第31話 ホワイトデー
妹にほとんどのチョコを奪われた日バレンタインデーからちょうど一月後の三月十四日。
世界的に見れば何でもないこの日は、だけど、日本ではちょっとした記念日のようなものが設定されている。
そう、ホワイトデーだ。
そのホワイトデーを翌日に控えた今日、僕は空と里井と一緒に放課後に商店街により見していた。もちろん、バレンタインのお返しを買うためだ。
だけど、一つ問題があった。
「「う~ん……、まいったなぁ……」」
僕と空が揃って唸り声を上げる。
すでに商店街で買い物を始めてから一時間が経過したというのに、一向に買うものが決まらなかった。
別に店頭に並べられた、多種多様な商品に目移りしているわけではない。
むしろその逆と言ってもいい。
つまり……。
「「まったく何を買ったらいいのかわからん……」」
ということだった。
そもそも、僕も空もこういうことには疎く、去年までは六花や楓へのお返しは、親に頼んで買ってきてもらったものを渡していたのだ。
だけど今年は、部長や美月さん、美弥子からももらっている。
それなのに、親に適当に買ってきてもらったものを渡すというのは、どうも悪い気がする。
それに、せっかく高校生になったのだから、こういうことにも慣れておきたいという意味合いもあった。
だけど、まったく何を買ったらいいのか分からなかった。
そうして、二人であれこれ悩んでいると、既に自分の買い物が終わったのだろう、両腕に荷物をぶら下げた里井が声を掛けてきた。
「やぁ、もう買い物は終わった……わけでもなさそうだね……」
苦笑交じりの里井の言葉に、僕は肩をすくめて応じた。
「もうさっぱりだ。何を買ったらいいのかよく分からん」
「俺も同じく」
二人して肩を落とした僕と空に、里井はいつの間買ったのか、缶ジュースをよこして、近くに設置してあったベンチを指した。
「とりあえず、一息いれない?」
その提案に一も二もなく賛成して、並んでベンチに座った僕らは、早速缶ジュースを開けて喉に流し込む。
三月中旬とはいえまだまだ寒い時期だけど、慣れない買い物で疲れた体に心地よく染み渡っていく。
『ふぅ~』
三人そろって大きく息を吐いた後、ぼんやりと商店街を往来する人々を眺めながら、里井に訊いてみた。
「お前は何を買ったんだ?」
すると、里井は一枚の紙きれを見せた。
「美弥子は結構甘いものが好きでね。それで、毎年、ケーキを予約してるんだよ」
「……毎年ねぇ。マメだな……」
「マメじゃないさ。毎年手作りしてくれる美弥子に比べたらこれくらいは大したことないさ」
「そうか……。で? 他の人には?」
「えっと、粟飯原さんへは、手作り風のクッキーと……、九条さんには月餅だね。後は部長にはコーヒー豆で、会長さんには紅茶の茶葉だね」
うん、六花や部長、生徒会長へはそれでいいとして、楓に月餅って渋すぎやしませんか?
「ああ、僕なりに彼女たちの好みを考えた結果だよ」
「人の考えを読むな気持ち悪い」
僕の辛辣なツッコミに、里井は微笑を返しただけで話を続ける。
「それよりも君達のほうを何とかしないと……。そうだね。とりあえず、それぞれの好みを考えてみたら? 美弥子は僕が熟知しているからいいとして、粟飯原さんや九条さんは君達の方が詳しいだろ?」
「「好み……ねぇ……」」
二人して頭を捻った後。
「「あっ!」」
二人して同時に思い付いた。
僕と空はお互いに頷いた後、すぐに立ち上がって買い物を開始する。
六花、楓、美弥子、部長、美月さん、それぞれの好みと思われるものを思い浮かべながら、順調に買い物を進めていく。
ちなみに沙条先生の分は最初は買わないつもりだったけど、多分襲来してくるだろうということが予測されたので、対策を取ることにした。
そうして、それから一時間ほどかけてすべての買い物を終えた僕たちは、マク○ナル○でハンバーガーを食べながら雑談をした後、美弥子へのお返しを里井に託してそれぞれの家に帰った。
◆◇◆
明けて翌日、三月十四日、ホワイトデー当日の朝。
僕が教室に入ると、そこにはすでに六花と楓、空、里井が片隅に集まっていた。
「おは……」
「おはよう! 文君!」
僕が声を掛けようとしたら、六花が先にご機嫌な笑顔で挨拶してきた。
「おはよう、六花。今日はまた随分とご機嫌だな」
