第43話 模試
先日の進路希望調査から数日後。
すでに夏休みに入っていた僕が家でのんびりしていると、いきなり学校から呼び出しがかかった。
別に僕が何かしたわけでもないし、何か特別なことを請け負っているわけでもないので、呼び出されるいわれは無いはずなのに……。
そう思いながら、とりあえず制服に着替えて学校に向かうと、校門の前でばったり空と楓に出会った。
「あれ? 二人とも部活か?」
僕がそう訊くと、二人はそろって首を横に振る。
「いや、俺達は学校からいきなり呼び出しがかかったんだ」
「なんだろうな……。別に呼び出されるようなことはしてないはずだが……」
「一体なんだろうな……。何か事件でもあったか?」
僕たちは首を傾げながらも校門を潜り、指定された僕らの教室に向かう。
奇妙な静けさが満ちる廊下を進んで教室のドアを開けると、そこにはすでに六花と里井の姿があった。
「あ! みんな!」
「やあ、おはよう」
二人がにこやかに声を掛けてくるので、とりあえず僕たちも挨拶を返した後、教室を見回してよりいっそう疑念が深まった。
何せ、教室には僕たち五人以外誰もいなかったのだ。
「一体どういうことなんだ……?」
僕達がわけもわからずにいると、少しして沙条先生が姿を現した。
「よし、全員揃ったな? それじゃあ席に着け」
いきなりそんなことを言い出した先生に、僕が待ったを掛ける。
「先生、まずはどういうことなのか説明してください」
先生は面倒くさそうな目を僕に向けるが、やがてため息をつくとしぶしぶといった様子でわけを話し始めた。
「実はな、今まで現代文を担当していた先生が産休を取ることになってな。それで私にお鉢が回ってきたわけなんだが、新学期早々テストをしろと教頭が言うんだ。面倒だから断ろうとしたんだがな、どうしてもとうるさいから仕方なくテストをやることにしたわけだ。だが、ここで問題が発生した。私は今までテストを作ったことがなくてな。お前達が試しに解いてみて、どういう風にしたらいいのかお前達に意見を聞かせてほしくて、今日集まってもらったというわけだ」
先生の話を聞いて、僕たちは思わず唖然としてしまった。
「先生…………、その問題を僕達にやらせていいんですか?」
僕がそう問うと、先生は胸を張って答えてくれた。
「問題ない! これは一年にやらせるテストだからな!」
「さいで……」
僕たちはもう何も言うまいとあきらめて、さっさと自分達の席に着いた。
「さて、それじゃあ早速テストを始めようと思ったんだが……」
先生が額を押えながら教室の一番後ろに注目した。
「向井……、なぜお前がここにいる?」
『えっ!?』
僕達が驚いて後ろを振り返ると、確かに一番後ろに向かいさんが座っていて、にこやかな笑みを浮かべていた。
いつの間に……。
おそらく、これが僕達の共通する思いだ。
それは先生も同じ思いなのだろう、盛大にため息をついた。
「お前を呼んだ覚えは無い。すぐに出て行け」
「いやです!」
きっぱり断る向井さんに、先生が頬を引きつらせながら問い重ねる。
「なぜだ?」
「今日は先生に罵ってもらいたくて学校に来たんです。なのに、まだ罵ってもらってないまま帰れないです!」
きりっとして格好良く言い放つ向井さんだけど、言ってる内容はアレだった。
先生はため息を盛大についた後、
「よし、それじゃあお前ら、今から配るぞ~」
向井さんを無視してテストを配り始めた。
「放置プレイ!? 寂しい! けど新しい何かに目覚めそうな予感!」
向井さんが何故か悶える。……ダメだこの人。早くなんとかしないと。
僕はとりあえず黒野さんにメールで連絡すると、配られたテストをざっと眺める。
書かれていた問題は、意外というべきか、かなりまともに作られていた。
誤字脱字が多いのは気になるけど。
向井さん以外にテストを配布し終えた先生が、一度僕達を見回した後に合図を送った。
「制限時間は大体三十分くらいでいいだろう。それじゃあ、始めてくれ」
それを合図に、後ろのほうで悶えている向井さんはとりあえず僕達も無視することにしてテストを始める僕達。
そんな中、僕は空に目で語り掛ける。
「(空……分かってるよな?)」
「(ああ、わかっているさ文隆)」
僕たちが頷いていると、楓と里井も視線での会話に参加してきた。
「(面白そうだな。私も一枚噛もう)」
「(それじゃあ僕も)」
ちなみに、六花はといえば、僕らの飛び交う視線には気付いていたようだが、理解はできていなかったらしい。
「???????」
しきりに首を傾けていた。
それはともかくとして、一瞬のアイコンタクトで意思疎通を図った僕たちは、そのまま目の前のテストに集中することにした。
そうして皆が黙ってテストを解き続けて少ししたころのことだった。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
『………………………………』
後ろからすごく荒いというか、エロいというか、そんな息遣いが聞こえてきた。
できるだけそれを無視していたけど、その息遣いは徐々にエスカレートしてくる。
「はぁはぁ……、放置プレイ……。これはこれで中々……。構ってもらえない切なさとかがなんともいえない快感に……」
『………………………………』
「ああ! 俺は今! 新たなる変態の境地に至った! さぁ皆! 俺を存分に無視してくれ!」
『気持ち悪いからいやです!』
全員からツッコまれて興奮する向井さんに、先生がとうとうキレた。
先生はどこからとも無くロープを取り出すと、向井さんをぐるぐる巻きにする。
「ああ! いい!」
悶える向井さんを無視してロープを巻きつけた先生は、そのまま向井さんを担ぎ上げると、校庭に面する窓を開け放ち、そこから身動きの取れない向井さんを放り投げた。
……ってここ三階ですけど!?
