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第52話 文化祭 2日目

 文化祭当日から少々時間を巻き戻して、時は文化祭準備期間中のとある日の放課後。


 この日、僕たち文芸部員の面々は、部活開始と同時に部長から出された議題に頭を悩ませていた。

 その議題とはつまり、「文化祭二日目での出し物について」。


 ホワイトボードにでかでかと書かれたその文字を背に、部長が重々しく切り出した。


「というわけだ。何か意見があるものは言ってくれ。ちなみに去年と同じと言ってくれるなよ? 去年と同じでは芸がないからな」


 今まさに言わんとしていたことを先回りで封じられ、僕は口を噤んだ。さてどうしようかと考えていた時、冨和ちゃんが不意に部長に訊いた。


「部長……、去年は何をしたんですか?」

「ああ、そうか。亜衣君は知らないんだったな。去年は客にお題を出してもらって、即興で三題噺を書いて、それを文集みたいにしたんだ」

「それなら、今年はb……」

「却下だよ!?」


 冨和ちゃんが何を言おうとしたのかいち早く察した僕が、強引に言葉を断ち切って却下する。

 冨和ちゃんはそれが不満だったのだろう、ジト目で僕を見てくる。


「先輩……、まだ何も言ってない……」

「言わなくても分かるよ。どうせ、BLって言おうとしたんでしょ?」

「………………………………そ……、そんなことない……」


 ふいっと目を逸らしつつ、冨和ちゃんがぼそりと答える。

 うん、目を逸らしてるし、すごい間があったからね!

 僕がツッコむと、冨和ちゃんは軽く舌打ちをして大人しくなった。


「はいはい! 私もやりたいことあります!」


 元気に手を上げながら六花が自己主張し、部長が指名する。


「それでは六花君。言いたまえ」

「私、メイド喫茶やりたい!」

「ふむ……メイド喫茶か……」


 六花の意見に、部長が少し考え込み、六花はというと、何故か僕と里井に視線を向ける。


「もちろん、文君と里井君もメイドさんをやるんだよ?」

「「またかよ!?」」


 六花の思わぬ提案に、僕と里井が揃って驚きの声を上げた。


「いやいやいやいや、六花さん、ちょっと待ちなさい!」

「そうだよ、粟飯原さん。それは流石に……」


 僕と里井が慌てて抗議するけど、部長が六花の案に納得してしまった。


「ふむ……、文隆君と直重君もメイドになると……。ありだな!」

「「なしですよ!?」」


 二人揃って部長にツッコむけど、どうも女子たちの中ではすでに決定事項らしい。

 こうして文芸部は全員がメイドとなってのメイド喫茶をすることになってしまった。

 何が悲しくて「萌え萌え~キュン♡」なんてやらないといかんのか……。

 うん!

 ないな!




◆◇◆




 そして準備期間を終え、文化祭二日目の今日。


「よし、諸君! 今日は気合を入れて頑張るぞ!」

 メイド服に身を包んだ部長が拳を天井に突き上げる。


「「おお~!」」


 同じくメイド服に身を包んだ六花と冨和ちゃんが、元気よくそれに応じる。

 一方の僕たちはといえば、この数日にわたる交渉の結果として何とかメイド服を免れ、その代わりに、美月家から借り受けた執事服に身を包んで、心底ほっとしていた。


 その後、二日目の開会式に出席した後、部室の最終チェックをして、午前九時。

 僕たちの戦いが始まった。


「ようこそお越しくださいました、お客様!」


 六花が元気よくお客さん第一号の二人組を中へ案内する。

 ちなみに、普段は雑然としていて手狭だった部室は、前日までにどうにかして片付け、整理し、それなりの広さを確保することができた。

 まぁ、本棚とかは動かしようがないのでそのままだけど。


 ともあれ、多少広くなった部室に並べられたテーブルの一角に客を案内した六花が、メイド服のポケットからメニュー表を取り出し、客に手渡す。


「こちらメニューです」


 六花の動作をほほえましそうに見た客たちは、渡されたメニューに視線を落とし、固まる。

 それもそのはず。我が文芸部のメニューは、文芸部らしさを全面に押し出したものとなっている。


 例えば、「銀河鉄道の夜《ビターチョコレートケーキ》」、「坊ちゃん(カレー)」、「走れメロス(グリーンサラダ)」、「シャーロック(コー)・ホームズ(ヒー)」のように、食べ物を文学作品からイメージして(といっても僕たち文芸部員の独断と偏見だが)表記してあるのだ。

