第51話 文化祭当日(一日目)
演劇をするのがこんなに大変だとは思わなかった。
マンガやアニメとかだと、演劇の準備のシーンとかは省かれていたりするから分からなかったけど、やることがありすぎて本当に大変だった。
役者を決める傍ら、脚本からセリフと動作を起こして、衣装や大道具、小道具を作り、役者同士でセリフを読み合わせて、それに動きを合わせる。
特に僕たち文芸部の三人は、役者の演技に付きっ切りだった。
六花は役者がセリフや動きを間違えるたびに、嬉しそうに「カット!」って言ってたけどね。
ともあれ、本番前日に泊まり込みをして、どうにか道具も衣装も音響も役者の演技も形にすることができた。
そうして迎えた本番当日。
前日の泊まり込みで変なテンションになっていた僕たちは、その変なテンションのまま文化祭開会式に出席。
まぁ、結局全員開始五分で寝てしまって、先生に呆れたように起こされたんだけどね!
それはともかくとして、僕たちの演劇は午後から。
午前中はそれぞれ好き勝手に文化祭を楽しんで、最後の三十分くらいで通し稽古をすることにした。
「さて、どうしようか?」
空と楓は部活の先輩のクラスに行くというので、僕たち文芸部員三人で廊下をてくてくと歩きながら、問いかける。
「私、部長さんと亜衣ちゃんのクラスに行きたい!」
はいはいと元気よく手を上げる六花に苦笑した僕と里井は、それに賛成してまずは冨和ちゃんのクラスに向かうことにした。
◆◇◆
「冨和ちゃんのクラスはここか……」
教室の外に罹っていたクラスを示す札を確認した僕がそのまま視線を下に落とすと、普段の教室のイメージからかけ離れた、おどろおどろしい装飾がなされていた。
背の低い草に卒塔婆と墓石、そしてその周りに浮かべられた火の玉。
窓は黒い紙で目張りして外光が入らないようにしてあり、教室の入り口近くに置かれたラジカセから、「どろどろどろどろ」というありがちな音が流れている。
どこからどう見てもお化け屋敷だった。
「どうやら、彼女のクラスはお化け屋敷をやるみたいだね」
里井がぽつりと呟き、僕がそれに同意した直後。
「それじゃ、私は先に部長さんのところ言ってくるね」
そう言って踵を返した六花の襟首をつかむ。
「ぐえっ!?」
カエルがつぶれたような声を出して立ち止まる六花。
ところでカエルがつぶれたような声って本当にこんな声なんだろうか……?
うん、どうでもいいですね……はい。
僕がバカなことを考えている間にも、六花が文句を言ってくる。
「何するの、文君!」
「せっかく後輩が、文化祭で一生懸命やってるんだから、ちゃんと中を見ていかないと……」
僕がそう言うと、六花はぎくりと身を強張らせる。
「ででで、でもでも。ほら、亜衣ちゃんが中にいるとも限らないし、それに暗いから危ないよ?」
「はいはい。手作りのお化け屋敷だからそこまで怖くないって。だから一緒に中に入りましょうね。それに、冨和ちゃんにぜひ来てほしいとも言われてただろ?」
「い~~~~~~~や~~~~~~~~!」
言い逃れしようとする六花を引き摺って、中に入る。
途端、生暖かい空気が頬を撫でる。
恐らく加湿器を使ってるんだろうけど、中々本格的だった。
本気で怖がる六花が、僕のシャツをつかんで離さないので歩きにくいけど、とりあえず好きにさせて先に進む。
そうして少し歩いていると、すぐ側から「でゅふふふふふ……」という不気味な、だけど聞き覚えのある特徴的な笑い声が聞こえてきた。
……冨和ちゃんかな?
