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第3章:雷鳴王の戴冠③

 ヴィルヘルムの改革の本質を理解し、彼に必要とされた者たちは、その恩恵にあずかることができた。だが、それを理解できず、彼の示す国家方針の中に自らの生きる道を見いだせなかった者、あるいは不要と見なされた者たちは、いかなる行動を取るのか。その結末には、おおよそ決まった筋書きがある。


「ルートヴィヒ殿下!ヴィルヘルム陛下が王都の省庁を次々と制圧しています。ここも危険です。今すぐ王都を脱出すべきです!」


「ヴィルヘルムの奴め……王位についた途端、これか!」


 ルートヴィヒは、その尊大なプライドゆえにヴィルヘルムとの面会を拒み続けていた。すでに内務大臣の座を失っているにもかかわらず、彼はなお内務省庁舎を居城同然に占拠し、悠然と構えていた。しかし数時間前から、緊急事態を告げる報告がひっきりなしに届いていたのである。


 国王となったヴィルヘルムは、同月3日、王勅を発令した。以下は、各省庁および軍に通達された勅命文である。


「我が治世に反逆の意を持つ貴族や勢力を確認した。中央軍と近衛軍を動員し、王都内の不穏分子を一斉に検挙する。各省庁は速やかに反乱分子を引き渡せ。従わぬ場合は武力で対処する」


 発令からわずか2時間後、主要な省庁はほぼ中央軍の管理下に置かれた。かつて財務省で行われたノイマン財務相の検挙を拡張し、王都全体を対象とした大規模作戦である。


 各省庁の大臣や要職に就く者たちは、こぞってヴィルヘルムへの忠誠を誓った。しかし、彼が官僚一人ひとりと面会したわけではない。表向き従順であっても、内心では反意を抱く者を見つけ出すのは困難であった。そこで実行に移されたのが、この掃討作戦である。


 各大臣の許可のもと、中央軍の部隊が省庁舎を制圧し、一斉検挙を開始した。不穏分子を捜索すると同時に、彼らをあえて追い立て、一か所へ集めることが狙いだった。その集結地こそ、ルートヴィヒ派の根拠地である内務省庁舎であった。


 作戦開始以降、不満を抱く貴族たちは次々と内務省のルートヴィヒのもとを訪れ、彼の傘下に加わろうとした。その数は膨れ上がり、ついにはサロンに収まりきらなくなった。警察本部はすでに制圧されていたが、内務省庁舎にはまだ手が及んでいない。それがヴィルヘルムの意図によるものであることを、彼らが察していたかどうかは問題ではなかった。


 いずれにせよ、王都での抗争は分が悪い。ルートヴィヒ派は内務省庁舎を放棄し、王都からの脱出に成功する。ここまでは、すべてヴィルヘルムの描いた筋書き通りであった。




「奴らは無事、内務省庁舎と王都から脱出。向かってるのは西だ。……まあ計画通りなんだろうけどよ、本当に良かったのか?王都で押さえちまった方が、手っ取り早かったんじゃねぇか?」


 掃討作戦の途中経過を報告するジークハルトに対し、ヴィルヘルムは満足げに応じた。


「いや、これでいい。王都で暴動を起こされても後始末が面倒だ。仲間を引き連れて別の場所へ移ってくれた方が、こちらも遠慮なく戦える」


「ったく……今回も俺は留守番かよ」


「それについてはすまないな。ただ、歩兵隊にも手柄を立てさせてやりたい。昇進には実績が必要なのだ」


 共和国との戦争を終え、王都に活動拠点を移して以降、ヴィルヘルムは主として歩兵隊を各種任務に投入していた。それによって、エリック、カール、ヨハンといった歩兵隊指揮官たちは、戦時特例で先行昇進していたジークハルトやシャルロッテと、同等の階級に並ぶ機会を得ていたのである。


 待機命令を受けたジークハルトとシャルロッテは不満を漏らしたものの、戦略的要衝への奇襲・強襲を得意とするジークハルトの特別強襲大隊と、圧倒的火力を誇るシャルロッテの砲兵隊は、自国の市街地である王都での戦闘には不向きだった。何より、彼らは“切り札”として温存しておきたかったのだ。


