勇気の鈴を鳴らせなかったのでテンサイを振り回したら弾け飛んだ
植樹がある程度目処がついたころ、シオさん達が泉から戻ってきたので私は作業から離脱した。
カルナと同じく精霊の言葉が聞けるはずのシオに事実確認をするためだろうけどカナンヴェーグはシオを連れ出して人気の無い方へ。
私は空気よんで土遊びでもしておきますわ。因みに私、逐一土で形を作らなくても地球上の作物を作り出せるようになりました。えぇ、私の力は一年前より進化しているんだぜ。
ついでに言うと、祖母の庭で育てていた物なら大抵の物は作れると思う。広さはかなりのもので、実のなる木も色々あったし、茶木は一株だけあって毎年お茶を手作りしていた。調味料系だと大豆から味噌や醤油を手作りしてみたり、一度だけだが甜菜も種を取り寄せて育てて砂糖を作った事もある。
祖母は普通の人が人生で体験しないような事を沢山経験させてくれた。それが役に立つ日が来るとは思ってなかったけど。
私が保存できる系の食品を作るのが好きなのは祖母の影響が大きいと思うの。
ってことで、甜菜を作ってみた。成長させて種を回収。それを培養。
すぐにできてしまうのは食品として問題が無いのか疑問に思う所はあるが……ありということにしておこう。……大丈夫だよね??
ちょっとビビりが入ってきたんだけど。トルニテア人の体に合わなくて健康被害とかでたらどうしよう。
不安を抱きつつ苗をいくらか用意。あとは出来立てホヤホヤ甜菜を一つ手に取る。これでひとまず砂糖作ろうや。
鍋とヘラと用意してもらって……麦茶みたいに焚き火で調理とはいかないから釜戸借りれないかな。
エリーゼに苗を引っ込めてもらって、私は甜菜の葉の部分を持って綺麗に並べられて植えられた茶の木の間を見渡しながら歩く。
後は此処に魔力を注いで成長を促すだけ。それで今日の仕事はおしまい。
大地に手を当てる。
「うわぁー!」
「すごい!!」
レントナードと揉めてた子供達、そして不仲なまま子供達のもとへと放り出されたレントナードがメキメキと枝を伸ばし茂っていく茶の木に言葉を失っていた。
大人たちは少し離れたところで帰り支度をしているが、茶木の成長を目の当たりにして作業の手が止まっている。
頃合いを見て魔力を流すのを止め、甜菜を持って立ち上がると軽く目眩を覚えた。茶畑の垣根が出来上がってしまったが故に端まで歩かないと畑から出れない状況を見てため息がでる。
アホだ。畑のど真ん中で魔力流すんじゃなかった……。
仕方なしに茶葉の新芽をプチプチちぎりながら端に向かう。新芽は天ぷらにして夕飯に出そう。
畑に取り残されていた子供達もレントナードを揶揄ってケラケラ笑いながら逃げるように走って畑を抜けてゆく。それを追いかけるレントナードも案外楽しそうだ。
楽しそうだったのに、レントナードの歩みは不自然に止まった。
静かに、でもその影はそこに確かにあって……私も正面を見上げると同時に手から新芽を落とし唖然としてしまった。
駆け出したタテスの子供達は後ろを見ながら走っていたため反応が遅れる。
静かだけど、夕日のかかった光る特徴的な瞳。皮膚の表面にあるボコボコは非常にリアルで謎の艶感。呼吸に合わせて膨らむ顎の下。
蛙だ。
サイズ的にはベンジャミンくらい。でも、その大きな口は子供くらいなら一口でパクリと収めてしまえそう。
気づいた子供達は声を上げて此方に戻り来る。水球を作って見せた子供も此処で蛙に攻撃できるほどの魔力や経験はないのだろう。
この蛙、茶畑に何しに来たよ。用なんかないだろ。もしかして畑を荒らす気ですか?
私が畑に魔力を流したから引き寄せられた??
大地の魔力奪ってやろうって?
ついでに人間いるし襲っちゃおうって?
