第4章:第四次ノッセル回廊会戦③
「砲兵の奴ら、笑ってやがる」
「戦果を喜んでいるんじゃないかな?」
「俺も今回は砲兵として参戦すべきだったか」
「カールは前線の方が合っているよ」
塹壕からわずかに顔を覗かせながら、歩兵隊の小隊長に任命されているエリックとカールは、戦場に漂う温度差を感じ取っていた。絶え間なく砲撃を続け、興奮状態にある砲兵たちとは対照的に、塹壕を制圧した後の歩兵隊は、まだ本格的な戦闘に参加できていない。
戦果を稼ぎたいカールはうずうずとしている。一方エリックは、長身ゆえに塹壕から頭を出さぬよう屈み続ける姿勢が、いかにも辛そうだった。
手持無沙汰のカールがそれをからかうと、「砲弾に当たらないよう、もう少し屈んでおくよ」と、エリックは得意の粋なジョークで返した。こうした一瞬のやり取りもまた、戦場に身を置く者たちの精神の在り様を映し出している。
「お、やっと出てくるか」
「僕らとしては、出てきてくれない方が良かったんだけどね」
二人の視線の先では、要塞内部から塹壕を通じて、共和国軍の兵士たちが次々と吐き出されていた。その光景は、巣を突かれた蟻の群れを思わせる。
「砲撃だけじゃ埒が明かないと見たな。歩兵突撃で奪還する気だ」
「多いね。ざっと千はいる」
「まだ増えるさ。あそこには2万が籠もってるんだろ」
北側丘陵の防衛を担うのは、第101親衛戦闘団所属の3個歩兵中隊、総勢およそ400名。砲兵隊は後方から敵砲台を叩いており、この大軍を迎え撃つのは歩兵のみだった。
「目的は防御だ。前に出る必要はないからね、カール」
「分かってる。ここからでも戦果は稼げる。競争だ、エリック」
初の実戦にもかかわらず、危険回避の本能が希薄なカールはむしろ高揚していた。功名心が行き過ぎた行動に出させぬよう気を配りながら、エリックは持ち場へと戻る。
やがて共和国軍の兵士たちは、北側丘陵へ向けて斜面を登り始めた。
「無理はするな。落ち着いて、先頭から順に対処することだけ考えろ」
エリックの声掛けに、呑まれかけていた兵士たちの表情がわずかに引き締まる。無数とも思える人間の熱量を前にすれば、恐怖を覚えるのは無理もない。
「どこでもいい、当てればいい。勲章のチャンスだ、気張れよ!」
対照的に、カールは小隊を煽った。彼は蛮勇の持ち主ではない。敵兵を負傷させれば突撃の目的は果たせなくなること、そして「必ず殺さねばならない」という重圧を取り払うこと――その本質を理解した上での言葉だった。
敵先頭集団との距離が200mを切った瞬間、ヴィルヘルム戦闘団の歩兵隊は一斉に引き金を引いた。400発の銃弾が、丘陵を駆け上がる兵士たちを先頭から次々と倒していく。
だが、蹂躙されながらも共和国軍の前進は止まらない。彼らが拠り所としていたのは、前装式銃に必ず生じる装填の隙――数十秒の猶予だった。犠牲を厭わず距離を詰め、白兵戦に持ち込めば勝機はある。その僅かな希望が、命を軽んじた突撃を支えていた。
しかし――
5秒
次の銃弾が、倒れた戦友を踏み越えた兵士たちに到達するまでの時間である。
早すぎる。理解する暇すらない衝撃に、共和国軍の兵士たちは動揺した。さらに5秒後、3発目が襲来する。
彼らは仮説を立てた。複数の銃を用意しているのだろう。装填手がいるに違いない。どれも戦史に見られる戦法で、いずれ弾幕は鈍るはずだ――そう信じた。
だが現実は、その想定を遥かに上回った。連続射撃は衰えず、先頭集団が壊滅してようやく、異常事態であることを悟る。
「ハハハ! やっぱりいいぜ、新式銃は!装填の手間がねぇ!」
「銃身が過熱しないように、発射ペースは上げ過ぎないでくれ」
カールとエリックたちが手にしていたのは、ローゼンベルク軍制式の『グラン弾前装式長銃』ではない。
『ドライゼン後装式小銃』――画期的な新式銃であった。
銃は、火薬の発明とともに生まれ、この丘陵で起きている殺戮へと至るまで、幾度かの転換点を経て進化してきた。
その一つが、武器の大量生産が始まった騎士王戦争の時代である。
量産を優先した製造過程で、偶然刻まれた銃身内部の溝――後に『ライフリング』と呼ばれる――は、弾道を安定させ、射程と命中精度を飛躍的に高めた。
原理が理解されると弾丸はどんぐり型(グラン弾)へと進化し、前装式長銃は長距離狙撃武器の完成形となった。ローゼンベルク軍もまた、それを主力として採用していた。
だが、ヴィルヘルムはこの完成形を捨てた。
彼が選んだのは、射程でも精度でもなく、速度だった。
ヴィルヘルムが戦闘団の主力装備としたのは『ドライゼン後装式小銃』であった。
これは、弾丸と火薬、雷管を一体化した薬莢を後方から装填することで、前装式とは比べものにならない連射性を実現していた。
前装式が20秒に1発であるのに対し、この小銃は5秒に1発。
この差は、戦場において決定的であった。
この構造は後に『ボルトアクション方式』と総称されるが、実戦で初めて本格運用されたのが、ヴィルヘルムが指導した第四次ノッセル回廊会戦であるとされている。
もっとも、最新式や画期的と称される兵器は、常に大きな危険を孕む。前例がないということは、信頼性が確立されていないということでもある。軍という組織において、本来求められるのは実績ある堅実な仕組みだ。
ドライゼン小銃も、実は数年前には原型が完成していた。しかし、従来の常識からあまりにも逸脱した構造ゆえに敬遠され、長らく試作品の一つに過ぎなかったのである。
それを大胆に採用したヴィルヘルムの決断は、先進性と同時に並外れた度胸の証でもあった。
その採用はある種の賭けだった。
だが、半年に及ぶ訓練と準備は、その賭けを現実に変え、歩兵隊は最新式小銃をもって、圧倒的多数の敵兵を寄せ付けなかったのである。
その理由を知る由もない共和国軍兵士たちは、前方に築かれていく仲間たちの屍の山へと進み続け、自らもその一部となる地獄を、要塞司令官が「攻撃中止」を命じるまで強いられた。
こうして『第一次総攻撃』と呼ばれる歩兵突撃は正午まで続き、太陽がノッセル回廊を余すところなく照らし、穏やかな春風が谷間を吹き抜ける頃には、そこには屍山血河の惨状だけが残されていた。




