第48話 そうだバイトをしよう(後編)
「いってきま~す」
玄関で静かにそう声を掛けてから、僕は家を出た。
いよいよ今日はアルバイトの日。
初めてのバイトだからだろう、僕は朝からずっと緊張しっぱなしだった。
ラジオ体操から戻る途中で眠そうにする小学生とすれ違い、集合場所へと向かっていると、六花から電話がかかってきた。
『もしも~し、文く~ん、起きてる?』
どうやら、僕が寝坊してないか心配して、モーニングコールを掛けてきてくれたようだ。
ありがたい話ではあるけど、なんとなく子ども扱いされている気もするので、とりあえずボケておこう。
「……お客様のおかけになった番号は現在使われておりません。恐れ入りますが、番号をお確かめの上、もう一度、里井に嫌がらせの無言電話を掛けてからお掛け直しください」
『斬新な電話案内だね!? というか、文君だよね!?』
「ボクだよボク、ボクボク」
『……? オレオレ詐欺?』
「ボクだよ! ポン・チョイミンだよ!」
『誰!?』
「説明しよう! ポン・チョイミンとはベトナム人ながら中華料理界の権威とも言われる悪の大幹部なのだ!」
『めちゃくちゃな人だね!』
六花が電話の向こうで大きく息を吐く。
『とにかく、文君が起きてるならいいや。じゃあまた後でね』
そう言って電話を切ってしまった。
一方の僕はというと、六花をからかったことで多少緊張が解れ、心の中で六花を褒めておいた。
そうしてしばらく歩いて集合場所にたどり着くと、すでに里井と美弥子が来ていた。
美弥子は、白いワンピースと、同色のサンダル、そして頭には大きめの麦藁帽子をかぶって、手に大きな風呂敷に包まれた何かを持っていた。うん、可愛らしくてよろしい。
「おはようございます、文隆さん」
「おはよう」
控えめにぺこりと頭を下げる美弥子に軽く挨拶を返す。
「やあ、おはよう、西村君」
里井はといえば、相変わらず胡散臭い笑みを浮かべている。
僕は「おう」とだけ返して、ちらりと時計を確認する。
バイト開始まで残り三十分。
移動に十分取られることを考えると、残り時間はあまり無いんだけどな……。
「後三人はまだ来てないのか……」
なんとなくぼやいたときだった。
「文君! どーん!」
「ぬおっ!?」
僕の背後から六花に思いっきり体当たりをされて、僕は体勢を崩した。
「おっとっと……」
何とか体勢を立て直そうしたそのときだった。
「文隆、おはよう!」
背中を思いっきり空に叩かれる。
「うわっ!?」
完全に体勢を崩した僕は、そのままちょうど目の前にいた里井に思いっきりぶつかった。
その結果、視界一杯に里井の顔が映し出され、口が何か柔らかいもので塞がれた。
『あっ』
空は頬を引きつらせ、楓はニヤニヤ笑い、六花と美弥子にいたっては、顔を真っ赤にしながら目を手で覆い隠し、その隙間からちらちらと僕たちを見ている。
「っ!?」
ようやく事態を飲み込んだ僕は、急いで里井から離れ、唇をものすごい勢いで擦ると、がっくりと膝をついた。
正に絵文字で言うところの「orz」ってやつだ。
「初めてが……男……。こんなことが……」
僕が物凄い勢いでへこんでいると、空が同情するように僕の肩に手を置く。
お前の優しさには感謝するけど、原因の一端を作ったのはお前だからな!?
「男同士なんだからそんなに気にしないでも……」
里井が特に気にした様子もなく言う。
「男同士なんだから気にするだろう。女子はどうか知らないけど、男子は普通、男同士のキスなんてしたくもないんだよ。気持ち悪い」
「そういうものかねぇ……」
まったくわからないと言わんばかりに肩をすくめる里井を指さして、僕は美弥子に話を振る。
「美弥子、許嫁があんなこと言ってるけど?」
「私はもうあきらめました。あの人は昔からああなので……」
「苦労してるんだな……」
「分かってもらえて悲しいです……」
僕と美弥子が里井のことを憂いていると、六花がわざとらしく声を上げた。
「あ~っ! もうこんな時間だよ! 早くしないとバイトに遅れちゃうよ!」
若干セリフが棒読みだったのが気になるけど、それは置いておいて、確かに急がないとやばそうだ。
僕はさっきの問題を一時棚上げにして、急いでみんなと一緒にバイトをする場所へ走った。
◆◇◆
「えっと……、西村君、里井君、季高君、粟飯原さん、九条さん、それに松本さん。以上六人でいいわね?」
現場監督のお姉さんが僕たちに確認を取ってきて、僕たちはそれに頷く。そこで、その現場監督のお姉さんが戸惑ったように六花に注目する。
「えと……、ちょっと確認したいんだけど……粟飯原さん?」
「……? 何ですか?」
「一応確認するけど……、あなた高校生よね?」
言われた瞬間、六花はショックを受けたような顔をする。
それを見てお姉さんが慌てて謝る。
「ご、ごめんなさいね! その見た目が……ちょっと……その……」
「ちっちゃくないよ!」
六花が涙目で訴える。
「え? あ、そ、そうよね、ごめんなさい」
お姉さんがさらに謝ると、六花は「ちっちゃくないもん!」と叫びながら僕の後ろに隠れ、お姉さんを睨みあげた。
戸惑うお姉さんに、僕からフォローを入れる。
「あ~……、すいません。こいつには後で言って聞かせますので、説明をお願いできますか?」
お姉さんはまだ少し戸惑っていたけど、少しして気を取り直したのか、バイトの詳しい説明をしてくれた。
そうして説明を受けた後、早速配置について、アルバイトが始まった。
――ぶぉおおん
――かしゃっ
――ぶぉおおん
――かしゃっ
目の前を車が通過していくたびに、手元のカウンターを一つ押す。
思った以上に簡単で退屈なバイトだった。
他の皆はどうだろうと気になった僕が、ちらりと交差点の反対側に視線をやると、僕の視線に気づいたのか、六花が大きく手を振る。
うん、張り切ってるのは分かるけど、真面目に仕事しような、六花。
ほら、また車が通過したぞ?
