第4章:第四次ノッセル回廊会戦⑤
「なんたることか……あれだけ攻撃しても落ちんとは」
ノッセル要塞司令官のノヴァクは、軍帽の収まりが悪いのを気にして、何度も指でいじっては位置をずらしていた。実際には、彼自身が無意識に頭をかく仕草を繰り返しているせいで、軍帽が定位置に落ち着かないだけなのだが、それを指摘する者はいない。顎鬚を弄び、右足だけをせわしなく貧乏ゆすりするなど、ノヴァクの落ち着きのなさは明らかだった。
「ここは内地からの援軍を待つべきでは?」
「黙れ、ラドムスキ。次に口を挟んだら、貴様の肉でハムを作ってやる」
ノヴァクの癪に障ったユゼフ・ラドムスキは、正確には軍人ではなく、また彼の部下でもない。共和国議会から選出された『要塞政務監』としてノッセル要塞に駐在し、司令官であるノヴァクを補佐すると同時に、議会決定の伝達や軍事行動に対する政治的判断を担う立場にあった。
軍事面での最高司令官がノヴァクであるなら、政治面での最高責任者はラドムスキである。形式上は要塞司令官のほうが上位だが、「国民の民意による議会決定こそが最優先される」という共和国の国是の下では、ラドムスキの発言力は決して小さくなかった。
こうした歪な権力関係の中で、二人の仲が良好であるはずもない。軍人でもないくせに作戦に口を出すラドムスキをノヴァクは嫌悪し、ラドムスキもまた、軍事の頂点に立ちながら政治には疎いノヴァクを内心で見下していた。
両者の対立が決定的となったのは、昨夜実施された『第二次総攻撃』である。
第一次総攻撃では、観測所奪還のために突撃させた兵士たちに、控えめに見積もっても戦死者1200名、負傷者はその倍以上という惨禍がもたらされた。突撃命令が撤回されるまで、彼らはまさに地獄の中に置き去りにされたのである。
その実戦を経て、ノヴァクは今さらながら要塞構造上の致命的欠陥に気付いた。ノッセル要塞は、本来ローゼンベルク軍に国境線を越えさせないための前面集中防御を想定して建設されており、要塞と観測所は塹壕で結ばれて連絡路とされていた。しかし、その塹壕は“繋ぐ”ことしか考慮されておらず、占領された観測所側から見ればほとんど無防備だった。遮蔽物としての機能を果たさず、ヴィルヘルム軍団の歩兵隊は一直線に迫る共和国軍兵士を先頭から順に撃ち倒すだけでよかった。身を隠す場所も、反撃のために立ち止まれる余地もなかったのである。
兵力では圧倒的優位に立ちながら、共和国軍は兵士を無駄死にさせて突き進む以外に、観測所へ到達する術を持たなかった。塹壕を使わない迂回路も検討されたが、見晴らしの良すぎる地形がそれを許さない。そもそも、その好立地こそが、共和国軍自ら観測所を設けた理由だったのだ。
だからこそ観測所奪還は急務であり、絶対条件でもあった。第二次総攻撃は夜間に実施されることとなる。昼間では丸見えになる前進も、夜闇に紛れれば到達できるかもしれない――そんな希望的観測に基づく賭けだった。
その決断を後押ししたのがラドムスキである。彼は奪還を急ぐべきだと主張し、第一次よりも多くの兵力を投入し、砲台の援護下で敵戦線を崩壊させる案を提示した。ノヴァクはこれを退けようとしたが、幕僚たちは“二人の最高指揮官”の対立に明確な結論を出せなかった。ローゼンベルク軍の奇襲に対応できず、第一次総攻撃を失敗させたノヴァクは、もはや信頼に値する指揮官とは見なされていなかったのである。
一方のラドムスキは軍人ではないものの、議会の後ろ盾を背景に軍の人事にも影響力を持ち、過剰とも言える文民統制によって幕僚たちの支持を取り付けた。
結果、第二次総攻撃も失敗した。それも、より悲惨な形で。
日没後、共和国軍兵士たちは夜闇に紛れて塹壕を進んだが、その速度は遅く、要塞砲台の援護射撃と噛み合っていなかった。それをきっかけに、戦線は崩れ始める。
最初に起こったのは、要塞砲台に対する猛烈な反撃だった。発射炎を目印に、シャルロッテの砲兵隊は日没とともに止めていた砲撃を再開し、要塞砲台に激しい打撃を与えた。
砲撃戦の発射炎は、塹壕に潜む兵士たちの姿をも露わにした。それを合図にドライゼン小銃の引き金が引かれ、兵士たちは完全なパニックに陥る。昼間の惨状を目にした者たちは恐怖に駆られ、前線から逃れようとして後退したが、背後の部隊と衝突し、暗闇の中で互いに引き金を引き合った。敵味方の識別は不可能に近く、その混乱が火種となり、狭い塹壕内で共和国軍同士が敵と誤認して戦う事態に発展した。観測所側からそれを見ていたカールが「あいつら、誰と戦ってるんだ?」と呟いたほどである。
夜戦において大量の兵力を動かすことは、伝統的に軍事作戦上の禁忌とされてきた。暗闇という極端に視界の制限された環境では、兵士は味方との位置関係を把握できず、指揮や統制も機能不全に陥りやすい。少人数であれば誤差として吸収できる混乱も、規模が限度を超えれば致命的な不測事態を招く。その回避には高度な練度が求められるが、半年間の準備期間で徹底的に鍛えられたヴィルヘルム軍団と異なり、共和国軍兵士にそれを期待するのは酷というものだった。
ゆえに、大規模戦闘はたとえ敵に姿を晒すことになろうとも昼間に行うのが定石であり、ヴィルヘルムもジークハルトも夜明けと同時の作戦開始を譲らなかったのである。
かくして、用兵の定石を知らぬラドムスキの無知な介入と、幕僚たちの保身、そして本来は妥当な判断を下していながら支持を失っていたノヴァク――これらが重なり合い、第二次総攻撃は、ヴィルヘルム軍団の弾薬消費を抑えたまま、第一次を上回る死傷者を生み出す結果となった。




