第57話 ビバーグ
昼食を食べた後、まだすべり足りないといって、西村君、部長、美月先輩、黒野先輩は再びリフトに乗って頂上へ向かってしまった。
僕――里井直茂たちはそれを見送った後、しばらくは雪合戦や雪ダルマ作りに興じていたんだけど、すぐに疲れて先にホテルに戻って、ゆっくり温泉を堪能することにした。
「それじゃあね~」
にこにこと嬉しそうにしながら粟飯原さんが冨和さんと美弥子、それに新生徒会会長――雪路さんの背中を押して女湯に入っていった。
それをニヤニヤ笑いながら見送った向井先輩と新生徒会書記――松野君を見て、僕と新生徒会副会長――高藤君が思わずため息をついた。
とりあえず、二人が覗きをしないように目を光らせておかなくちゃ。
さすがに美弥子の裸を覗かれるのは不愉快だからね。
僕は服を脱ぎながらやれやれと首を振る。
本来、こういう苦労人の役目は僕じゃなくて、西村君と黒野先輩の役目なんだけどな……。
今は二人ともまだゲレンデで楽しんでるんだろうな……。
僕は少しばかり彼らを恨みがましく思いながら、脱衣所に持ち込んだ荷物の中からなんとなく連れてきたカミツキガメと虎模様の猫を引っ張り出すと、二匹に向かってささやいた。
「君たちにお願いがあるんだけど……、あそこにいる覗きをしようとしている不逞の輩二人を懲らしめてくれないかい?」
カミツキガメは分かったとばかりに口を開閉させ、猫は「なう~」と鳴いて了解の意を示した。
僕もそれに対して頷いて、二匹を脱衣所にゆっくりと下ろす。
すると、カミツキガメが猫の背中に飛び乗り(一瞬の出来事だったので、どうやって飛び乗ったのかは見てなかった)、猫がそのまま風呂場の覗き魔二人の下へ猛然と走り始めた。
「ふしゃ~~~~~~~~っ!」
威嚇するように唸り声を上げながら接近する猫に気付いた二人が驚くけど、すでに手遅れだった。
猫の背中にしがみついていたカミツキガメが、勢いそのままに向井先輩に向かって飛び出し、丸出しだった股間に思いっきり噛み付いた。
それと同時に、猫は思いっきりジャンプをして、その鋭い両手の爪で、すばやく松野君の、やっぱり股間を引っ掻き回した。
「「ぎゃ~~~~~~す!」」
向井先輩と松野君が、到底男が出したとは思えない音域の悲鳴をあげ、女湯のほうから粟飯原さんの驚いたような声が聞こえる。
『え? なに? 一体どうしたの?』
『多分、向井先輩と松野が覗こうとしたのを誰かが止めたんでしょう』
粟飯原さんの疑問に、雪路さんが答えていたけど、何て的を射た答えなんだろう。
などと感動していると、今度は冨和さんの特徴的な笑い声が聞こえた。
『でゅふふ……、も、もしかしたらその二人が里井先輩と高藤先輩に掘られ……むほ~~~~~~~~っ!!』
『きゃあ! 冨和さん! 大丈夫ですか!?』
冨和さんがまたそんなBL的な妄想をして大量に鼻血を噴いたのだろう、美弥子が悲鳴を上げていた。
まったく……あっちはあっちで何をやってるんだか……。
僕は高藤君と顔を見合わせて、ついつい苦笑してしまった。
◆◇◆
「……うっ…………」
風がうなる音と凍える寒さに刺激され、僕はゆっくりと目を開けた。
それに気付いたのだろう、部長の声が頭の上から聞こえてきた。
「気がついたか……。よかった……」
部長の声はどこかほっとしたものだった。
ずきずきと痛む全身に顔を顰めながらゆっくりと体を起こそうとするも、そっと部長に止められる。
「まだ寝ていたほうがいい」
そのままゆっくりと体を戻したときに、僕の頭の下にあるやわらかい感触に初めて気付いた。
なんだか、柔らかくて、暖かくて、どこかほっとするような匂いだな……………………、ってまさか!?
「っ!? 部長!?」
頭の下に敷いているものが何かを理解して慌てて体を起こそうとするのを、部長が今度は力強く抑える。
「いいから、まだ寝ていたまえ」
「でも……、部長が……」
「む? なんだ? 私の膝枕では不満か?」
「え? べ、別に不満は無いです……。むしろその……暖かくて柔らかくて……」
「ふふふ……。それは光栄だな」
部長が少し顔を紅くしながら照れくさそうに笑う。
って僕は何を言ってるんだ!?