ただ現れただけなら別に良い。そのまま帰ってくれないだろうか。帰ってくれたら嬉しいな。
生憎と私は蛙が何考えてるかなんてわかんないし、蛙の相手をするだけの体力がない。さっき魔力を絞り出したばっかりなんだよマジで勘弁してくれ。
大きく脈打つ心臓。裏腹に冷静な頭。瞬きもせずに大蛙の動きを観察し、背を向けて逃げ出す事もできずにいる。
子供達が安全圏に逃げるまでの時間稼ぎをしたいのは山々だが、私には大蛙の知識がない。下手に攻撃して暴れだしたり、相性の悪い魔法で状況を悪くしたら最悪だ。
シオもカナンヴェーグも近くに居ないし、シオが気づいたところで間に合わないだろう。
この異変に気付き、一番に此方へ駆け出したのはレントナードに付けられていた騎士、仕事熱心で良いことだな。次にエリーゼ。エリーゼはやめてくれ。強いのはわかってるけど、先日のことがトラウマなんだよ。頼むから命懸けないでくれ。
タテスの民は農機具を持ち、他の子供達や女性の避難を促し、シイナに状況を伝える為か居住区の方へ走る。
ただ、この大蛙……蛙なだけあって爪や牙はない。注意すべきは舌とあるかわからない毒、それから巨体を支えながら飛び上がる事が可能な脚力。もし大蛙が魔法を使うようであれば水と土かな。
飛び上がれないように足を植物で地面に縫い付けてしまう?
木の根を巻き付けようとした瞬間、予備動作もなくパクリと開いた大蛙の口から伸びる長い舌が逃げる子供の足を捕らえた。
パクン。
「…………」
え。
あ……。
「ナナキ!!」
悲鳴を上げる間もなく蛙の口の中に消えた子供の名前だろう。水の魔法を使って見せた子供が足を止めて大蛙に立ち向かおうとしている。
遠くから大人達が「立ち向かうな。逃げろ」と叫んでいるが聞く耳は無いようだ。
私は……。どうしたら良い?
私の魔法は発動したから大蛙はまともに動けないはず。
食べられた子供は無事?
溶かされちゃう? もしくは毒に?
窒息するにしてもあとどれくらい大丈夫?
とにかく早い方がいい。外傷を与えるにしても火では中の子がどうなるかわからない。
生きてさえいれば治せるとは思うけど、救出するのが一番のハードルだ。
風で頭と胴体を切り離す?
子供はお腹にいるだろうし、それで怪我はしない筈だ。
ただ、それが私には……出来ない。
この期に及んで情けない。私はエリーゼがあんな事になっても魔物に攻撃出来なかったのだ。今も……魔物の命を奪う行為を人任せにしようとしてる。
あの時、私のした過剰な癒しが魔物を近づけない聖域を作ったのだとして、今、私にそれが出来るだけの魔力があるかと言われれば……無い。同じ手は使えない。
そうこうしてる間に詠唱を済ませた子供の放った大きな水球が大蛙にぶつけられた。
すると、水を得た魚とでも言おうか……水生生物だからだろう。ダメージは全くない様子で、より強力な力を得たように大蛙は縛り付けていた木の根を引きちぎり飛び上がったのだ。
着地は茶畑の隅。茶木を踏みつぶし、その視線は私に向いている。
ハハッ。
マジか。
これでもアレを殺す勇気がないとかどんなヘタレだよ。
なんなの?
本当に。
早い鼓動、震える体。
私はあの素早い舌の射程圏内。
気づいたらさっきの子供と一緒に腹の中ってか?
それでもこの体は死なないんだろ?
頭を過ぎるのはクラリードから来た獅子の魔物。シオに切り裂かれた腹部から覗いた人間の体の一部。
私はあんな地獄から這い出てくるの?
そうしてまで生きなきゃか??
すくんだ足は逃げる事も出来ないし、助けも間に合わない。攻撃する度胸もない。
最悪だな。
リザ……。
いずれ手放すならこんな思いさせないでくれよ。帰ってくるなら今帰ってくれば良いのに。
苦痛なんていらないよ。
大蛙が口を開こうとしている。そう思った瞬間、反射的に手に持っていた甜菜を振り抜いた。
高速の舌に甜菜が当たって砕けるのがまるでスローモーションのようだった。
私にそれ以降の記憶はない。




