第37話 恋ものがたり
僕には今、好きな人がいる。
名前も知らない、歳も知らない、声も、住んでる場所も、連絡先も、顔も知らない。
それどころか、実際のところ、その人が女性なのかどうかすらも分からない。
だけど、確かに僕は、彼女に恋をした。
きっかけはインターネット上にある、一年ほど前からそこに入り浸るようになっていた、とあるコミュニティサイトでのことだった。
僕はその虚構の世界がとても気に入って、毎日のように入り浸っていた。
零と一で構成された電子の世界、僕を傷つけようとする人はいない、とても心地いい世界。
そんな世界で、ある日。
僕は彼女の存在を知った。
その日、僕はそのコミュニティサイトのイラスト投稿コーナーを何となく見ていた。
下手くそな絵、プロみたいに美麗な絵、ノートの隅に書かれた絵、描画ソフトを使ったグラフィック。いろんな絵があって、見ているだけで楽しかった。
そんな絵の中でも、一際僕の眼を引き付けるものがあった。
こういうサイトでは、大抵皆、自分で考えた人物や、マンガやアニメの登場人物を自分なりに描いて投稿するのに、その絵は風景画だった。
モニター越しだというのに、とても澄んだ色使いや、柔らかい雰囲気がすごく伝わってきた。
暖かい絵だ……。
そう思った。
だから僕は……その絵に一目ぼれをした。
そして、その絵を描いた人に興味を抱いた。
こんな絵を描く人とはどんな人なのだろうと、その人に憧れて、やがて探し出した。
そうして、その人と何度か関わるうちにどんどん仲良くなり、僕は次第にその人の為人という物に惹かれ、憧れていき、その人が女性だと分かった後は、いつしかそのあこがれが恋心へと変わっていった。
最初は戸惑った。名前も、顔も、声も、歳も、住んでる場所も、連絡先も、何も知らない相手を好きなるなんてことがあるのだろうかと思い悩んだ。
しかも、下手をしたら相手は本当は性別を偽っているかもしれないというのに……。
だけど、僕の心は変わらなかった。
逆にネットを介して、何か月もその人と一緒にいて、ますます思いが強くなったくらいだ。
逢ってみたい……。
そんな思いが日々募っていく。
だからある日、とうとう僕は実行に移すことにした。
他の誰にも知られたくなかったから、僕と彼女、それ以外の人には分からないようにして、僕はドキドキしながら、画面にこう打ち込んだ。
『僕たち……、一度会ってみませんか?』
彼女の反応がとても怖かった。
もしかしたら気持ち悪いと思われるかもしれない。
もしかしたら、嫌われたかもしれない。
もしかしたら……。
不安と少しの期待が入り混じる中モニタを見続けること少し。
彼女から反応が返ってきた。
『私も……、逢ってみたいです……』
その返答を見た瞬間、僕は思わず舞い上がってしまった。
彼女に会える!
ただそれだけのことで。
それから僕たちは、お互いに都合のいい日程、時間、待ち合わせ場所などなどを細かく打ち合わせた。
そして、数週間後の今日。
僕はいよいよ彼女と対面する。
僕は、彼女と決めた待ち合わせ場所に一時間も前から到着して、そわそわしながら人の往来を眺めている。
もしかして、あの人が……、いや、あの人……、それとも……………。
女性が目の前を通るたびにきょろきょろしてしまう僕は、きっと端から見れば不審者に見えたことだろう。
そうして時間が過ぎていき、いよいよ彼女との待ち合わせ時間まで残りわずかとなった。
僕の緊張は最高潮にまで高まり、必死に自分に落ち着くように言い聞かせなければならないほどだった。
そんな時、携帯電話がメールの着信を告げた。
「わわっ!」
慌てて携帯電話を取り出してメールを見てみると、一言だけ簡素にこう書かれていた。
『今駅に着きました』
「どくん!」と心臓が高鳴るのを感じながら駅に視線を移すと、今まさにたくさんの人が駅から吐き出されていた。
あの中に彼女が……。
そう思うと、緊張と興奮と嬉しさと怖さと、とにかくいろんな感情が入り混じってどうにかなりそうだった。
そこへ、僕のほうへ向かって歩いてくる、日傘を差した人がいた。
僕と彼女の間で取り交わした、彼女が彼女と分かる目印の、真っ白な日傘だった。
その日傘を差した人が僕の前でゆっくりと立ち止まる。
僕は若干パニックになりながら、緊張で裏返った声でその人に話しかけた。
「あの……。■■■さん……ですか?」
「あ、はい。ということは貴方が……」
鈴を転がすような声で返事をした彼女が、ゆっくりと日傘を下ろし、その素顔を見た僕は驚愕に目を見開いた。
そう、彼女は…………………………………。
◆◇◆
――ちゅんちゅん
すずめの鳴き声が聞こえ、僕はゆっくり目を覚まして、起き抜け特有のぼうっとした目で自分の散らかった部屋を見回す。
……あれ?
