第58話 スキー旅行 後編
「……くちゅん!」
「……?」
部長の可愛らしいくしゃみで僕は目を覚ました。
外は相変わらず吹雪いている上に、いつの間にか暗くなっていて、大分気温も下がってきていた。
いくら洞窟の中で、しかも焚き火をしているといってもこれでは寒いだろう。
僕は少しは痛みが引いた体を起こし、部長に向き直る。
「部長……、寒いんですか?」
「ん? ああ、起こしてしまったか? 何、私なら大丈夫だ。心配するな。それよりも、君もこっちに来て温まりたまえ」
気丈に笑って僕に手招きするけど、体が細かく震えているし、顔色も悪い。
無理しているのはみえみえだった。
僕はの隣に並んで座りながら、焚き火に手を翳す。
「部長も、寒いんでしょ?」
僕が問うと部長は一瞬体をびくりとさせた後、明らかに挙動不審に答えた。
「はははは……。何を言ってるんだ君は? 私が寒いわけが無いだろう?」
「いや、めっちゃ目が泳いでますから……」
「おかしなことを言うな君は。目が泳ぐわけ無いだろう? 泳いだら怖いよ?」
「うん、部長のほうがおかしなことを言ってますからね? 自覚してますよね?」
「うぐぅ……」
部長は唸ってしゅんとする。
僕はため息をつく。
「部長もちゃんと温まってください。僕のせいで部長が風邪を引いたなんていわれたら、後味悪いですし」
「むぅ……。そこまで言うのなら仕方ない」
何故か部長がしぶしぶといった様子で両手を日に翳して、大きく息を吐く。
そのまま二人で暖をとりながらぽつぽつと話す。
「部長は……、もう足は大丈夫なんですか?」
「ん? ああ、まだ少し腫れてはいるが、痛みは引いたよ。何せ、ここには冷やす物がたくさんあるからな」
「そうですか……」
部長と肩を寄せ合っているからだろうか。
なんだかいつも部室で部長の相手をしているときには感じなかった緊張感があり、僕は会話を途切れさせてしまった。
なんだか気まずい沈黙が舞い降りる。
どうしよう、ナニカ言わないと……。
そうやって変に焦ると余計に言葉が出なくて、結局僕はそのまま黙り込んでしまった。
それから少しして、部長が不意に話しかけてきた。
「それにしても、災難な旅行になってしまったな。これも私のせいだ。すまない」
「何で部長が謝るんですか……?」
「何でって……。私のせいだからに決まっているだろう? 私があの時雑木林に落ちなければ、こんなことにはならなくて、今頃は宿に戻って暖かい風呂に入って、向井をはじめとした覗き数名を懲らしめたり、トランプや麻雀で遊んだりしていたんだぞ?」
「いやぁ、そんな細かい予定はどうでもいいですから。それにこれは事故であって、部長が悪いわけじゃないですよ」
「しかし、そうは言うがな。君は明らかに私を助けようとした結果だろう? だったらやはり私のせいではないか」
「いや、だから部長を助けようとしたのは僕の自己判断なわけで、別に部長が悪いわけではないと何度も……」
「(むっ?)いや、やはり私のせいだ。あの時私が体勢を崩さなければこうなることは……」
「(いらっ)だから、そうじゃないと言ってるじゃないですか! 遭難してしまったのは不慮の事故であって! というか、バランスを崩したのは突風のせいじゃないですか!」
「(かちん)君も分からないな! 君達はあの突風で体勢が崩れなかったではないか! だから突風が悪いということはない! 私がどんくさいからこうなったのだ!」
「(むかっ)だからそうじゃないと何度も……!」
「だから私が悪いと……!」
僕と部長は、何故か途中からケンカ腰になりながら、互いに睨み合っていた。
そして、そのまま少しの間睨み合っていた僕たちだけど、すぐに我に返る。
「部長……」
「何だ?」
「何で僕たちケンカしてたんですかね?」
「さぁな。きっと変な電波でも拾ったんだろう」
「何だか無駄に疲れた気がします」
「奇遇だな、私もだ」
「「…………はぁ……」」
僕たちは再び寄り添いながら焚火に手を翳し、同時にため息をついた。
◇◆◇
夜が段々更けていき、同時に吹雪がどんどん強くなっていく。
天気予報によれば、この吹雪は明日の朝には止むそうだけど……。
部長と西村君は大丈夫だろか……?
