第32話 お花見狂想曲
父さん、母さん、真魚へ。
桜舞うこの季節、いかがお過ごしでしょうか?
元気でいますか?
毎日楽しく過ごせてますか?
犬のジョンは元気ですか?
……ああ、家に犬はいませんでしたね。
では、猫のジョセフィーヌは……、家には猫もいませんでしたね。
とにかく、家族みんなが仲良く元気であれば、僕はそれだけで幸いです。
少し、僕の今をお知らせいたします。
僕は今、阿鼻叫喚の地獄絵図のような場所にいます。
どうしてこうなったのか、何が悪いのか、誰にも分かりません。
それでは、また逢えることを祈っています。
西村文隆より。
…………………………
…………………………
「……か……ん! ふ……くん」
……あれ? 誰かが呼んでる?
「ふみ……くん!」
……だめだ。
体が熱い。
頭が重い。
目が開かない。
「おい! ………ん!」
意識が遠のいていく……。
「ダメだ! 寝るな、文隆君! 今寝たら……君は死んでしまうぞ!」
部長が変なことを言ってる……?
「早く起きないか! 君が寝てしまったら……一体誰が……誰がツッコミをするんだ!? ツッコミがアイデンティティの君以外に誰がいる!?」
「いやなアイデンティティですねぇ!?」
衝動的に部長にツッコミをしながら勢いよく身を起こすと、部長が満足そうに笑っていた。
くらくらする頭を抱えながら、状況把握をしよう周りを見回してみると、一本の大きな桜の木の周りで、まるでゾンビのようなうめき声を上げながら倒れている友人達の姿があった。
一体、この状況は………………。
そうか、そういえばお花見の最中だったけ……?
でも、じゃあこの惨状は一体……。
その原因を探るべく、僕はここに至るまでの記憶を思い返すことにした。
◆◇◆
「花見がしたい」
その日、珍しく部室に顔を出していた沙条先生が、いきなりそんなことを言い出した。
一瞬、ぽかんとした僕が、再び本を読みながら応じる。
「……はぁ。やればいいじゃないですか。ほかの先生誘って……」
「馬鹿かお前は……。ほかの教員を誘ったら、気を使輪なくちゃいけないだろう……。私はそんなことをすることなく、気兼ねなく酒が飲みたいんだ」
本音が駄々漏れだった。
僕は呆れてため息をつく。
「だったら、彼氏と一緒に行けばいいじゃないですか」
「彼……氏……?」
「…………………あっ」
少しして僕は自分の失言に気付いたけど、すでに遅かった。
「ほぅ……。西村。お前は私にケンカを売ってるのか? そうなのか?」
頬をぴくぴくと引きつらせながら、先生がにじり寄ってくる。
怖い、ものすごく怖いです先生……。
「ごごごご、ごめんなさい……」
慌てて謝ると、先生は軽く僕の頭を小突いて自分の席に戻る。
と、そこへ部長がつぶやいた。
「花見か……。悪くない……か……。そうだな、よし! 先生の言うとおり、花見をしよう!」
「はっ? え? あの部長?」
「なんだ? 文隆君……」
「あ、いえ、その……、本気でやるんですか?」
「む? 当たり前だろう。この季節に花見をしないなんて邪道もいいところだ」
「どの道に対する邪道なんですか……。じゃなくて、本気なんですか?」
「だからさっきからそう言っているだろう」
「本気と書いてマジ?」
「ああ、本気と書いてマジだ」
「Really?」
「なぜ英語なのかは分からないが、YESだ」
「ドンと来い?」
「超常現象か?」
「お前達のやっていることは?」
「全部全てスリッとまるっとゴリッとお見通しだ!」
「…………部長も中々やりますね……」
「ふっ、君こそ……。まさか「TR○CK」すらも網羅しているとは思わなかった……」
途中から話がずれて、僕と部長は固い握手を交わし、それを里井がほほえましく見ていた。
「どうでもいいが、お前ら。花見をやるなら詳細を決めて連絡してくれ」
僕達の茶番を同でもいいの一言で片付けた先生がひらひらと手を振って、部室から出て行った。
それを見送った後、部長が気を取り直すように宣言した。
「とにかくだ。花見をしようじゃないか」
「……はぁ。まあいいですけど……」
「ふむ、君はどうだ? 直重君……」
「僕もかまいませんよ?」
