第53話 引退
文化祭最後の日の夜の後夜祭。
校庭で行われているキャンプファイア。
その炎がぱちぱちと爆ぜるのを見ながら、俺は文化祭が無事に終わったという安堵感と、自分達の最後の仕事が終わったという寂寥感がない交ぜになった感情を持て余していた。
そんななんともやるせない気持ちで、ぼうっと燃え盛る炎を見つめていると……。
「終わっちゃったな……」
いつの間にそこにいたのか、向井が俺に缶ジュースを渡しながらつぶやいた。
「ああ……」
受け取って中身を喉に流し込んだ瞬間、アルコールの味がして、思いっきりむせてしまった。
「っげほっげほ! ……お前……これ……酒じゃねぇかよ」
むせながら文句を言うと、向井は自分も缶を煽りながら器用にウィンクをする。
「まぁ、いいじゃないか」
「お前のウィンクほど気持ち悪いのはないが……。まぁ、たまにはいいか」
そう言って俺も改めて缶を煽る。
そうして男二人で感慨にふけっていると突然、背後から美月の声が聞こえた。
「二人とも、何をしてるんです?」
その瞬間に、向井が目にも留まらぬ速さで美月に飛び掛り、一瞬で叩きのめされて踏まれている辺り、さすがとしか言いようが無い。
俺はとりあえず踏まれている向井を無視して、手にした缶を軽く振った。
「ま、ちょっとした打ち上げみたいなものだ」
「まったくあなたたちは……」
美月があきれたように腰に手を当てる(無論、向井を踏みつけながらだが)。
さすがに飲酒はまずかったかなと、今更ながら後悔する。
しかし。
「なぜ私も混ぜないんですか!」
「そこを怒るのか……」
美月は俺のツッコミを無視すると、ぷりぷり怒りながら俺が持っていた缶を奪って、一気に飲み干した。
俺が飲んでた奴なんだけどな……。
ま……、いっか。
その様子を下から見ていた向井が、なぜかこぼれずにいた缶の中身をすべて口に含むと、美月に向かって唇を突き出す。
「むむむ! むむむむむむむ!」
まったく何を言ってるのか分からないが、何をしたいのかは分かる。
多分、美月に口移しで酒を飲ませたいのだろう。
それを理解したのか、美月はにっこり笑いながら向井の頬を両手で挟む。
……お?
これはまさか受け入れるのか?
そう思っていた時期が俺にもありました。
期待に満ちた目をする向井の頬を挟んだ美月は、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「えい」
無理やり向井の首を横に向け(その際、《ぐきっ》という音が聞こえたのは気のせいということにする)、パンパンに膨らんだ向井の頬を押しつぶした。
すると、圧力を掛けられたことで、向井の口から酒が盛大に吹き出す。
それはもう、さながら噴水のごとく。
「ぶふぅ~~~~~~~~~~~~っ!」
向井の口から噴水が出なくなったことを確認した美月は、そのままにっこり微笑んで向井にその場に立っているように言うと、ゆっくり向井から離れ、ある程度距離が開いたところで猛然とダッシュ。
数メートル手前に来たところで思いっきり地面を蹴って飛び上がると、そのまま空中で身を捻って体を回転させながら、生み出された運動エネルギー全てを乗せた蹴りを向井に叩き込んだ。
「もぶろっ!?」
奇妙な悲鳴をあげて吹き飛んだ向井は、そのまま校庭中央に設置されたキャンプファイアの組み木(盛大に燃えている)に直撃。
まるでボウリングのピンを倒したかのような音を立てた。
「会長の愛が熱い!?」
そんなことを叫びながらすぐに立ち上がった向井は、そのままプールに飛び込みに行ってしまった。
「まったくもう……。向井は仕方ないですね」
呆れたように言う美月だけど、その顔が少し紅く見えたのは果たしてキャンプファイアの炎のせいだろうか?