僕としてはできればこんな恥ずかしい状況を何とかしたかったけど、折角の部長の好意を断るわけにもいかず、それに全身が痛むのも手伝って大人しくしていることにした。
そうしてそのまま、部長の膝に頭を預けながら寝そべっていると、少しずつ落ち着いてきて、周りの状況を見る余裕が生まれた。
どうやらここはどこかの洞窟のようだ。
天井はそれほど高くなく、奥行きもあまり深くないみたいだ。
それに、僕の頭の横、つまり部長の足元には焚き火が焚かれていた。
どうも部長がやったみたいだ。祖とはどうやら吹雪いているらしく、雪が激しく舞っていた。
そうやって周りの状況を確かめていると、部長がくすぐったそうに笑った。
「こ、こら、文隆君。その……あまり頭を動かさないでくれないか? くすぐったくて……」
「す、すいません!」
僕は慌てて謝ってから、ぼんやりと天井を見つめた。
ぱちぱちと爆ぜる薪の音と吹雪の音。
それを聞いていたら徐々に瞼が重くなってくる。
このまま眠ってしまいたくなるけど、僕はなんとか我慢しながら部長に訊ねた。
「そういえば、僕たちが足を滑らせた後、どうなったんですか? これだけ体が痛いってことはあちこちにぶつかったんだと思いますけど……」
「ん? ああ、そうだな。私達が斜面を転がる間、君が私を庇ってくれたんだ。おかげで私はこの足以外は大した怪我は無かったよ。ありがとう……」
「えっと……その……いえ……」
「それで、どうにか泊まった時には、この洞窟のすぐそばまで来ていたからな。君も気を失っていたし、徐々に吹雪いてきてもいたから、とりあえずこの洞窟に避難することにしたんだ。一応、携帯の電波は届いたから真子たちに無事だとは伝えたが、この天気だからな……。本当は一刻も早く君を医者に連れて行くべきだとは思うんだが……」
「僕は大丈夫です。それより、さすがにこのままだと部長の足が痺れてしまいます」
僕はゆっくりと頭を部長の膝の上からどかした。
部長は何故か少し残念そうにしていたけど、すぐに「そうか」と呟いて、汗拭き用に持ってきていた即席の枕を作ってくれた。
僕はお礼を言ってから枕に頭を乗せ、小さく欠伸をする。
「すいません。何だか……眠くなって……」
「そうか……。ゆっくり休むといい」
部長が優しく微笑みながら、ゆっくりと僕の頭を撫でてくれる。
それがとても気持ち良くて……。
僕はすぐに意識を手放した。
◆◇◆
取り乱す美月先輩の肩を支えながら黒野先輩が戻ってきたのは、僕たちがお風呂で一通り騒ぎ終わって、部屋に戻ろうとした時のことだった。
美月先輩は顔面蒼白で、ガタガタと震えながら泣きじゃくっていた。
説明を求めると、美月先輩に変わって黒野先輩が教えてくれた。
――部長と西村君の遭難
何を言っているのか分からなかった。
たちの悪い冗談かと思った。
事実……。
「嘘……ですよね?」
粟飯原さんが戸惑ったように笑いながら黒野先輩に訊ねたくらいだ。
だけど、黒野先輩はゆっくりと首を振って、顔を伏せた。
「嘘じゃない。五十嵐と西村は、俺たちの目の前で雑木林の中に消えた……。幸いここに戻ってくる途中で、美月の携帯に五十嵐から無事だと連絡が入ったが、この吹雪だから下手に動かず、今は洞窟の中に避難しているそうだ」
事実を淡々と、そして毅然とした態度で話す黒野先輩をみて、この話が事実なのだと痛感させられる。
それは、粟飯原さんも同じだったのだろう。
「文君」とぽつりと呟いた後、ふっと気を失ってしまった。
慌てて美弥子と雪路さんが彼女を介抱するなか、向井先輩がゆっくりと美月先輩に近づいていく。そして……。
――むにゅん
あろうことか、美月先輩の胸を鷲掴みにした。
あまりに場違いな向井先輩の行動にその場の空気が凍り付く中、美月先輩が悲鳴を上げる。
「……………………きゃ~~~~~~~~~~~っ!!!」
その後は凄惨な光景だった。
美月先輩が向井先輩を殴り、場の空気にソグワナイ行動と女の敵ということで黒野先輩と雪路さん、高藤君が向井先輩を取り囲んで殴ったり蹴り始めた。
それに対して、当の向井先輩はというと、顔を恍惚の表情に染めて「もっと」だの「いい」だのと嬌声を発していた。
やがて、皆が一頻り向井先輩をぼこぼこにした後、向井先輩は何事もなかったかのように立ち上がり、皆に苦笑を向けた。
「皆、酷いなぁ……。俺はただ、場を和ませようと……」
「それでセクハラに走るなんてどうかしてます」
雪路さんの鋭いツッコミに向井先輩は「すいませんでした」と謝ってから話を続けた。
「ともかくだ。美月。二人が心配なのは分かるけど、心配したからと言ってどうこうなるわけでもないだろう? それに二人は無事と連絡があったんだろ? だったら、いつまでも辛気臭い顔してないで、自分のやるべきことをやった方がいいだろ?」
「向井……」
美月先輩が少し感動したような顔を向けると、向井先輩は美月先輩にいい笑顔と共に、ぐっと親指を立てて見せた。
「それはそれとして、いい感触だったぜ☆」
「…………向井!」
美月先輩は顔を真っ赤にしながら、再び向井先輩を殴り始めた。
どうして、向井先輩はシリアスを維持できないんだろう……。
僕はついついため息をついてしまった。
(続く)