 実際に出てくるメニューは普通のものだけど、頼むほうは、どんな物が出てくるのか分からない。

 ともあれ、六花がにこにこと笑いながら客の注文を待ち、客はますます困惑し、やがておずおずと注文した。


「それじゃあ、この「シャーロック・ホームズ」を二つで……」

「はい、「シャーロック・ホームズ」二つと……ホットとアイス、どっちにしますか?」

「「ホットとアイス!?」」


 六花の問いかけに、客たちが思わずといった様子で驚きの声を上げて、ひそひそと相談する。

 そして……。


「そ……、それじゃあ、アイスで……」

「アイス二つでっと……、他にご注文はありますか?」


 六花の問いかけに、ぶんぶんと首を横に振った客は、六花が離れた途端、額を突き合わせて何かを言っていた。

 多分、どんなメニューが出てくるのか話し合っているのだろう。

 そうしているうちに、六花が注文されたものを運んできて、テーブルに置いた。


「お待たせしました。「シャーロック・ホームズ」のアイス二つですね」


 それを見た瞬間、客がツッコんだ。


「「アイスコーヒーかよ!」」

「……ふえ?」


 なぜツッコまれたのか分からないといった様子できょとんとする六花。

 うん、気持ちは分からなくもないけど、ここはそう言うところだということを割り切ってもらう必要があるな。

 僕は六花のフォローをするために、客たちに歩み寄る。


「お客様。当店のメニューは全てこのようになっております。なので、出来ればツッコミはなしの方向でお願いします」


 できるだけ丁寧にそう言うと、客たちは渋々と言った様子ではあるけど、納得してくれたようだった。


「文君、ありがとう!」


 嬉しそうに微笑む六花の頭を軽く撫でる。


「気にするな。それよりもほら。他にも客が来てるぞ?」

「あ! 本当だ! いらっしゃいませ!」


 元気にかけていく六花を微笑ましく思っていると、里井がにやにやしていた。

 何だ気持ち悪い。

 僕は里井を無視して、客の応対をすることにした。




◆◇◆




 その後も、我が文芸部のカフェは意外な盛況ぶりを見せた。

 途中、生徒会メンバーが顔を覗かせて、何のためらいもなくメニューを頼んだ時には驚いたけど……。

 ちなみに、美月さんは「伊豆の踊子(かき氷)」、黒野さんは「銀河鉄道の夜」と「シャーロックホームズ」、向井さんは「オペラ座の怪人(トマトジュース)」を注文していた。

 あの人たち、実はどれがどのメニューなのか知ってたんじゃないか?


 ともあれ、生徒会の人たちが帰り、忙しさも少し落ち着いてきたときのことだった。


「なう~~~~」

『?』


 どこからか、猫の鳴き声がして、その場に居た全員が一斉に動きを止める。

 すると……。


「なう~~~~」


 また猫の鳴き声が聞こえ、全員がきょろきょろと辺りを見回す。


「でゅふふ……、猫、捕まえた」


 見つけたのは冨和ちゃん。

 慣れた手つきで後ろから抱きかかえ、頬ずりしている。

 猫が好きなんだろうか?

 ちなみにその猫は、虎柄でアーモンドみたいな大きな目をしているのが特徴だ。


「野良猫が迷い込んだのかな?」


 そう言いながら六花が手を伸ばして喉を撫でると、その猫は気持ちよさそうに目を細めた。

 そんな時だった。


「うわっ!?」


 客の一人が悲鳴を上げ、がたりと椅子から立ち上がる。

 僕が慌てて駆け寄ると、その客が座っていたテーブルの上に、一匹の亀がいるのが見えた。

 全体的には緑色をしていて、太い手足には鋭い爪がついている。しっぽは恐竜やゴ○ラのようなとさかがついていて、豚のような鼻と鋭い嘴をもつその亀は、客のテーブルの上でケーキを貪っていた。


「あの亀は……」


 騒ぎを聞きつけた部長が顔を覗かせる。


「心当たりあるんですか?」


 部長が僕の問いに頷く。


「あの亀は昨日、私のクラスのサファリカフェにもいた、カミツキガメだ。恐ろしく獰猛でかつ雑食。目の前の物には何でも噛みつく危険な亀だ。一部地域ではこれを食べることもあるそうだが……」


 部長の最後の言葉は聞かなかったことにして、とりあえず亀をどかそうと手を伸ばした瞬間だった。


「危ない!」


 部長が警告を飛ばし、僕が慌てて手を引っ込めると同時に、「がちん!」と音が響いた。

 見れば、カミツキガメが僕の手があった場所に首を伸ばして、がちがちと口を噛み合わせていた。


「気を付けたまえ。さっきも言ったが、この亀は獰猛なのだ。下手に手を出せば、指を食いちぎられるぞ」


 部長の言葉を聞いて、思わず血の気が引いてしまった。

 しかし困った。

 下手に手を出せないとなると、この亀をどう処理したらいいか。


 さてどうしようかと頭を悩ませていた、その時。


「あっ」


 冨和ちゃんが抱えていた猫が、突然冨和ちゃんの腕から飛び出し、猛然とカミツキガメに向かっていった。


「ふしゃ~~~~~っ!」


 威嚇をしながら、猫パンチを繰り出す猫。

 それに対して、カミツキガメは首を引っ込めることで回避、そのまま瞬時に首を伸ばして噛みつこうとする。

 しかし、そこは流石猫というべきか、素早いバックステップで回避して、両者はにらみ合った。


「ふしゃ~~~~~~っ!」

「がちん! がちん!」


 猫が全身の毛を逆立てて威嚇し、亀が口をがちがち噛み合わせて威嚇する。

 その光景をその場に居合わせた誰もが息を飲んで見守る中、水滴がゆっくりと床に落ちた。


 ――ぽたり


 その瞬間、両者が動いた。

 猫が全身のばねを使って一気に亀に跳躍、鋭い爪を振り下ろす。

 対する亀はというと、限界まで縮めた首を一気に伸ばしながら大口を開けてこれを迎撃する。

 両者の交錯は一瞬で終わり、互いに背を向けた状態でこう着する二匹。

 その数瞬後、猫の身体がゆっくりと傾いで、どさりと倒れた。


 その瞬間、成り行きを見守っていた観客たちの間で歓声が響き、カミツキガメを全員で胴上げする。

 カミツキガメも嬉しそうだった。


 まぁ、結局その後、警備のおじさんにカミツキガメと猫を引き取ってもらったんだけどね!


 とにもかくにも、その後は何とか平穏無事に営業することができた僕たちは、一日が終わるころにはぐったりと疲れ果てていて、打ち上げとかそれどころじゃなく、ふらふらと自宅に帰った。


 後日、件の猫とカミツキガメの決闘の様子が、ユーチュー○にアップされていたのをみた部長が思いっきりお茶を里井に吹きかけた。

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