素直じゃないね、二人とも……。
「何か言いました?」
美月が恐ろしい笑顔で訊いてきたので、俺は慌てて首を横に振って否定した。
◆◇◆
それから数日後の生徒会室。
俺、美月、向井の三人は横に並んで、今後生徒会を引き継ぐことになる後輩三人と対面していた。
これから、俺たちからこの後輩たちへ、生徒会役員を引き継がせるのだ。
美月が一度だけゆっくりと目を閉じた後、厳かに宣言した。
「それでは、これより引き継ぎを始めます。第五十六代生徒会会長候補、前へ……」
俺たちの前に並んだ三人の内、真ん中にいた女子がゆっくりと前に進み出る。
美月は、「生徒会長」と書かれた札を、その女子へ差し出す。
「一年間、見習いとしてよく頑張りました。今、これを受け取った瞬間から、あなたが新しい生徒会長ですよ」
にっこり微笑む美月から札を受け取った女子生徒は、涙ぐみながらもしっかり頷いた。
「…………はい。伊吹学園生徒会会長、謹んで拝命します」
「がんばってくださいね」
最後にそう励まして一歩下がった美月が、俺に目配せをしてくる。
俺はそれに頷き返した後、「副会長」と書かれた札を手に一歩前へ。
「第五十六代生徒会副会長候補、前へ……」
「はい」
右にいた男子生徒がしっかりと返事をして俺の前に立つ。
「お前もよく頑張った。生徒会副会長として、しっかりと生徒会長を支えてやれ。できるな?」
「無論です。任せてください」
しっかりと俺の目を見て返事をするそいつに、俺は満足しながら頷き、札を手渡す。
「伊吹学園生徒会副会長、謹んで拝命します!」
今にも敬礼しそうな勢いに苦笑しながらも、俺はくしゃりとそいつの頭を撫でてから下がり、向井に頷く。
向井も了解の意を示し、自分の札を手に前へ進み出る。
「第五十六代生徒会書記候補、前へ」
「……はい」
最後にメガネをかけた男子生徒が歩み出る。
「俺からお前に教えることはもう何もない。後は、自分自身で道を切り開いて行け!」
何だか、格好いいことを言いながら札を手渡す向井。
それに対して、その男子生徒は札を受け取りながらしっかり頷いた。
「はい。師匠。僕は師匠の教えを一生忘れません!」
え……何?
お前らいつの間に師弟関係になってたの?
思わずツッコんでしまいそうになるのを我慢する。
そうこうしている間に、向井から札を受け取った新書記は一歩下がると、勢いよく頭を下げながら宣言した。
「伊吹学園生徒会書記、謹んで拝命します!」
「うむ。精進せいよ」
何故か向井が偉そうに言って一歩下がった。
ともあれ、これで新生徒会への引き継ぎは終了。
ついに、俺たちはお役御免となったわけだ。
「さて、それじゃあ、先生たちに……」
報告に行くかと続けようとしたところで、今生徒会を引き継いだばかりの三人の様子がおかしいことに気付いた。
「……? どうかしたのか?」
俺がそう問うと、新生徒会の三人はお互いに顔を見合わせて頷いた後、「せーの」と三人で小さく呟き、次いで。
「「「二年間、お疲れ様でした!!」」」
そういいながら、いつの間にか用意していたクラッカーを俺たちに向けて鳴らした。
――ぱん! ぱぱん!
小気味いい破裂音と共に、リボンテープやら紙吹雪が舞い散る。
いきなりのことで反応できていない俺たちに、今度は三人から俺たちに何かが差し出された。
「……これは?」
いち早く我に返った美月が首を傾げると、新生徒会長が答えた。
「私達三人から、皆さんへのプレゼントです。今まで、本当にお疲れ様でした」
「「お疲れ様でした」」
中々憎い演出をしてくれる。
俺たち三人は苦笑しながらもプレゼントを受け取り、彼らの了解を得て開封した。
「まぁ!」
「へぇ……」
「こ、これは……!」
美月が嬉しそうに笑い、俺は感嘆の声を上げ、向井が無駄にオーバーリアクションで驚く。
美月へのプレゼントは、品のいいスカーフとブローチ。
俺のは、シックなデザインのメガネケース。
そして、向井のは…………エロ本だった。
「「………………………」」
俺と美月が、呆れた眼で新生徒会メンバーを見る。
それに対し、新生徒会書記が堂々と答えた。
「向井師匠へのプレゼントは僕が選ばせていただきました」
「「いや、ダメだろ(です)!」」
俺と美月のツッコミが同時に炸裂する。
何だか、新生徒会も先行きが不安だ。
~~おまけ~~
黒野「そうそう、お前に一つ、言い忘れていたことがある……」
新副会長「……? 何ですか?」
黒野「実はな、我が生徒会には一つ、伝統があってだな……」
新副会長「伝統……(ごくり)」
黒野「副会長は代々ツッコミをこなさなければならないのだ!!」
新副会長「……そんな伝統俺がぶっこわす!」




