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第1章:開戦②

「全軍前進!」


 戦争の第一撃は、サンテルラン軍ラ・ロシュ陸軍元帥が率いる右翼軍の前進によって開始されたと記録されている。アルツベルク=ローレナウ地域の両国国境線は約200kmに及んだが、そのうち実に150kmの戦線が、わずか一日で一気にエルデンライヒ側へ押し進められたのである。


 この作戦に動員されたサンテルラン陸軍兵士は約120万人に達した。この規模の大軍による一斉前進は、それまでの歴史、すなわち騎士王戦争の時代においてすら前例のないものであった。


 整えられた見事な髭を誇らしげに撫でながら、右翼軍司令官ラ・ロシュはその光景に胸を震わせていた。かつてない大軍勢による一斉攻勢を指揮した軍司令官として、自らの名が歴史に刻まれるであろうことを確信した伝統主義の陸軍元帥は、感極まって涙を禁じ得なかったのである。


 サンテルラン軍の戦争哲学は、いわゆる「攻勢主義」であった。すなわち、歩兵突撃による積極的な前線の押し上げと、攻撃の手を緩めない姿勢こそが戦場の主導権を握り、最終的な勝利をもたらすという信念である。


 この思想は、かつての栄光であるシャルル騎士王の時代にその有効性を証明されたものであり、その後の植民地戦争においても実戦によって幾度となく裏付けられてきた。したがって、サンテルラン軍が前進しか能がなかったと評するのは適切ではない。彼らにとって攻勢主義とは、長年の経験と実戦によって成功が証明された戦術思想であり、それを疑うことこそが、これまで積み重ねてきた実績と戦闘データを否定する非合理的行為にほかならなかったのである。


 さらに、この戦術思想は単なる理念ではなく、装備という現実の力によって裏付けられていた。


「放て!敵戦線を制圧しろ!」


 歩兵隊のすぐ後方に展開していた『リュミエール速射砲』が一斉に火を噴いた。しかも、それは従来の野戦砲のように一発一発を慎重に撃ち込むものではない。まるでその場で連射しているかのように、砲弾が次々と前線へ叩き込まれていく。絶え間なく降り注ぐ榴散弾の嵐の前に、エルデンライヒ兵は塹壕から頭を出すことすらできなかった。


 この『リュミエール速射砲』こそが、サンテルラン軍の攻勢主義を支える中核的火力であった。


 口径75mmのこの野戦砲の最大の特徴は、油圧式反動制御機構を備えている点にあった。これはエルデンライヒ軍の装備する7.5cm野戦砲よりも高性能な機構であり、発射時には砲身のみが後退するため砲架が動かない。そのため再照準がほとんど不要となり、結果として毎分12発という驚異的な連射速度を実現していた。


 この性能は当時としては極めて強力なものであり、エルデンライヒ軍の7.5cm野戦砲のみならず、他国が採用していた火砲と比較しても、およそ3~4倍の発射速度を誇っていた。


 さらに、この速射砲は比較的軽量であり、歩兵突撃を支援する「移動砲兵」として設計されていた。馬匹による牽引だけでなく、人力でも比較的容易に移動できるという特徴を持ち、前進する歩兵に追従できる優れた機動性を備えていたのである。


 このような特性から、リュミエール速射砲はサンテルラン軍にとって勝利を確実なものとする象徴的兵器となっていた。兵士たちの間では、「リュミエールさえあれば戦争には十分だ」とまで称えられるほどの絶大な信頼を集めていたのである。


 そして、歩兵装備においてもサンテルラン軍には優れた武器が存在していた。


「掃射の後、歩兵隊全隊、突撃!」


 歩兵隊指揮官の命令に従い、サンテルラン兵たちは速射砲の射線を妨げないよう膝撃ちの姿勢を取ると、小銃の引き金を引いた。続けてボルトを引き、再び元の位置へ戻す。従来の小銃のように銃機構後部から弾丸を一発ずつ装填する必要はない。弾薬はすでに銃内に収められていたからである。


 サンテルラン軍には毎年のように新型小銃が採用され前線へ投入されていたため、「58式小銃」と呼ばれる兵器は実際には複数存在していた。しかし、その中でも一際異彩を放っていたのが、開発担当将校の名にちなみ『ルノー小銃』と呼ばれたモデルである。