僕が心配になりながら窓の外を見ていると、いつの間にか隣に立った美弥子が僕の手をそっと握った。
「西村さんと部長さん、大丈夫でしょうか……」
柳眉を寄せて心配げに窓の外を見る美弥子の頭をそっと撫でる。
「大丈夫さ、きっと。部長も彼も強い人だからね」
自分に言い聞かせるように言う。
そして美弥子と並んで二人で窓の外を見ているときのことだった。
突然、部屋のドアが開いたかと思うと、高藤君が歌いながら入ってきた。
「WAWAWA、忘れ物~…………」
僕たちと高藤君の目が合い、奇妙な沈黙が訪れる。
「「……………………………」」
「……………………………」
そうしてどのくらいの時間が経っただろう。
突然、高藤君が顔を悲痛に歪めた。
「……っ!? ごゆっくり!!」
叫びながら涙目のまま走り去っていった。
一体何がしたかったんだろう。
僕と美弥子が呆気にとられていると、黒野先輩が扉をノックしながら入ってきた。
「今、そこで泣きながら走っていく高藤を見たんだけど、何かあったのか?」
黒野先輩の問いに僕が首を振って否定すると、先輩は「そうか」とだけ呟いた。
「明日、吹雪が止み次第、捜索隊が出るそうだ。多分、朝早くからの捜索になると思う。二人が帰ってきたら出迎えるんだろ? お前たちも今の内に休んでおけ。眠れないというなら、美月の使用人にホットミルクでも作ってもらうといい。美味いって評判だぞ」
そう言って黒野先輩は器用にウィンクをしてから部屋を後にした。
それを見送った後、美弥子に向かって静かに問いかける。
「眠れそうかい?」
それに対して美弥子は小さく首を振って否定した。
「そうか。それじゃあ、使用人さんにホットミルクを作ってもらおう」
そして僕は美弥子の手を引いて使用人さんの部屋に向かった。
それから少しして、温かい飲み物を飲んだことで気持ちが落ち着いたのか、美弥子がうとうとと舟をこぎ出したので、彼女をベッドに寝かせて僕は男性陣が集まっている部屋に様子を伺いに行った。
部屋の扉をノックすると、黒野先輩が出迎えてくれた。
招かれるままに中に入った途端、アルコールの匂いが鼻についた。
「黒野先輩……」
僕が視線を向けると、先輩は少しバツの悪そうな顔をした後、静かに呟いた。
「こういう時は飲むのが一番だからな」
どこか苦笑交じりの言葉に、同じように苦笑を返して僕もご相伴にあずかることにした。
◇◆◇
夜が深まるにつれて、徐々に洞窟内の気温も下がってきて、更には焚火の燃料となる木材もその他に燃やせるものもなくなってきた。
それに伴い、段々と僕と部長の身体の震えが大きくなってくる。
「ぶぶぶ……部長……、だだだだ大丈夫ですか?」
僕がそう頷くと、部長は歯をカチカチ鳴らしながらもどうにか頷いた。
だけど明らかに無理している様子がありありと伝わってくる。
このままだと、僕も部長も凍え死んでしまう。
そう思っていた時だった。
部長が自分の体を抱きしめながら僕に話しかけてきた。
「ふ、文隆君……」
「な、なんですか?」
「こ、このままではお互いに凍死してしまうかもしれない……」
「そ、そうですね」
「そ、そこで提案なんだが、お互いがお互いに温めあうというのはどうだ?」
「ど、どういうことですか?」
「つ、つまりだな……その……」
部長がひどく言いにくそうに言葉を詰まらせる。
その顔は心なしか赤い気がする。
もしかして風邪を?