僕が何とかそれを伝えようと身振り手振りで怪しげなダンスを踊っていると、突然、僕の携帯に六花から着信が入る。
「もしもし?」
『もしもし、文君? 何で踊ってるの?』
「六花さんが車をカウントしてないからそれを伝えようとしたんですよ!?」
『なんだ……つまんないの……』
「つまんなくて結構だから、真面目に仕事しなさい」
『はぁい』
そう言って電話が途切れたので、こっそりと様子を伺うと、今度は真面目に仕事をしているようだった。
うんうんよしよし。
さて、僕も真面目に仕事しようかな。
そう思って手元に目を落とした時だった。
僕の横からにゅっと手が伸びてきたかと思うと、僕の膝の上のカウンターを一度回した。
「…………ん?」
ゆっくりとその手を辿っていく。
「ぶ、部長!?」
部長がいつの間にか僕の隣でカウンターを回していた。
「やぁ、文隆君。君たちは(かしゃっ)こんなところで(かしゃっ)一体何を(かしゃっ)して(かしゃっ)いるんだ?(かしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃっ)」
部長、その前に喋りながらカウンターを回さないでください!
というか連打しいないでください!
とりあえず、なおも連打しようとする部長の手を掴んで止める。
「ちょっと夏休みに! お金を使いすぎたので! バイトをしてるだけです!」
なおもカウンターに手を伸ばそうとする部長を阻止しながら説明する。
「そうなんですか?」
誰かの声と共に僕の背後からにゅっと白い手が伸びたかと思うと、カウンターをひょいと取り上げた。
慌てて振り返ってみれば、そこにいたのは美月さんだった。
美月さんは僕が見ている前でカウンターの端っこを部長に持たせると、
「「勝負!」」
とか言い出して、二人で連打し始めたので僕は慌てて取り上げる。
「やめてください! やるなら里井の方へ行ってください! 仕事ができないじゃないですか!」
僕が文句を言うと、去り際に「しっかり励めよ」という言葉を残して部長と美月さんは渋々と言った様子で離れていった。
それをため息をつきながら見送った僕は再度、カウントを再開させた。
それからしばらくして、休憩を挟んでから仕事を再会し、更に数時間後にお昼休憩を取ることになった。
全員で近場の公園に移動して、里井がレジャーシートを広げると、その上に美弥子が持ってきていた包みを広げた。
出てきたのは何段にも重ねられた重箱で、その中に色とりどりのご飯やおかずが所狭しと並べられている。
「皆様のお口に合えばいいですが……」
不安そうに言う美弥子に対して、僕たちは一斉に箸を伸ばすと「いただきます」と唱和した後、それぞれの口に含んだ。
そして。
『うまい(美味しい)!』
一斉に感想を言う。
それを聞いて顔を華やがせた美弥子は、にっこりほほ笑んだ。
「たくさんあるので一杯食べてくださいね!」
実に嬉しそうに言った。
その言葉を受けて僕たちはどんどん箸を伸ばしていく。
古風な味付けながらも、絶妙に加減されていて、どれもが本当においしかった。
それからしばらくして美弥子お手製のお弁当を食べつくした僕たちは、昼休憩が明けるまで思い思いに過ごす。
六花は美弥子と一緒に公園に来ていた鳩を追い掛け回し、里井はそれをにやけながら見る。
僕、空、楓はというとその場に寝転がって、空に流れる雲を見上げていた。
「(一……、二……、三……、四……、五……)」
『…………はっ!』
ゆったりとした雲が視界を横切るたびに、無意識に親指が動いて雲をカウントしていて、僕たちは苦笑した。
そうこうしているうちに、仕事が再開。
今度は特に邪魔が入ることもなく、真面目にカウントできたけど、お腹一杯の昼下がりなだけあって、睡魔との真剣勝負だけは避けられなかった。
そうして眠気と戦いながら過ごすこと数時間後。
どうにか無事に一日目を終えることができた僕たちは、安心しながら監督役のお姉さんの下へと戻る。
「今日はお疲れ様でした。明日もよろしくね」
現場監督のお姉さんに見送られて、意外に疲れた体を引き摺りながら帰宅した。
そして翌日、雲やハトをカウントする癖がついてこまってしまったけど、それ以外は特にトラブルもなく無事に何事もなくバイトを終えることができた僕たちは、現場監督のお姉さんから給料をもらって、ほくほく顔で帰宅した。
後日、初めてのバイトで手に入れたお金で、家族に夕食を奢る羽目になってしまって、給料の半分が持っていかれてしまった。
おお、もう……。
~~おまけ~~
文隆「そういえば部長」
部長「どうかしたのかな?」
文隆「いえ、これは作者から聞いた話なのですが、今回僕らがやったバイトのネタは、某JKが軽音部をする漫画からきてるらしいです」
部長「ああ、道理で……。作者はオタクだからな……。その辺の知識は基本的にそういう漫画やアニメに偏るのだろう?」
作者「普通にバイトもしたことありますから! そんな暖かい目で見ないで!?」