 同年に採用された他の小銃と比べても、この武器は際立って画期的であった。最大の特徴は、弾薬を一発ずつ装填するのではなく、銃身下部に備えられたチューブ式弾倉に弾薬をあらかじめ装填し、連続射撃を可能にした点にある。しかも、その弾倉には小銃弾を8発も装填することができた。これは当時としては破格の装弾数であり、まさに革命的な設計であった。この兵器の登場は、他国軍にも連発銃の開発を急がせるほど大きな衝撃を与えた。


 かつてローゼンベルクでは、ドライゼン後装式小銃が画期的なボルトアクション式小銃として称賛されていた。しかし、サンテルランにおいてはすでにその技術段階を通過し終わり、その差は歴然としていたのである。


 もっとも、このルノー小銃が本格的に普及するまでには時間を要した。その理由は、金属薬莢の生産効率にあった。当時の技術では大量生産が難しく、補給体制が追いつかなかったため、実戦投入に足る数を揃えることができず、一部の精鋭部隊に限定して配備されるに留まっていたのである。


 この状況を変えたのがシャルル英傑王であった。ボルトアクション式小銃の実戦投入そのものはヴィルヘルムの軍が先行していたが、ルノー小銃を本格的に運用し、植民地戦争において実戦経験を積み重ねた点においては、サンテルラン軍はむしろヴィルヘルム軍を凌いでいたと言える。


 こうして、この先進的な小銃は、時代と生産技術が追いつくにつれて真価を発揮することとなる。特に植民地戦争において、ルノー小銃が圧倒的な戦闘力を示したことは疑いようがない。歩兵たちにとって、瞬間的な連射能力と長射程、そして信頼性を兼ね備えたこの兵器に匹敵する小銃は存在しなかったのである。


 このように、歩兵が装備する優れた連発小銃と、それに追従して火力支援を行う速射砲という二つの兵器が、サンテルラン軍の瞬間的火力と機動力を支えていた。そして彼らは、攻勢主義に基づく絶え間ない前進によって敵対勢力を打ち砕いてきたという、確かな経験と実績を持っていた。


 旺盛な戦闘意欲と、それを裏付ける圧倒的火力が結びついたとき、サンテルラン軍にとって、国境線に広く展開し塹壕に籠もるだけのエルデンライヒ兵は、文字通り敵ではなかったのである。


「た、退却!第二防衛線まで後退せよ!」


 エルデンライヒ軍指揮官の命令に従い、背中を見せて退く兵士たちを見て、サンテルラン兵は大いに嘲笑した。正式な宣戦布告もなく、戦闘開始の命令もなかった時期、ラ・ロシュ元帥は大規模攻勢を避け、戦闘意欲のガス抜き程度に小規模な越境攻撃しか行っていなかった。だからこそ、今回の圧倒的な戦果に兵士たちが浮かれたのも無理はなかった。


 偉大なるシャルル英傑王の許可と、勇猛な陸軍元帥の突撃命令さえあれば、我らサンテルラン軍を阻む敵はいない——それは、かつてシャルル騎士王が君臨していた栄光のサンテルラン再来であり、彼らはその英雄の生まれ変わりの下で栄誉ある戦いに参加しているという感動に胸を高鳴らせたのである。ラ・ロシュ元帥のみならず、兵士たち全員がその高揚を共有し、自己の英雄視に浸った。


 事実、世界の盟主を自称するエルデンライヒ軍は、有効な応戦もできず背中を見せて退くのみであった。国境線はとうに越え去り、兵士たちは何度「第何防衛線まで後退せよ」という号令を聞いたことかを数え、賭けに興じる者も少なくなかった。


 こうしてサンテルラン兵たちは、自軍が最強無敵であることを確信し、世界の中心たる央王国が真に『帝国』を名乗る日も遠くないと信じ、意気揚々と前進を続けていた。しかし、その希望を遠方から冷ややかに見つめる者が一言告げる。


「かかったな、間抜けめ」


 その意志は文字通り電流に乗って前線に伝わった。


「撃て、掃討しろ!」


 エルデンライヒ帝国内の重砲が咆哮を上げる。


 後にこの光景を目撃した者はこう語った。


「エルデンライヒにいくつの大砲があるかは、陸軍省の書類を見れば分かる。しかし、陣地という名の鋼鉄の森に足を踏み入れれば、木を数えるかの如く愚かな行為だと痛感する。そこには文字通り、無数の砲があったのだ」

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