第42話 進路希望
夏休みも間近に迫ったある日のこと。
僕達二年生は、たった今配られた紙で頭を悩ませていた。
「それじゃあ、それ、今週一杯が提出期限だからな~」
気だるげに、そういい残して去っていったのは沙条先生。
先生は、なにやらぶつくさと文句を言いながら、次の教室へ向かっていった。
途端、ざわざわと騒がしくなるクラスメイト達。内容はもちろん、目の前の紙きれについて。
「ねぇねぇ、どうする?」
「俺、私立で行きたいところあるんだ!」
「俺は総理大臣になる男だ!」
「私はアイドルになって、SM○Pにあうんだ!」
和気藹々と、自分達の将来を語るクラスメイト達。
そう、今僕達に配られたのは進路希望調査の紙。
なぜそんなものを沙条先生が配ったかといえば、理由は簡単。
先生が僕達の進路指導教諭とやらに任命されたかららしい。
あの人がそんなものに就任して、本当に大丈夫かと思わなくも無いけど、それはおいておくとして……。
「進路か……」
天井を仰ぎながらポツリとつぶやくと、早速六花が近寄ってきた。
「文君……、何か考えてる?」
興味心身とばかりに聞いてくる六花に、僕は首を振った。
それで僕の答えを理解したのだろう、六花はがっくりと肩を落とす。
「だよねぇ~」
「そういうお前は?」
僕が逆に問うと、六花は苦笑いを返した。
なるほど。
つまり、お前も決まってないから僕に聞きにきたということか。
「えへへ~」
六花がごまかし笑いを浮かべていると、空がやれやれとばかりに口を挟んだ。
「お前らな……、もう二年の夏だぞ? そろそろ進路も考えないといけないときだろう?」
「それはそうだけどさ……。正直に言えば考えたことなかったよ。まだまだ先のことだと思ってたから……」
「ま、進路は早く決めておいて損は無いさ」
「その口ぶりだと、お前はもう決まってるみたいだな?」
「まぁな」
空がひらひらと自分の用紙を振るので、僕はそれを取り上げて六花と一緒に覗き込む。
すると、そこには有名大学の名前が書かれていた。
「へぇ……、お前はそこに行くのか……」
「ああ、ちょっとそこでやりたいことが見つかったからな」
「そうか……」
空がすでに自分の進路を決めていたことに驚いていると、六花がくいっと僕の袖を引っ張る。
「ねぇねぇ、文君……。皆、卒業したら別々になっちゃうの?」
そう問う六花の顔は少し寂しそうだ。
僕はゆっくりと頷く。
「そうだな……。そうなるかもしれないな……」
「そんなの寂しいな……」
「そうだな……。だけどな、それはまだ先のことだ。僕達が今すべきことは、この紙の空白をどうにか埋めて、沙条先生に提出することだ」
僕の強引とも言える誤魔化しに、六花はまだ納得していなさそうだったけど、やがてしぶしぶと自分の紙に視線を落とした。
さてさて、僕も早めに書かないとな……。
◆◇◆
それから数日後。
「なんで書けないんだよ!」
「私もまだ終わってないよ!」
部室で進路希望用紙を前に頭を抱える僕と六花。
里井はそれを余裕の笑みで見守り、冨和ちゃんは何のことか分からないとばかりにきょとんとし、部長が呆れたような顔をする。
「君たちはまだ出せてなかったのか?」
「そんなこと言われても……。そもそも将来のことなんて分からないですよ……」
「私もです……」
六花と一緒に机に突っ伏す。と、視界に里井の顔が写ったので、なんとなく訊いてみる。
「お前はもう出したのか?」
里井が頷いたのを見て、僕はますます頭を抱えた。
困った……、本気で困った。
こうなったら先人の知恵を借りようと思い立ち、身体を起こしながら部長に訊いてみた。
「部長は何て書いて出したんですか?」
「私か? 私はほら……、すでに作家としてデビューしてるからな。卒業したら作家に専念しますと書いて出したさ」
全然参考にならなかった!
