第2章:ルーカス・クルーガー⑥
「猿真似だ。どれもこれも」
マックス・フォーゲルは作業机に並べられた武器の数々を睨みつけ、吐き捨てた。
「どれも噛み合っていない……美しくないんだ!」
技術総監部において、フォーゲルのこうした突然の激昂は珍しいものではない。むしろ彼は、自ら手掛けた武器を憎むかのように罵倒を重ねる人物だった。それが自信ゆえの傲慢なのか、あるいは自信のなさの裏返しなのかは、誰にも判別がつかない。
参謀本部の命令により急造された連発小銃『フォーゲル小銃FV76』――それが、最近の彼の怒りの的であった。
「機構だけ真似ても、弾薬との寸法が噛み合っていない!だから弾道曲線が美しくないんだ!機構部も急ごしらえで粗削りだ。一体どこが革命的武器なんだよ……!」
怒りの矛先は明確だった。
フォーゲル小銃FV76は、確かに参謀本部の求める水準を満たしていた。アルバレオン陸軍の制式小銃を辛うじて入手し、それを基に短期間で再設計したにしては、過不足ない性能を備えていたのである。
しかし、問題がないわけではない。
構造を模倣すれば、それらしい機構と性能の武器は作れる。だがそれは、決して傑作にはなり得ない。一から構想されていない以上、想定される運用や戦略思想との齟齬は避けがたく、実戦においては看過できない歪みとなって現れる。
ボックス型固定式弾倉や無煙火薬の採用は、確かに性能の底上げに寄与した。だが開発を急ぎすぎた結果、弾薬のサイズや口径、想定交戦距離、威力のいずれもが中途半端なものとなった。
その評価は結局のところ、「欠陥品ではないが、傑作とも呼べない」という、技術者にとっては耐え難いものに落ち着いたのである。
完璧主義者であるフォーゲルにとって、それは到底受け入れ難い評価だった。だが対サンテルラン戦争を急ぐ参謀本部に急き立てられ、彼は憤懣を抱えたままこの小銃を前線へ送り出した。
しかし前線から届くのは、「敵を圧倒する新兵器」といった報告ではない。「ないよりはましだ」という、装備格差をわずかに埋める程度の評価に過ぎなかった。
そして彼にとって何より耐え難いのは、「それでも戦局に支障がない」という現実であった。
なぜなら、戦果を挙げているのは歩兵の持つフォーゲル小銃ではなく、後方に据えられた重砲だったからである。
エルデンライヒ軍の歩兵装備はサンテルラン軍に後れを取っている。しかし砲兵戦力――とりわけ重砲に関しては、圧倒的に優位にあった。性能、数量、生産体制のいずれにおいても、エルデンライヒはサンテルランを凌駕していたのである。
サンテルラン軍がデュラン機関銃でエルデンライヒ兵の突撃を薙ぎ払うように、エルデンライヒ軍は強力な砲撃によって敵を粉砕していた。
実際、前線の死傷者の6割以上が砲弾によるものであると報告されている。サンテルラン軍はリュミエール速射砲の有効射程内に限定して砲兵を配置しているため、その砲撃による被害は前線兵士の実感ほど大きくない。
一方、エルデンライヒ軍はより長射程の砲を運用できるため、敵の損耗の大半はその重砲によるものであった。
その事実は、技術総監部における火砲部門への期待をさらに高める一方で、フォーゲルの部署の評価を相対的に引き下げていた。
――それが、どうしようもなく悔しかった。
そして、フォーゲルの怒りの矛先は、それだけに向けられていたわけではなかった。
「フォーゲル第二課長、進捗はいかがですかな?」
気安く名を呼んだのは、ゲオルグ・アイヒナーという男だった。
技術総監部に出入りしてはいるが、彼は軍人ではない。ドルンベルク武器製造会社に所属する技師であり、しかも生粋の銃器技師ですらなかった。
そのような人物がこの中枢に顔を出していること自体、現在の逼迫した情勢を如実に物語っていた。
「なんだね、アイヒナー君。ドルンベルク社は小銃分野にまで手を伸ばすつもりかい? 商魂たくましいとは、まさにこのことだな」
「そう邪険にしないでください、フォーゲル第二課長。弊社が請け負っているのは機関銃製造だけです。とてもではありませんが、フォーゲル小銃より優れた小銃など作れるはずもありません」
わざとらしい笑みを浮かべるアイヒナーに、フォーゲルは露骨に顔を歪めた。
ある意味では、目の前の男は“商売敵”に等しい存在だった。
セプテンデル戦役において、エルデンライヒ軍はデュラン機関銃という恐るべき兵器と対峙した。
その圧倒的な連射性能と制圧力は、同軍の攻勢を打ち砕くに足るものであり、武装艇に搭載されたそれによって多くの将兵が掃射された。
エルデンライヒ軍にもフォーゲル機構銃と呼ばれる回転式銃は存在していたが、その性能差は歴然としていた。
ゆえに参謀本部は、鹵獲したデュラン機関銃と同等の機関銃の開発を命じた。
しかし、装備更新に追われる現場には余力がなかった。小銃ですら満足な完成度に達しないまま前線へ送られている有様である。
