さも問題だった。小銃歩兵よりも速いペースで撃つため、1発あたりの単価は跳ね上がり、単純計算でも小銃の50倍のコストがかかる。ジークハルトは夢中で撃ち続けるが、高価な兵器を操る負担は相当なものだった。


 まさか、この戦闘とほぼ同時に国王ヴィルヘルムが将来の王妃に求婚しているなど、彼らは知る由もなかった。安定性に乏しい割高な武器に縋り、戦いに挑んでいたのである。


 戦闘は長くは続けられなかった。騎兵が突撃をやめない限り、もはや橋で食い止める手段は残されていない。全壊は不可能だが、橋の一部を爆破することも頭をよぎった。そのとき、観測兵の朗報が届く。


「友軍です!友軍が来ました!」


「本隊か⁉ なら交互に援護しつつ、退却支援をしろと伝えろ!」


 射撃に夢中で硝煙に覆われていたジークハルトは、状況をすぐには理解できなかった。


「いいえ、大隊長!友軍は正面です!」


「正面?」


「はい!ブラント元帥率いるローゼンベルク軍本隊が合流しました!」


 その報告に、ジークハルトは射撃手の任務を放棄し、硝煙の晴れた場所まで駆けた。橋の向こう側、レオンハルト率いるローゼンベルク軍の軍旗がはためいているのを目にし、興奮に支配されていた心は急速に冷却された。力が抜け、思わず尻もちをついて息をついた。


「遅かったな…援軍を待ってたぜ…」


 実に3日間、ジークハルトたち特別強襲大隊はグロース・ティーファ大橋を封鎖し続けた。橋には数え切れない騎兵の亡骸が転がり、激しい戦闘の跡が残っていたが、橋自体の機能は無事だった。


 ローゼンベルク本国から到着したレオンハルト軍は、ボレニア中心部、ヴィルヘルムらが占領する首都ボヘリクへとスムーズに進軍できた。わずか1000人の部隊で1万の騎兵の猛攻を耐え、10万の友軍と合流したジークハルトの功績は、ボレニア戦争においてレオンハルトと並び称されるものだった。そのことに異論を唱える軍事戦略家はいなかった。

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