僕がそんなことを思っていると、部長は何かを決心したように頷いた。
「つまりだ。私と君で抱き合って、お互いの体温でお互いを温めるということだ」
「………………………………………はっ?」
今、部長は何とおっしゃりましたか?
部長が何を言っているのか理解できなかった僕が、部長に問い返す。
「あの……部長……?」
「何かな?」
「もう一度言ってくれますか?」
「む? 君も変な趣味があるんだな。仕方ない、もう一度だけだぞ? 何かな?」
「そこじゃねぇよ! こんな時にまでボケなくていいよ! しかも若干懐かしいよ!」
もしかして部長、意外に余裕があるのか?
ついそう勘ぐってしまった僕は悪くないと思う。
ともあれ、さすがにそれ以上ボケる余裕もなかったのだろう、部長が素直にもう一度繰り返した。
「つまりだ。私と君。二人の体温でお互いを温めあおうと言っているのだ」
やっぱり聞き間違えじゃなかったらしい。
「本気ですか?」
「無論本気だ。この状況だからな。恥ずかしがってる場合でもなかろう?」
部長の目はマジだった。
だから、僕も決心する。
「…………………分かりました」
そして僕たちは、来ていたスキーウェアを脱いで、濡れていた上着を脱ぎ捨てて下着姿になると、恥ずかしいのを我慢してお互いに抱き合った(ちなみに部長の下着姿を見た僕の心臓は破裂しそうなほどにドキドキしていた)。
途端、部長の暖かさと柔らかい感触が伝わってきて、顔どころか体中が赤くなった気がする。
それは部長も同じなようで、恥ずかしそうに顔を背けた。
「やはりこれは恥ずかしいにもほどがあるな」
「そうですね」
「でも……。君はとても温かい」
「はぁ……」
「しかし、このままでは触れ合っていない部分が冷えてしまうな」
そう言った部長は、一度僕から離れると、僕たちが脱ぎ捨てたウェアを持ってきて、僕の背中に掛けた。
そして、自分も同じように肩に羽織ってから僕に抱き付く。
「うむ。こうすれば暖かいな」
恥ずかしそうにしながらも微笑む部長に、僕は何も言う余裕がなかった。
そうしてしばらくそのままでいると、体が温まってきたからか、徐々に瞼が重くなってきて、僕と部長はそのまま眠ってしまった。
――ゆさゆさ
誰かが体を揺らす感覚で、僕はゆっくりと目を開ける。
すでに夜は明けたみたいで、洞窟の入り口からは白銀に輝く雪景色が覗いていた。
そして、僕の目の前にあるのは、気持ちよさそうに眠る下着姿の部長。
更には、僕たちをにやにやと笑いながら見つめる美月さんの顔もあった。
……………えっと………………………?
寝起きでしっかりと働かない頭を必死に巡らせて、自分が置かれた状況を思い出す。
確か昨日、部長と一緒に遭難して、洞窟に避難して……。
それから…………。
「っ!?」
ようやく状況を思い出した僕は、顔を真っ赤にしながら慌てて部長から離れた。
「…………ぅむぅ……」
急に暖かさが無くなったからだろうか、部長がぐずりながら体を丸める。
それを見ながら、美月さんが口元を押さえてにやにや笑う。
「あらあら。瑞枝ったら。幸せそうな顔をして……」
そこで美月さんは僕の方を向く。
「文隆さん? ちゃんと責任は取ってあげてくださいね?」
「僕は何もしてません!」
狭い洞窟内に僕のツッコミが響いた。
この後、目を覚ました部長と一緒に美月さんに一頻りからかわれたてから、僕らは救助隊に連れられて無事に山を下り、そのまま念のためということで病院に搬送された。
そしてそのまま、大晦日まで過ごすことになってしまうのだった。
今回は一気に3話更新でした。
面白いと思ってくれた方は、ぜひ評価やブックマーク、感想などお願いします。
作者が泣いて喜びます。