「えへへ~。だって、今日は皆から美味しそうなお菓子をたくさんもらったもん!」
にこにこしながら六花が自分の机を指し、そっちに視線を移すとなるほど、そこには山のように積まれた大量のお菓子があった。
なるほど、食べることが何より好きな六花が、そりゃご機嫌になるわけだ。
「よかったな、六花」
僕が頭を撫でてやると、六花は「うん」と頷いて元気に笑った。
さてと、それじゃあ僕もさっさと渡してしまいますか。
「そうそう、六花。バレンタインの時はありがと。これは、俺からのお礼だ」
そう言ってカバンの中から六花用に買っていたものを取り出して渡す。
「ありがとう!」
嬉しそうに受け取った六花は、断りもせずにいそいそと包装紙を破く。
六花さん、女の子なんだからもうちょっと丁寧に開けてください。
びりびりと床にまき散らされていく包装紙の残骸を見ながら、届かぬ願いを思っていると、やがて中身を取り出した六花がきょとんとしながら訊いてくる。
「文君……これ……なに?」
「何って、見て分からないか?」
「えっと……、これ……正○丸だよね?」
「その通りだ。分かってるじゃないか」
六花の頭を撫でてやると、六花は「えへへ~」と一瞬嬉しそうに笑った後、ぷるぷると頭を振って僕の手を払いのけた。
「ってそうじゃなくて! 何でホワイトデーのお返しが正露○なの!?」
「む? 不満なのか? ○露丸は食べ過ぎてお腹を壊した時によく効く薬だぞ? お前のことだからたくさんお菓子をもらうと思って、僕はお菓子を与えたいのを泣く泣く我慢してこれにしたのに……」
「まさかの気遣いから!? うん、その気遣いは嬉しいけど、やっぱり変だと思うよ!?」
「そうか、お前は僕の好意を受け取れないと……。ごめんな……、僕はお前のことを考えたつもりだったけど、逆にお前に迷惑を書けたみたいだな……」
「文君……」
「本当にごめんな、六花……」
「ううん、私の方こそ、文君がせっかく気遣ってくれたのに、ツッコミばかりして……。そうだよね。文君が意地悪でこんなものをくれるわけないもんね……。ありがと! 文君!」
「そうか、六花……受け取ってくれるか、この正○丸を……」
「うん! せっかく文君がくれたものだもん」
「そうか……。じゃあ、こっちの本当のお返しはいらないんだな?」
いい話の流れになってきたところで、にやりと笑いながら取り出したのは、本当のお返しに買ったチョコチップクッキー。
それを見た六花が叫んだ。
「そっちの方が欲しいよ!!」
ツッコミ疲れて肩で息をする六花に、本当のお返しを渡してやる。
六花は頬を膨らませながら受け取ると、その場で開けてもぎゅもぎゅと食べ始めた。
少しからかいすぎたかもしれないと反省しながら六花の頭を撫でていると、楓が呆れるように話しかけてきた。
「文……。君は普通に渡せないのか?」
「はっはっは。今回は少しやりすぎたと反省してるさ。それよりもほら。お前にも……」
カバンから楓に渡すものを取り出すと、楓は疑いの眼差しを向けてくる。
「まさか、私にも正○丸なんて言わないだろうね?」
「その眼差しを受けると心が痛む……。散々ボケた僕が悪いんだろうけど。まぁ大丈夫だから、安心して受け取ってほしいです。はい」
「何故敬語になったのかは分からないが、まぁありがたく受け取っておくよ。開けても?」
楓の問いに頷くと、楓は丁寧に包装紙を解いて中身を取り出した。
「これは……マカロンか……。文にしてはなかなかいいチョイスじゃないか」
くつくつと笑う楓を見る限り、どうやら気に入ってくれたみたいだ。
僕が安心していると、六花がぼそっとつぶやいた。
「楓ちゃんには普通に渡した……」
結局、授業が始まるまで六花にひたすら謝った。
◆◇◆
そして、放課後。
空、楓はそれぞれの部活へ。
六花は、なんだかんだでお菓子を大量にもらって、ご機嫌な様子で帰宅し、僕と里井は部室に行く前に、生徒会室へ先に顔を出すことにした。
『……たは……、まった……いです……!』
『あぁ~! ……りが……ます~!!』
扉ごしに、美月さんの怒声と向井さんの嬌声が途切れ途切れに聞こえてきて、僕と里井はついついお互いに顔を見合わせてしまう。
「なぁ……」
「言いたいことは分かるけど、逝くしかないだろうね」
若干字が違う気がしたけど、気にしないことにして恐る恐る扉をノックする。
