第54話 無理難題
この間、全校集会で正式に、生徒会が新しい世代に引き継がれたことを知らされた。
それだけでなく、空や楓も部活の部長をそれぞれ受け継いだという。
それを聞いて、僕はどこか感慨深くなった。
そろそろ三年生は受験勉強に本腰を入れるため、部活を引退して新しい世代に引き継いでいく。
それがなんだか寂しかった。
そんな中、我らが文芸部部長、五十嵐瑞枝さんはというと……。
「今日は私が校舎全域に渡って隠したお題が書かれたメモ用紙を見つけて、それを素に三題噺を書いてもらう!」
今日も絶好調に理不尽だった。
僕は軽くため息をつきながら手を挙げ、部長に疑問をぶつける。
「部長……。部長は引退しないんですか?」
「は? 引退? 私が?」
きょとんとする部長。
何で引退しないといけないとばかりに首を傾げている。
そんな部長に、僕は理由を説明した。
「だって、今の時期、三年生は皆部活を引退してるじゃないですか。あの生徒会の人たちだって、ちゃんと新しい生徒会に引き継いで引退したんですよ? それなのに部長が引退しないのは……」
「なんだ……文隆君。君は私に引退してほしいのか?」
少し寂しそうに言う部長に、僕は慌てた。
「え? い、いや、別にそういうことじゃないですけど……」
「なら別にいいじゃないか。私は卒業まで引退するつもりは無いさ。それにな……」
「それに?」
「部活を引退するのは就職なり受験なりに忙しくなるからだ。だが、私はすでに作家なのだよ。だから、ほかの三年生と違って引退する必要が無いのだ」
「ああ、なるほど……」
そういえばそうだったと納得した僕は、素直に部長に頭を下げる。
「すいませんでした。話の腰を折って……」
「なに。気にする必要は無いさ」
部長は苦笑した後、空気を入れ替えるように咳払いをして、改めて宣言した。
「さて、それでは改めて本日の活動は、私が校内に隠したお題を見つけての三題噺。制限時間は部活終了自国まで。終わらなかった場合は、罰ゲームをしてもらう。それでは……」
部長がそこで一度言葉を切り、みんなが腰を浮かせる。そして……。
「スタート!」
部長の宣言で一斉に部室から飛び出していった。
僕以外は……。
ほかの皆と違って部室に残った僕を見て、部長が訝しげに訊ねる。
「どうした、文隆君? 君は行かないのか?」
それに対して、僕は自信満々に答えた。
「部長のことですから、どうせこの部室にも隠してあると思いまして」
「そうか。くっくっく……。ちなみにどうしてそう思った?」
「いえ、部長の性格を考えると、それくらいはやりそうだなって言う、勘みたいなものですけど……」
「くっくっく……。中々に鋭い推理ではあるがな、文隆君。まだまだ詰めが甘いぞ?」
「どういうことです?」
首を傾げる僕に、部長は可笑しそうに笑いながら答えた。
「なに、単純な話さ。私が今日、部室に顔を出すのが遅かったのはわかってるな?」
「……? それが…………、まさか!」
「そう、そのまさかさ。私はホームルームが終わって部活に出るまでの間に、校内を回ってメモ帳を隠したのだよ。つまり、君の推理は根本的に間違っている」
「ちっ! ぬかった!」
部長の回答を聞いた後、僕も慌てて部室から飛び出し、目も調査がしに参加した。
だから僕は知らなかった。
僕が部室を出て行った後、部長が胸ポケットからメモ帳を取り出したことを。
そして、得意げにこういっていたことを。
「くっくっく。まだまだ甘いな文隆君。確かに部室には隠してないが、私のポケットやかばんの中には隠してあるんだよ」
ともあれ、そんなことなど露とも知らない僕は、お題を探して校内を奔走しようとして立ち止まり、考える。
この伊吹学園は、さすがにマンモス校と呼べるような学校ほどの広さを持っているわけではないが、それでもそれなりの広さがある。
つまり、今から校内を走り回ってお題を探し当てるのは不可能に近い。
ならばどうするか?
答えは簡単。
「部長の思考をトレースし、行動を予測し、ポイントを絞る」
誰もいない廊下で呟いた僕は、その場に座り込み、集中するためにゆっくりと目を閉じた。
考えろ……、僕が部長ならどこに隠す?
いくらなんでも、職員室みたいな探しにくい場所や、女子更衣室のような入れる人間が限定されてる場所に隠すことはないだろう……。
うん、ないと信じたい……。
ないといいな……。
ない……よね?
段々自信がなくなってきたから、探しにくい場所は外すとして、それじゃあ一体……。
しばらく一人で、うんうん唸りながら考えていると、六花と冨和ちゃんが声を掛けてきた。
「あれ? 文君? どうしたの?」
「でゅふふ……。先輩、校舎に萌えてた? 無機物萌え?」
「六花……。いちいち校内を走り回るのが面倒だったから、隠し場所を推理してたんだよ。そして冨和ちゃん。無機物萌えなんて新しいジャンルは開拓してないからね!」
「そうなんだ。そう言えば文君はもう見つけた?」
「ああ、いや。僕はまだ……」
「でゅふふ……。先輩。校舎を擬人化するとは……、中々侮れない……」
「うん、冨和ちゃん。ちょっと待とうか? 誰もそんなこと言ってないよね?」
「そうだ。文君、見て見て! 私達、もう二つも見つけちゃったんだよ!」
「それはすごい……」
「でも先輩。校舎を擬人化しても相手が大きすぎるから、巨人萌えでもないと無駄な件……」
「だから、別に擬人化してないから! あと巨人萌えって!? 初めて聞きましたけど!?」
「私達が見つけたお題はね! 一つ目が〈さんま〉で……、二つ目が〈栗〉! いい感じでしょ?」
「先輩先輩。巨人萌え、広めてください」
「文君」
「先輩」
「だぁ~~~~っ! お前ら、ちょっと落ち着け! さすがに二人同時会話は厳しいよ!」
普通の会話とツッコミを同時にこなすのは流石に無理があると思うんだ!