僕は彼女と待ち合わせしてなかったっけ?
日傘の彼女は?
まだはっきりしない頭で必死に考えをめぐらせて、ようやく事実を悟った僕は思わず項垂れてしまった。
そうあれは夢だったのだ。
現実の僕は好きな人もいない、出会いも無い、寂れた高校生だったっけ。
「……………寝よう」
もう一度、布団にもぐりこんだ。
◆◇◆
「まさかの夢オチ!?」
部長が僕が書いた小説を読んで思わずといった様子でツッコミをする。
「読者の期待を見事に裏切る大どんでん返しを目指してみました!」
僕がドヤ顔でいうと、部長がツッコむ。
「確かにどんでん返しだけど!?」
「いいじゃないですか。部長の言った〈恋愛物〉というジャンルに変わりは無いんですから」
「ああ! そうなんだけど! なんだろう、この釈然としない感じ! 例えて言うなら、今まで甘いシュークリームを食べていたはずなのに、いきなりすごく濃いエスプレッソコーヒーを口の中に流し込まれたような」
「部長が某本を食べちゃうくらい好きな文学少女っぽいこと言ってる」
「とにかく、こう……もやもやする。というわけで、書き直しだ」
「えぇ~。折角苦労して書いたのに……」
「最後が夢オチというのは、とても文隆君らしいとは思うけどな。あの最後をつけたことで、折角の恋愛小説が台無しになってしまっているのだ。つまりこれは恋愛小説とはいえない」
「まったく……部長は厳しいなぁ……」
しぶしぶ付き返された原稿を受け取って、僕は自分の席に戻る。
「残念だったね、文君」
六花が残念そうに入ってくれるので、とりあえず頭を撫でて癒されることにした。
「それじゃ、部長。今度は僕のをお願いします」
里井が出来上がった自分の小説を印刷して部長に手渡すと、部長は真剣な顔をしてそれを読み進めていく。
それを横目に、パソコンに保存してある原稿に修正を加えていく。
と、そこへ、僕の正面に座っていた後輩の冨和ちゃんが、自分のパソコンから顔を上げて離しかけてきた。
「でゅふふ……。せ……、先輩は……、ど、どんな話を書いたんですか?」
「ん? ああ、ネットのコミュニティサイトで出会った二人が、現実で会おうとするのを夢で見た話。でも、夢オチはダメだって部長に言われた」
「あはは。部長さんは恋愛物って言ってたけど、確かに夢オチにすると、台無しになっちゃうからね」
六花が苦笑しながら会話に混じってくる。
「ゆ……、夢オチでも、い……、いい気がするけど……」
と、そこへ僕らの会話が聞こえていたのだろう、部長が里井の小説から目を話さずに話しに入ってきた。
「別に夢オチが悪いわけではないさ。ただ、できれば夢の中の恋愛の話を最後まで書いてから夢オチに持って行ってほしかっただけだ」
「えぇ~……。それは部長のわがままじゃないですか?」
僕がぶーぶー文句を言うと、部長は里井の小説から顔を上げて、真剣な声音で言った。
「確かに一部わがままが混じっているが、それだけじゃないぞ? あの終わり方も悪くは無いからな。だが、私は君たちに、安易にオチをつけて物語を終わらせるのではなく、きちんと終わらせることができるようになってほしいと思っているのだ。いうなれば、親心というやつだ」
「部長……」
意外に真剣な思いに、僕をはじめ、文芸部メンバー全員が感動したように部長を見る。
部長は、それに対してふっと笑うと、こう締めくくった。
「ま、私が単純にあの話の終わりが気に食わなかっただけだけどな!」
やっぱり部長は部長だった!
僕の感動を返してほしい。
~~おまけ~~
文隆「部長……」
部長「ああ、キミの言いたいことは分かっている」
文隆「ですよね、今回の話は途中までは完全に別の物語ですよね……」
部長「うむ。作者としては読者を騙せて面白いのかもしれないが……、やはり私はあのオチは気に入らないな……」
文隆「まだ言う!?」