「よし、ならば決定だ。後は参加者と場所の確保だが……」
「話は聞かせてもらいまた!」
突然、そんな声が聞こえたかと思うと、美月さんが部室のドアを勢いよく開けて中に入ってきた。
後ろには機器とした表情の向井さんと、諦めたような顔の黒野さんがいる。
というか、いつからいたんだろうか……。
そんな僕の考えをよそに、部長と美月さんはさっそく花見の打ち合わせをしていた。
「場所に関しては私が用意します。とてもいい穴場があるので……」
「ふむ、では場所を確保できたら連絡してくれ。料理なんかは当日バーベキューという形を取れば、人数が多くてもカバーできるな」
「それはいいですね。後は参加者ですが……」
「我々文芸部と、真子たち生徒会、それに六花君たち三人に美弥子君。ああ、今回は先生を参加者に入れないとな」
「あら、先生がいらっしゃるならお酒も用意しなければ……」
こうして僕達の入る余地がないまま、お花見計画は進んでいき、あれよあれよというまに当日を迎えた。
◆◇◆
お花見当日。
一度、全員が学校に集合してから、美月さん先導の下、お花見会場へと移動する。ちなみにおお荷物は男子が分担して運ぶことになっている。
美弥子はちらちらと心配そうな視線をよこしてくるけど、それ以外の女子達はまったく気にした風もなく、ぺちゃくちゃとおしゃべりを交えながらずんずん先へ進んでいく。
まぁ、女の子に大荷物を持たせるつもりはないからいいけどさ……、
せめて少し歩くペースを落としたりしてくれないものか……。
そんな叶わぬ願いを抱きつつ歩くこと十分。
美月さんが穴場と評したお花見会場にたどり着いた僕は、荷物を置いて一度周りを見回す。
小高い丘の頂上に、ぽつんと立つ桜のには満開の桜の花が咲いていて、時折はらはらと花びらを散らしている。
その場所には僕ら以外いなくて、確かに花見をするには絶好の場所かもしれない。
「中々いい場所じゃないか」
先生は満足げに言うと、早速桜の木の根元に座り込んで持参した一升瓶を開け、一人で酒盛りを始めてしまった。
僕達はそんな先生を放置して、バーベキューの準備を開始する。
男子と女子に別れ、男子はコンロの設置と火をおこす。
女子は持ってきた食材の下ごしらえ。
そうして程なくして準備が整ったところで、生徒会長の美月さんがお茶の入った紙コップを片手に全員を見回す。
「それじゃあ、皆さん。今日は大いに盛り上がりましょう。かんぱ~い」
美月さんの唱和に合わせて乾杯をした後、皆はわいわい騒ぎ始めた。
部長と美月さんが六花と美弥子を追い掛け回したり、楓がどこからか持ってきた蛇を焼こうとして空に止められたり、部長が美弥子に吹き込んで、里井にみんなの前で「あ~ん」をさせようとしたり(結局六花が割り込んで食べてしまった)、先生が作ってきた酒のつまみが意外に美味しくて好評を博したり、何を思ったのか、向井さんがいきなり脱ぎだして黒野さんに叩きのめされたりと、楽しい時間は徐々に過ぎていく。
ここまでは騒がしくても楽しくて平和な花見だった。
最初に異変に気付いたのは里井だった。
「美弥子……それ……」
「ふえっ?」
ことりと首を傾げる美弥子から紙コップを取り上げた里井が、その中身を確かめると、それは先生が持ち込んでいたお酒だった。
「美弥子……まさか飲んだ?」
許婚に尋ねられた美弥子は、突然にへらと笑うと、そのまま里井の胸にしな垂れかかる。
「うわっ! 美弥子!?」
里井が寄りかかってきた美弥子をあわてて抱きとめて様子を伺うと、美弥子は安らかな寝息を立てていた。
「どうした?」
僕がそう問うと、里井は美弥子をそっと敷物に寝かせながら、困ったように答えた。
「どうやら、先生のお酒を飲んだらしくてね……。幸い今は眠ってるから大丈夫だと思うけど……」
「そうか。ま、しっかり面倒を見てやることだな。それも許婚の仕事だろ?」
里井の肩をたたきながらそう言っていると、突然後ろから誰かがぶつかってきた。
慌てて振り返ると、美月さんが酒臭い息を吐きながら僕と里井に紙コップを突き出した。
「おら、てめぇらもあたしの酒を飲め!」
いつもの丁寧口調から一変、荒々しい口調になって、僕らに強引に酒を飲まそうとする。