僕が切らした息を整えていると、冨和ちゃんは満足したのか、六花の手を引っ張って立ち去った。
六花が去り際に「が、頑張ってね文君!」と応援してくれた。
その優しさが身に染みるよ……。
そのまま少しの間、立ち去って行った二人を見送った後、軽く肩をすくめてからもう一度部長の思考をトレースしようとした時だった。
「おや? 西村君。こんなところで何をしてるんだい?」
「里井か……。見て分からないか?」
「…………? そうか、どうやら僕は無粋なことをしてしまったみたいだね。ごめんね」
何故か里井が謝った。
「別に謝る必要は……」
「いいんだ。皆まで言わなくても……。僕にはわかってるから……」
何だろう……。
里井が激しく誤解してる気がしてきた。
そして、それを今すぐ解かないと面倒なことになりそうな予感がする。
「あのな、里井……」
誤解を解こうと僕が口を開くと、里井は僕の肩にポンと手を置いて、ゆっくりと首を振った。
「いいんだ。言わなくても。僕も黙っておいてあげるから……」
「だから、里井……?」
「大丈夫、絶対に言わないよ。君が……。君が無機物萌えだったなんて……」
「お前もか!」
まさか被せてきただと!?
「別に無機物に萌えないよ!?」
「大丈夫、自分に正直になっていいんだよ。恥ずかしいことは何もないんだから……」
「だから違うって言ってるよね!?」
「分かった分かった。そう言うことにしておいてあげるよ」
「話を聞け~~~~~~~~~っ!」
とうとう我慢の限界を迎えた僕が叫んだ。
「何なの!? お前と冨和ちゃんは僕をどうしたいの!? 後、何で同じボケをかましてくるの!? 打ち合わせしてた!?」
「あの……、西村君? 悪ふざけが過ぎたのは謝るから落ち着いてくれないか?」
「僕に落ち着けだって? ……ふふふふふ………。里井、何を言ってるんだ? 僕はこれ以上ないくらい落ち着いてるぞ?」
「とてもそうは見えないよ?」
「ふふふ……。そうか。お前がそんな幻想を抱いてるというのなら、今すぐその幻想をぶち……」
「西村君! それ以上の発言はダメだよ!」
「間違っていたのは僕じゃない! 世界の方だ!」
「西村君が壊れた!?」
「うにょら~! とっぴろき~!」
「ああ、ついに西村君がおかしくなった!? 西村君!? しっかりしてくれ!」
里井が僕の肩を掴んでゆさゆさと揺さぶる。
そんな時だった。
「ていっ!」
誰かの掛け声とともに、僕の首筋に衝撃が走り、僕は「きろきろっ!?」と意味不明な悲鳴を上げて意識を失った。
◆◇◆
意識を失って倒れそうになる西村君を慌てて支えると、彼の背後にいて彼を気絶させた張本人の季高君がやれやれとため息をついた。
「里井……、一体何がどうなって、文隆はこうなったんだ? というか、とりあえず言動がおかしかったら気絶させたけど、大丈夫だよな?」
僕は苦笑しながら、ゆっくりと頷いた。
「助かったよ、季高君。西村君は……、ちょっと僕と冨和さんがからかいすぎてしまったみたいでね……」
「そうか……。からかいすぎた程度で壊れるとは情けないな。里井、文隆が目を覚ましたら、もっと精進するように言っておいてくれ」
「親友のはずなのに、中々容赦ないね。君も……」
僕の言葉にひらひらと手を振った季高君はそのまま立ち去っていった。
◆◇◆
「…………うっ……」
何だかワイワイ騒がしくて僕はゆっくりと目を開けると、何故か痛む首筋を摩りながら起き上がって、周りをきょろきょろと見回した。
「ここは……?」
「目が覚めたか、文隆君? ここは私の家だ」
「部長……?」
部長の声が聞こえ振り向くと、部長は何故かエプロン姿で両手にさんまが乗った皿を持っていた。
そして、僕に微笑みながら言う。
「目が覚めたのなら、手を洗ってきたまえ。食事にしよう。先ほどから皆も待ちわびている」
部長が顎で指す方を見れば、既にテーブルについて僕たちに笑いかける六花たちがいた。
「文君! 早く早く!」
六花が急かすので、とりあえず手を洗ってきてテーブルに着く。
「それでは諸君、食べるとしようか。……いただきます」
『いただきます』
部長の合図に合わせて唱和し、思い思いに箸を伸ばしていく。
何だか、今日の部活の時間以降の記憶がないけど……。
まぁ、いいか。
さんまがおいしいし。
部活の時間に、一体僕に何があったのか気になるけど、とりあえずはそれを後回しにして、今は目の前の食事を精一杯楽しむことにした。
後日、皆からあの日にあったことを聞いた僕は、恥ずかしさのあまり赤面してしまった。