いくら向井さんでも落ちたら死にますよ!?
驚く僕達をよそに、先生はロープの端をすばやく掴むと、そのまま窓枠に縛り付けた。その結果、校舎から宙ぶらりんにされる向井さん。
先生は満足げに手を払うと、何食わぬ顔でつぶやいた。
「よし、静かになったな」
先生……それはいくらなんでもやりすぎなんじゃ……。
そう言おうとした僕を、先生が鋭くにらみつける。
「何か文句でもあるのか?」
「イエナンデモアリマセン」
僕は慌ててテストに戻った。
◆◇◆
そして三十分後。
「よし、テスト終了だ」
先生の合図で手を止めた僕たちは一斉に大きく息を吐いて、解答用紙を先生に渡す。先生は解答用紙を受け取りながら訊いてくる。
「それで? 何か気づいたことはあったか?」
「とりあえず誤字脱字が目立ちました」
「うぐっ」
「使い方を間違っている表現もありましたね」
「あうっ」
「正解が無い選択肢がちらほら……」
「がふっ」
「もうちょっと自分でも見直したほうがいいですよ?」
「げふっ」
「まだまだですね」
「うぼぉっ」
僕達がダメ出しすると、先生がどんどんへこんでいって、ついにはがっくりと膝をついて項垂れたと思ったら、いきなり幽鬼のようにゆらりと立ち上がって笑い始めてしまった。
「ふふふふふふふふふふ……………はははははははははははは………」
先生が壊れた!?
僕達がほほを引きつらせながら動向を見守っていると、
「やってられるか~~~~~~~~~~~~っ!」
そう叫んで僕達の解答用紙をわしづかみにすると、そのままどこかへ走り去ってしまった。
『………………………』
「……とりあえず、ファミレスにでも行こうか?」
『……賛成』
里井の提案に乗って、僕たちは学校を後にして近所のファミレスに向かった。
…………あれ? 何か忘れてるような……? なんだっけ?
「文く~ん! 早く行こうよ!」
「今行く!」
…………ま、いっか。
一方その頃、校舎に宙吊りにされながら、生徒会書記――向井貴理斗はさめざめと涙を流していた。
「お~い……誰か降ろしてくれ~」
叫んでみたけど、誰からも何の反応も無い。
「酷いや皆。俺を忘れるなんて……。でも、それもまた気持ちいい!」
彼はどんどん道を踏み外していた。
後日、僕たちは再び先生に呼び出されていた。
「で? なんで僕たちはまたテストを受けることになってるんですか?」
六花を除いた四人を代表して僕がそう問うと、先生は額に筋を浮かび上がらせながら、ぎろりと僕らをにらむ。
「お前たち、この間のテストでわざとボケただろう。だからやり直しだ」
『え~』
「やかましい。いいからさっさとしないと、この間の向井みたいに宙吊りにするぞ」
『いえす・まむ!』
さすがにあんな目には遭いたくないので、今度はまじめに受けることにした。
~~おまけ~~
文隆「…………っていうことがあったんですよ」
部長「ほう? 先生が作ったテストの模試か……。面白そうだったのに、なぜ私を呼ばなかったんだ?」
文隆「いや、先生も部長を呼んだら確実に回答をボケると分かったからじゃないですか?」
部長「とんだ言いがかりだな。いくら私でもそう簡単にボケるわけがないじゃないか」
文隆「まぁ……普通に考えてそうですよね……」
部長「うん、まぁやっぱりボケるんだけどね!」
文隆「そんなこったろうと思いましたよ、こんちくしょう!」