そう思いながら近づいていったその時。
僕の耳元で低い男子の声が聞こえた。
「はぁはぁ……、ぐふふふ……。獲物だ……。掘りたい……」
背筋がぞくりとして振り返ると、そこには危ない顔で僕と里井を見るひとりの男子生徒がいた。
その男子生徒はにやりと笑うと、ル○ンダイブを決めながら跳びかかってくる。
「ほもぉ~~~~~~っ!」
「「ひぃっ!?」」
身の危険を感じた僕と里井が、とびかかってきた男子生徒を叩き落として、六花を小脇に抱えると、一目散に出口に向かってダッシュした。
「「はぁ……、はぁ……」」
冨和ちゃんのクラスのお化け屋敷に並ぶ客たちが、何事かと僕たちを見るのも気にせずに息を整えながら、ゆっくりと後ろを振り返る。
「追いかけてこないよな?」
「た……、多分大丈夫だと思う……」
「それにしても……」
「うん……」
僕と里井は互いに顔を見合わせて同時に呟いた。
「「なんて恐ろしいお化け屋敷だ……」」
後で冨和ちゃんに説教しておこう。
「文君、降ろして!」と抗議する六花を降ろしてちらりと時計を確認するけど、集合時間まではまだまだ余裕があったので、今度は部長のクラスの出し物に行くことにした。
階段を上り、三年生のフロアを通って部長のクラスに向かった僕たちは、そこに立ててあった看板を見て首を傾げる。
「さふぁりかふぇ?」
六花が読み上げて、僕に訊く。
「去年の私達みたいな着ぐるみを着てやるのかな?」
「どうだろう……」
ともあれ、悩んでい邸も仕方ないと思い直した僕たちが中に入ろうとした途端……。
「おや、よく来たな」
部長が姿を現した。
しかし、その姿は六花の予想を裏切って、普段の制服のままだった。
一通り軽く挨拶をした後、僕は疑問をぶつけてみた。
「ところで部長、この「サファリカフェ}というのは? 見たところ、去年の僕たちがやった「着ぐるみカフェ」みたいなものでもなさそうですが……」
部長は僕の問いに、意味ありげににやりと笑った。
「まぁ、中に入ればわかるさ」
そう言って、僕たちを中に入れようと手招きをする。
僕たちは顔を見合わせた後、ゆっくりと教室の入り口をくぐり、そこで唖然とした。
きっちりと敷き詰められた人工芝の上を、犬や猫が走り回り、そのすぐ隣では「ワシントン条約? 何それ? 美味しいの?」とばかりにホワイトタイガーが大きく口を開けて欠伸をしている。
さらに、教室のあちこちに植えられた樹には猿やリス、フクロウやキツツキ、何故かオオワシ、鷹、コンドルまでいた。
そんな動物園みたいな場所の中央にはいくつかのテーブルが置かれ、何人かの人たちがおっかなびっくりお茶をしていた。
入り口で固まる僕たちを振り返った部長がにっこりとほほ笑みながらこう言った。
「ようこそ、サファリカフェへ!」
それに対して、僕たち三人が一斉にツッコんだ。
『本物かよ!』
「何を言う。当たり前じゃないか。本物を使ってるからこそ、「サファリカフェ」と命名したのだよ」
当たり前のことのように言う部長にツッコむのを止めた僕たちは、素直に部長に従って席に着いた。
その際、ニシキヘビを踏みつけた里井が絞殺されそうになったけど、それはまぁいいや。
とにかく、さっさとこの場を離れようと、簡単な注文だけをしてから、改めて辺りを見回す。
足元をゾウガメが歩き、ビニールプールの中ではカミツキガメがのんびりと泳いでいるその光景に、頭を抱えてしまう。
よくこれを許可したな生徒会……、ああ、そうか。美月さんなら許可しかねないか。
あの人もこういうの好きだし……。
おそらく許可を出したのだろう生徒会のメンバーを思いだして、もう一度ため息をついた。
そうこうしているうちに注文したコーヒーが出てきたので、僕たちは長居は無用とばかりに一気に飲み干して、早々に部長の教室から退散することにした。
「おいおい、何もそんなに急ぐことないだろう」
部長が僕たちを引き留めようとする……。
だけど。
「すいません、部長さん」
「僕たち、この後、演劇の最終チェックがあるので」
「部長もよかったら見に来てくださいね」
口々に断って、早々に退散した。
その際に、六花がゾウガメにつまずいて目の前に現れた蛇に悲鳴を上げたのは別の話。
◆◇◆
部長の教室から戻って、演劇の最終チェックを終えた僕たちは、出番に向けて講堂の舞台裏で待機していた。
役者たちは皆、謹聴した顔をしていたし、音響や照明係もチェックに余念がない。
そんな中、進行係の生徒に「スタンバイしてください」と告げられ、クラスメイト達の空気がぴんと張りつめる。
その緊張感を見かねたのか、クラス委員が皆に円陣を組むように言う。
そして、全員が輪になったところで、クラス委員がこう言った。
「今までやれることは全部やってきた。後は自分たちを信じるだけ。客を楽しませよう思うな! 自分たちが楽しめ!」
その言葉で、全員の顔が引き締まる。
そして……。
『次は、二年三組による演劇です』
場内アナウンスが流れ、それに合わせるようにクラス委員が円の中心に手を差し出し、その上に次々と皆が手を重ねていく。
「よし! 行くぞ!」
『応!』
そして舞台の幕が上がる。
僕たちのクラスの演劇の大まかな内容は、母親の精神的虐待で声を失った主人公の少女が祖父母のところに預けられ、そこで祖父母や兄に助けられながら様々なことを学んで成長し、その後、転校先での友達や家族の苦難をともに乗り越えていくという、家族をテーマにした物語だ。
そして今、舞台上ではクライマックスの、主人公の誕生日を友達や家族と一緒に祝うシーンになったところだ。
ここまではトラブルもなく順調だった。
このまま何事もなく終わってくれ……。
僕の願いが通じたのか、最後に役者全員で舞台に並んで観客に向かって頭を下げ、観客席から拍手が沸き起こる。
よかった……、無事に終わった……。
と思ったのも束の間。なんと、片方の緞帳が閉じないというトラブルが発生。
しかし、そこへ何故か照明のそばにいた六花が機転を利かせて幕を開閉するためのひもを掴んで飛び降り、無事に幕を閉じることができた。
「よくやったな、六花」
教室に戻った僕たちは、意外な活躍をしてくれた六花を褒めた。
六花が嬉しそうに笑う中、六花の希望でバイキングの店に打ち上げをしに行くことになった。
その後、バイキングで食べ過ぎて、出入り禁止を喰らったのはまた別の話。