どうやら完全に酔っているようだ。
「会長……酔ってますね?」
里井がそう口にすると、美月さんは里井に顔を近づけて、その酒臭い息を吐きかけた。
「あぁん? 酔ってねぇよ、バーロォ。んなこたぁどうでもいいからさっさと飲みやがれ」
美月さんが里井の口に無理やり酒瓶(四分の一ほどが入っていた)を突っ込む。
「~~~~~~!?」
酒瓶をつっこまれた里井は、不可抗力でそのままごくごくと酒を飲んでいき、そのまま飲みつくしたところで、ようやく解放された。
「っ!? げほっ、ごほっ!」
激しく咳き込む里井は、だけど意外にお酒に強いようで、少しふらつきながらもしっかりと美弥子を介抱していた。
「里井……お前ってやつは……」
ふらふらしながらも介抱を続ける里井の姿に心打たれていたときのことだった。
「西村君」
黒野さんが後ろから声を掛けてきたので、振り返った途端。
「むぐっ!?」
口に小さな酒瓶をつっこまれ、そのまま中身を強引に飲まされる。
抵抗しようともがきながら、僕にお酒を流し続ける黒野さんを見ると、どうやら彼も酔っ払っているらしく、覚束ない目をしていた。
「~~~~っ!」
後ろに逃れようとしたけど、いつの間にか向井さんに羽交い絞めにされ、身動きが取れなくなっていた。
体中にだんだんアルコールがめぐり始め、意識がおぼつかなくなる。
やがて、酒瓶が空になって、やっと介抱されたころには、僕はすっかりアルコールが回りきっていた。
あ~、ふらふらする。
けど、なんか気持ちいいような気持ち悪いような……。
徐々に意識が飛んでいくのを自覚しながら、僕は最後の力を振り絞って、家族に当てた言葉を…………
◆◇◆
…………そうだ、思い出した。
「僕は……、お酒を飲まされてそのまま意識を…………、あれ? 変だな……」
僕の意識が正常に戻ってほっとした表情を浮かべる部長に、疑問をぶつける。
「部長……、一体何があったんですか?」
そう訊くと、部長は一瞬目を見開いた。
「覚えて……ないのか?」
「何をです?」
「いや、そうか。分かった、説明しよう」
部長はいったん目を瞑ってから、ゆっくりと語りだした。
「黒野と向井が君に無理やり酒を飲ませた後、突然、君の様子が一変したんだ。なんと言えばいいのか……、そうだな、あれはいつぞやに君が熱に浮かされていたときと同じ雰囲気だった。そして、君は調子に乗った黒野と向井が、さらに酒を飲ませようと近づいてきたところで、いきなり彼らを叩きのめしたのだ。まるで酔拳のような流れるような動きだった。いや、それはどうでもいい。とにかく二人を叩きのめした君は、そのまま楓君に酒を飲ませようと襲い掛かる六花君と空君を投げ飛ばし、お礼を言おうとした楓君に襲い掛かったのだ。もちろん、楓君は応戦した。君たちの戦いは互角に見えた。面白そうに乱入した酔っ払い真子は一瞬でたたき出されていたけどな。ともあれ、そのまま少し互角に渡り合っていた君たちは、最後にお互いにクロスカウンターを決めて倒れたというわけだ」
「そんなことが……」
「幸い、軽い打撲程度で済んだけどな。ともあれ、こんな有様では花見どころではないのでな。そろそろ撤収することにして、君を起こしたというわけだ」
「………………ご迷惑をおかけしたようですいませんでした」
僕は部長に頭を下げ、その後で、意識を取り戻した空、六花、黒野さんや向井さん、楓、美月さん全員に謝った。
その後、僕らはうめき声を上げながらも片づけを済ませ、それぞれ家路につくことにした。
その日以降、僕らの仲間内では、こういう騒ぎごとにアルコール類の持込禁止という暗黙のルールができた。
なお、これは余談だけど、後日、この街の小高い丘に、うめき声を上げながら歩くゾンビの集団が出現するという噂が流れたとか流れていないとか。
~~おまけ~~
文隆「お酒は二十歳になってから!」
部長「文隆君、どうしたのだ? 急に……」
文隆「いえ、世間的にこう……何故か言っておかなくちゃいけない気がしたので……」
部長「そうだな、今回は先生のせいで不可抗力だったが……」
文隆「はい、もう二度とこんなことがないように心に誓いました……」