「心配するな。これから始まる戦いで、存分に働いてもらう。今は体力を温存しておけ」


「はいよ、王様」


 ジークハルトが慣れない情報管理業務を渋々引き受け、次なる戦闘での出番を約束された、その直後だった。執務室の扉が勢いよく開かれた。


「陛下ぁ~!お見事な手腕でございます!吾輩、感服いたしました!」


 舞台役者でも飛び込んできたかのような浮世離れした来訪者に、ジークハルトは苦笑し、ヴィルヘルムは慣れた様子で応対する。


「アドリアン、今日も随分と機嫌がいいな」


「いえいえ陛下!本日は特に!王都の景色……吾輩、昂ってしまいました!」


 男とも女ともつかぬ中性的な容姿。年齢すら判然としないその人物は、アドリアン・ド・ヴェルヌ。ヴィルヘルムの師の一人である。


 かつてサンテルラン央王国で政治思想家・軍政学者として名を成した彼は、故郷を去った後、各地を放浪する末にヴィルヘルムという“最高の君主の器”を見いだし、政治思想と君主としての哲学を叩き込んだ人物だった。


 実際、貴族制廃止や権力掌握に向けた政治工作の多くは、彼が蒔いた思想の種に端を発している。ヴィルヘルムを王位へ押し上げた影の立役者と言っても過言ではない。ヘルマンが軍略の師であるならば、アドリアンは政治哲学の父であった。


 退廃的な内戦と不毛な政争に嫌気が差し、サンテルランを去った彼は、ヴィルヘルムのような理想的君主の誕生と、その絶対的権力が行使される治世を見ることを、何よりも待ち望んでいたのである。


「現状は、貴候の描いた通りに進んでいる。次は兄ルートヴィヒと、その支持者たちを一網打尽にする戦いだ」


「んん~、よろしいかと。王の代替品など、不要ですからねぇ」


 絶えず彷徨う視線、芝居がかった誇張された口調。その奇妙な振る舞いから、彼を常人と見る者はほとんどいない。道化のような服装と不安定な精神状態から、“放浪の道化師”と陰で呼ばれることもあった。もちろん、好意的な呼び名ではない。


 だがヴィルヘルムは、幼い頃から彼の内に揺るぎない芯があることを感じ取っていた。奇矯な言動に惑わされることなく、彼から政治哲学を学び続けたのである。その結果、類まれな政才を得たのだとすれば、アドリアンは決して支離滅裂な異常者ではなかったのだろう。


 そして長い付き合いの中で、ヴィルヘルムは彼の“扱い方”もまた身につけていた。


「アドリアン、戦勝パーティー用に演説を頼みたい。良いものを用意してくれるか」


「はい!もちろんでございまする!最高の演説を!」


 役目を得て満足したアドリアンは、ふらふらと揺れながら執務室を後にした。


「……やっぱり、あいつ変だって」


 野生の直感に優れるジークハルトにも、アドリアンは理解しがたい存在だった。言葉は支離滅裂なのに、核心を突く。だがそこに健全な精神は感じられない。当時はまだ『精神科』という概念もなく、彼の状態を的確に表す言葉は存在していなかった。


「そう言うな。彼も苦労した人間だ」


 ヴィルヘルムは、幼少期にアドリアンの過去を聞いていた。サンテルランで新進気鋭の思想家だった彼は、仕えていた権力者の政敵に捕らえられ、苛烈な拷問を受けた末、主君にも見捨てられ、精神を病んだのだという。また、その苛烈な拷問の過程で去勢処置を施され、以後は精神の起伏を制御できなくなった。異常者の烙印を押された彼は、ついに社会から放逐された。


 話を聞いたジークハルトは、背筋に寒気を覚え、思わず股間を押さえた。


「……それでも教師に雇うか?」


「母上が紹介してくれた。本の著者だと覚えていてな」


 その本は、母カタリーナから受け継いだものだった。純粋な大陸共通語で書かれたその書を、ヴィルヘルムは愛読書として大切にしていた。その影響で、彼はローゼンベルク訛りの武骨な話し方ではなく、宮廷人らしい洗練された言葉遣いを身につけたのである。


「お前も読んでみろ。彼の頭脳が異常でないことが分かる」


「まあ、そのうちな」


 アドリアンの著書『統治の精神と国家の唯一性について』は、中央集権と君主の資質を論じた危険思想書として、現在では発禁処分を受けている。しかしそれこそが、ヴィルヘルムの築く国家基盤の背骨となる哲学を与えた、極めて重要な一冊だった。

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