『どうぞ』
黒野さんのくぐもった声が聞こえて、僕がゆっくりと扉を開ける。
「「失礼します」」
そう言って中に入った途端、そこには予想通りの光景が広がっていた。
どこから持ってきたのか、黒い頑丈そうな鎖でぐるぐるに縛られた向井さんと、それを美月さんが苛立ったようにぐりぐりと踏みつけていた。
「「…………………………」」
毎度のこととはいえ、この光景を見るたびに絶句する僕たちを、黒野さんがすまなさそうな顔で出迎えた。
「いつもいつも見苦しいものを見せてすまないな……」
「いえ、大丈夫です。黒野さんこそ、いつも大変そうで……」
「分かってくれて悲しいよ……」
黒野さんが深いため息をつき、里井が苦笑した。
「それで? 今日は一体ここに何の用で?」
黒野さんの問いに、僕と里井は同時に持っていた紙袋を掲げた。
「この間のバレンタインのお返しにと思いまして……」
「ただ、生徒会長は忙しいみたいですし、代わりに渡しておいてもらえますか?」
黒野さんは頷くと、紙袋を受け取った。
「それじゃあ、僕たちはこれで失礼します」
そう言って、僕と里井は向井さんの嬌声が響く生徒会室を後にして、部室に向かった。
「遅くなりました」
「遅れてすいません」
部室のドアを開けながら謝ると、部長は気にした風もなく軽く手を上げて応じる。
「なに、構わないさ。多分、生徒会室に寄って真子にホワイトデーのお返しでも渡してきたのだろう?」
すっかりばれていた。
本当に、この人の洞察力には舌を巻く。
ともあれ、バレているのなら隠しても仕方ないな。
僕は里井に目配せをして、鞄を漁った。
「部長、この間のバレンタインはありがとうございました」
里井と一緒にお返しを手渡す。
「別に気にしなくてもよかったのだがな……。まぁ、せっかくの君達の好意だ。ありがたく受け取ろう」
部長は受け取って、それぞれを子細に眺めた後、「開けるぞ?」と僕たちに断りを入れてから、包装紙を開け始めた。
まずは里井の物から。里井の言葉を信じるなら、あればコーヒーのはずだけど……。
「ほう……。これはいいものだな」
少しして部長が取り出したのは、果たしてコーヒー豆だった。
「これは大事に飲ませてもらおう」
部長は嬉しそうに笑いながら、とりあえずコーヒー豆をテーブルに置くと、今度は僕の方の包みを開け始める。
程なくして、中身を取りだした部長が驚愕した。
「こ、これは……! 一体何だ?」
オーバーリアクションで取りだした割に、普通に聞いてきたので少し拍子抜けしながら答える。
「それはブルーライトフィルターと言って、パソコンのモニタから出てるブルーライトっていう、目に悪いライトをカットしてくれるんです。ほら、部長はパソコンで執筆するじゃないですか。だから、それがあった方がいいかなって思ったので……」
「そうか……。ありがとう、文隆君。これも大事に使わせてもらおう」
そう言って部長は、早速自分のパソコンにブルーライトフィルターをセットした。
「さて、後輩からの嬉しい贈り物に喜んだところで、早速今日の部活を始めるぞ!」
部長の宣言に、僕と里井は同時に「はい」と応え、今日も今日とていつも通りの部活が始まった。
ちなみに、部活を始めて少ししたところで、先生が案の定襲来したので、あらかじめ用意していたシガレットチョコを渡しておいた。
◆◇◆
その日の夜。
帰宅した僕を待っていたのは、妹の強力なタックルだった。
その仕打ちの理由を問うと妹曰く。
「何で六花おねえちゃんや楓お姉ちゃんにはホワイトデーのお返しがあって、私にはないの!?」
ということらしいが、妹よ、一月前、僕のカバンからもらったチョコを強奪したことを忘れたとは言わせないぞ?
そのことを指摘してやると、妹は「うぐぅ」と唸って大人しくなった。
~~おまけ~~
部長「そういえば文隆君、キミは海外にホワイトデーがないことを知っていたようだな?」
文隆「ええ、それくらいは常識ですよね、部長」
部長「ああ、その通りだ。だが、実は日本独自の慣習を真似した国がいくつかあるんだ」
文隆「へぇそうなんですか……。ところで部長?」
部長「なんだ、文隆君?」
文隆「最近、ここのおまけコーナーが豆知識コーナーになってませんか?」
部長「気付いたか。それは作者が……」
文隆「ああ、また作者が悪いんですね」