僕と六花がうだうだ悩んでいると、部長がため息をつきながら訊いてくる。
「そんなに悩むものなのか? そもそも君達は将来やりたいこととか、やってみたいことはないのか?」
「あったら苦労しないですよ……」
「同じく……」
「そうか……。まぁ、進路に悩めるのも今の内だ。せいぜい頑張りたまえ」
そう言って部長は自分の作業に戻ってしまった部長を少しだけ恨めしい視線を送ってから、もう一度白紙のままの進路希望調査書を見つめた。
さてさて……どうしようか……。
そうして僕と六花が再び悩み始めた時のことだった。
部室のドアを誰かが勢いよく開け放った。
「生徒会書記だ! 大人しくしろ!」
現れたのは向井さんだった。
向井さんは、そのままずかずかと部長に歩み寄ると、書類を突きだしながら大声で宣言した。
「五十嵐! 貴様に会長から書類を渡すように頼まれたぁっ!!」
「やかましい!」
いらっとした部長が、思いっきり向井さんの頭を殴りつけると、そのままぐりぐりと踏み始める。
「貴様は普通に入って普通に渡すことができんのか!?」
「ああ! 痛い! 痛いけど気持ちいい!」
「この真性変態め! 貴様なんぞこうしてやる!」
「ああ~! ありがとうございます!」
全体重を乗せて思いっきり踏みつける部長の足元で恍惚の笑みを浮かべる向井さん。
その光景をもはや見慣れた僕たちは、特に気にすることなく自分の作業に戻った。
それからしばらくして、満足した部長から解放された向井さんが、部長に件の書類を渡した後、ふと僕の手元を覗き込んだ。
「お、進路希望調査か……。懐かしなぁ……。まだ決まってないのかな?」
僕と六花が頷くと、向井さんはしたり顔で頷いた。
「俺も散々悩んだなぁ……」
「向井さんは何て書いたんですか?」
「俺か?」
向井さんがにやりと笑うと、部長が何かを思い出したのか、苦い顔をしながら忠告する。
「聞かない方がいい」
その言葉で何となく嫌な予感がした僕が、慌てて向井さんを止めようとしたけど、それよりも早く、続きを話した。
「俺はな……、「とにかくなんでもいいから罵られる仕事がしたい!」と書いた!」
ばばんと胸を張って誇らしげな顔をする向井さん。
部長はため息をつきながら額を押さえ、里井は微笑を崩さず、僕と六花、冨和ちゃんはというと、呆れるような目で向井さんを見た。
それを受けて、向井さんは何故か悶える。
「ああ……、詰られたりするのもいいけど、冷たい目で見られるのもまたいい!」
駄目だこの人早く何とかしないと……。
部長も、僕と同じことを考えたらしい。
「いいからさっさとお前は帰れ!」
怒鳴りながら向井さんを蹴飛ばして部室から追い返した。
部長はパンパンと手を払うと、僕と六花を振り向いてこう言った。
「二人とも……、ああは絶対になるなよ?」
「「いや、さすがにあれはないですよ」」
それに対して、僕と六花は声をそろえて否定した。
そうこうしている間にも、時間はどんどん過ぎていく。
そして未だに白紙を前に、僕たちがうんうん唸っていると、タイミングよく沙条先生が部室に顔をだした。
「うぃ~っす。コーヒーを飲みに……って、お前ら……」
明らかにサボるために来たのだろう先生が、僕と六花の白紙の進路希望調査用紙をみてため息をつく。
「何だお前ら……。まだ書いてなかったのか? 早くしてくれよ? 私の仕事が終わらなくなるからな……。提出が遅れると、後処理が面倒なんだよ……」
「そんな自分の都合を押し付けないでください。それに、僕たち悩んでるんですよ。進路が決まらなくて……」
「別に悩まなくても、テキトーでいいんだよ。自分のやりたいこととか、そう言うので決めても。去年の向井なんて「とにかくなんでもいいから罵られる仕事がしたい!」って書いて職員室でも噂になったからな。さすがにそれは問題だが、お前たちにはないのか? そういうやってみたいことは……?」
「「ないです」」
「お前らなぁ……」
僕と六花が揃って否定すると、先生は呆れてしまった。
「夢多き若者がそんなんでどうするんだ……」
「「あ……、あははははは……」」
僕たちが苦笑いをしていると、部長がぽつりと先生に訊いた。
「そういえば……、先生は何で先生になろうと?」
「別に深い理由はないな……。ただ、なんとなく大学に行って、気が付いたら教師になっていた」
「そうですか……」
「ま、とにかくだ。何でもいいから早く書いてさっさと出せよ~」
先生はそれだけ言うと、一気にコーヒーを呷って、さっさと部室から出ていってしまった。
僕と六花は、それを見送った後、お互いに頷きあう。
「六花……、こうなったら最終手段だ!」
「分かってるよ文君!」
そして白紙に書き込まれた「未定」という二文字を満足げに見た僕と六花は、そのまますぐに沙条先生に用紙を提出した。
後日。
沙条先生に職員室に呼び出された僕と六花は、先生から進路希望調査の紙を突き返されていた。
「書き直し!」
「「え~……、何でもいいって言ったじゃないですか!」」
僕と六花がぶーぶー文句を言うけど、先生に一蹴されて、結局書き直す羽目になってしまった。
~~おまけ~~
部長「ふむ、それで文隆君? 結局進路希望の紙はかけたのか?」
文隆「はい……。まぁ一応。とりあえず親にも相談して近場の公立大学を目指すことにしました」
部長「ほう? 公立大学か……。しかし、あの大学は偏差値が高いぞ? 今の君にそこを目指すための実力はあるのか?」
文隆「うぐぅ……。問題はそこなんですよね……」
部長「まぁ、時間はまだある。ゆっくりと考えればいいさ」
文隆「部長がなんだか先輩っぽい……」
部長「うん。間違いなく私は先輩だからね!?」