そこで浮上したのが、民間企業への製造委託という案だった。
新規設計が難しいのであれば、せめてコピー品でもよい――そうした割り切りのもとである。
名乗りを上げたのが、ドルンベルク社だった。
もともとは鉄道事業における製鉄部品を扱う下請け企業に過ぎず、武器製造の経験など皆無に等しい。だが、技術者の一人であるアイヒナーの強い働きかけにより、同社はデュラン機関銃の複製に着手することとなった。
現物が存在したこともあり、プレス加工を中心に製造は進められ、試作第一号はすでに前線へと送られている。
もっとも、それはあくまで劣化コピーに過ぎなかった。
彼ら自身、それを自嘲気味に『バストラー機関銃』と呼んでいる。エルデンライヒ語で「日曜大工」を意味する言葉であり、正式なライセンスもなく、武器製造の経験もない町工場が作った機関銃――という皮肉が込められていた。
ひどい誕生秘話ではあったが、ドルンベルク社にとってそれは大した問題ではなかった。もともと武器製造に特別な誇りを抱いているわけでもなく、たとえ模倣品であろうと矜持が傷つくことはない。
そしてエルデンライヒ軍にとっても、前線で不足している機関銃を補えるのであれば、それで十分だった。
そうした経緯もあり、フォーゲルはドルンベルク社――ひいては頻繁に顔を出すアイヒナーのことを快く思っていなかった。
彼らは模倣品を量産するだけの町工場に過ぎず、創造性に欠ける武器でフォーゲル機構銃の地位を奪い取った存在である。
好意を抱く理由など、どこにもなかった。
――だが、相手はそうではない。
「フォーゲル第二課長。ぜひ、課長が構想されている小銃弾と新型機関銃の弾薬の共通化について、ご教示いただけませんか?」
アイヒナーが技術総監部の“変態銃器技師”フォーゲルのもとへ足しげく通う理由は、ただ一つ――その才能に心酔しているからだった。
フォーゲル小銃も、フォーゲル機構銃も、その設計思想と運用構想は群を抜いている。アイヒナーはそれらに、誰よりも強い関心を抱いていた。
とりわけ、弾薬の共通化という発想。
それ自体は理論として存在していたが、実際に実行に移した者はほとんどいない。
確かに弾薬が統一されれば、製造も補給も飛躍的に効率化される。
だが同時に、それは各兵器に最適化された性能を捨てることでもある。任務ごとに求められる弾薬は本来異なる以上、小銃弾を機関銃に流用するなど、常識的には非合理とされてきた。
それをあえて実現したのが、フォーゲルだった。
この弾薬共通化の思想は、エルデンライヒ=サンテルラン戦争において、後に大きな意味を持つことになる。
工業生産力と補給能力が勝敗を左右するこの戦争において、それはまさしく革命的な概念であった。
もっとも、その真価が明らかになるのは戦後の検証を待たねばならない。
だがフォーゲルはすでにそれを実用化し、アイヒナーはその先見性に心酔していた。
それは技術者特有の嗅覚であり、純粋な敬意でもあった。
しかし、その感覚を理解できる者はほとんどいない。
結果としてアイヒナーは、「変態に心酔する変人」として周囲から奇異の目で見られていた。
「何度も言っているだろう!私のアイデアは、貴様らのような連中に渡すものではない!」
フォーゲルは、その評価を素直に受け取ることができなかった。
初対面の折、アイヒナーはフォーゲルの発想の革新性と、その才能の偉大さを熱弁した。
周囲の者たちは一様に首をかしげたが、フォーゲル自身はそれを「おだてて技術を盗もうとしている」としか受け取らなかった。
そもそも彼は、自らを天才だなどと思ったことはない。
むしろ、自分は他者の模倣しかできない人間だという意識すらあった。
そのうえで、ドルンベルク社のやり方――すなわち他者の設計を基にした模倣品の製造は、彼にとって到底許容できるものではない。
だからこそフォーゲルは、アイヒナーを頑なに拒絶していた。
だが当のアイヒナーは、まるで意に介さない。
親方に追い返されても居座り続ける弟子のように、彼は飽くことなく自らの構想を語り続けた。
「フォーゲル博士!機関銃の最大の欠点は、その重量です!重すぎるがゆえに突撃に追随できず、防御用の固定火器に留まっている。しかし、もしこれを携行可能にできれば、火力を維持したまま、歩兵の攻撃力を飛躍的に――」
「喧しい!素人が思いつきを並べるな!そんなことができれば、とっくにやっている!」
フォーゲルは容赦なく一蹴した。
周囲の者たちは呆れるほかなく、やがて二人に関わろうとする者はいなくなった。
だが――
この出会いこそが、後にエルデンライヒ軍の戦い方そのものを変える礎となる。
もっとも、そのことを、この時の二人が知る由もない。
「ですから、我が社のプレス加工技術を応用すれば、小銃部品もより安価に――」
「くどい!!」




