第29話 作家・江藤泉誕生秘話
冬休みが明けて最初の部活の日。
部長が学校に訪ねてきた担当編集の上田さんと、部長が書いてる小説について打ち合わせをしている。
「ふむ……。そこはもう少し表現を控えた方がいいと?」
「そうですね。どうしてもという場合は、伏字を使ってください」
「了解した」
「後は、誤字チェックの方はこちらでもしておきますね。先生からは何かありますか?」
「……いや、大丈夫だ」
「そうですか。では何かありましたらご連絡ください」
「ああ」
「それでは今日は失礼しますね」
上田さんは立ち上がると、僕たちににこりと微笑んでから部室を出ていった。
それを見送った部長が大きく息を吐いた。
「お疲れ様です」
そういいながら、さりげなく新しいコーヒーを入れるとは……。
やるな、里井。
「それにしても、大変そうですね」
僕の言葉に、部長は苦笑して頷く。
「まったくだ。誤字脱字の修正はもちろん、表現を変えたり、場合によっては一部の話を削除したり、逆に追加したりと、書き上げた後もやることは目白押しだからな」
「うわぁ……」
「まぁ、それでも私はこの作家という仕事を続けていきたいと思っているけどな。好きで始めた仕事なんだから……」
そこで、ふとした疑問が浮かび、部長に聞いてみることにした。
「そういえば、部長は何で作家になろうとしたんですか?」
「……聞きたいか?」
部長はにやりと笑った後、ゆっくりと語りはじめた。
◆◇◆
そもそも私も最初から作家になろうなどとは思っていなかった。
そうだな……、作家を目指す前は、どこかの会社の社長になれたらなどと思っていたな。
そう笑ってくれるな。
あのころは、私もただの読書好きな一女子中学生だった。
そこで意外そうな顔をされるのとは心外だな、文隆君。
私にだってそういう時期はあったのだよ?
ともあれ、中学生のころは、ひたすらに本を読んでいたな。
ジャンルにとらわれず、ありとあらゆるものをだ。
評論、論文、古文、歴史、伝記などといったものから、恋愛小説やファンタジー物などといった創作のものまでな。
それこそ、学校の図書館の本を全て読み尽くすほどの勢いだったよ。
そんなある日、私はとあるライトノベルに出会った。たまたま図書館においてあったものだ。
何気なく手にとって、何気なく呼んでみた私は衝撃を受けたよ。
何せ、すごく文章が綺麗だったんだ。
あれほど綺麗な文章というものに私はそれまで出会ったことがなかった。
そして私は、自分もこんな風に綺麗な文章を書いてみたいと思うようになった。
それがこの道を目指すきっかけになった。
基本的な小説の書き方、作法を勉強して、話の作り方を覚えて、初めて短編を書いてみた。
……そうだな、大体四千文字くらいのすごく短いやつだ。
すごく時間をかけて初めて書き上げた小説。
自分が初めて書いた物語。
最初は書き上げただけで満足だったが、次第にある欲求が生まれてくる。
つまり、誰かに読んでもらいたい、感想がほしい、そんな欲求だ。
とはいえ、家族には見せられなかった。
さすがに恥ずかしすぎたからな。
だから、私は真子に読ませた。
思えば、彼女が私の最初の読者だったな。
とにかく、真子はいやな顔一つすることなく読んでくれたよ。
そして、面白いと笑ってくれた。
そうなると、もっと書いてもっと読んでほしいと思うようになるのは当然のことだろう?
私もそうだった。
それからは私は暇を見つけては小説を書いて、真子や黒野君、向井君に読んでもらったり、ネットの投稿サイトに投稿したりするようになった。
そうして半年くらい過ぎたころかな?
だんだんと、自分の実力がどこまで通じるのか試したくなった。
そう、その通りだ。
今から考えても無謀なことだが、初めて書いた長編を大賞に応募したのだ。
長編の処女作をいきなりだからな。
結果は見事に一次選考で落選だった。
だが、思ったよりショックではなかったな。
それよりも悔しさが先にたった。
出版社の人たちに、お前がこの世界に入るにはまだまだ早すぎるといわれたようでな。
だから私はすぐに次の執筆に取り掛かった。
何度も何度も設定を練り直して、プロットを組み立てなおして、文章を書き直して、見直して。
そうして出来上がったものを、もう一度応募した。
ちょうど、そのころは受験生になっていてね。
結果が分かるまでそわそわしていて、勉強どころではなかったな。
それはともかくとして、しばらくして応募した小説が最終選考を通過して賞をもらたと聞いたときには、さすがの私も、感動のあまり思わず泣いてしまった。
え?
嘘だって?
そんなに疑うなら今度、真子たちに聞いてみるといい。
彼女達が証人になってくれるはずだ。
なんなら、賭けようか?
ふふふ……、遠慮することはない。
……っと、話がそれてしまったね。
とにかく、それからはあっという間だった。
高校に行きながら作家として活動するために、両親を説得して、受賞作を上田さんと話し合って改稿して、挿絵を描いてくれる絵師さんと顔合わせをして、出来上がったイラストに舞い上がったりもした。
そして私が高校に通いだして少ししたころに、『作家・江藤泉』がライトノベル界にデビューしたというわけだ。
◆◇◆
「……とまぁ、大体そんなことがあって、私はこの道を目指したというわけだ」
話し終えた部長がゆっくりとコーヒーを口に含んで、徐に聞いてきた。
「君達にはあるか? 人生を変えるほどの……というのは、少し大げさかもしれないが、こう、読んで衝撃を受けたとか、影響を受けたとかそういう本は……」
少し記憶を探ってみたけど、僕にはそう言う本との出会いはなかった。
そして、それは里井も同じらしく、首を横に振っていた。
「そうか……、まぁ、君達ももしかしたら、これから出会うかもしれないしな。もし、君達がそう言う本に出会って、何かやりたいという気持ちになったら、恐れずにそれに向かって真っすぐに突き進んでほしい」
自分のやりたいことを見つけ、それを叶えた人のすごく実感のこもった言葉に、僕も里井もゆっくりと頷いた。
それからは、いつもの部活の雰囲気に戻ったけど、少しして部長がジムに行く時間だと言いだし、僕らに見送られて先に帰った。
部長が帰った途端、静かになる部室の中で、僕の時々ペンを走らせる音や、里井のタイピングする音だけが響く。
そんな中で、僕は何気なく里井に訊いていた。
「なあ、里井……」
「ん? 何だい?」
「あ……、いや……、その……。……お前は……さ、何かあるの?」
「何かって?」
「だから、ほら。将来の夢とか、やりたいこととか……そういうの……」
「……、なるほど、部長の話を聞いて……」
うるさい、したり顔で言うな。
早く答えろ。
そんな意思を込めて里井を睨み付けると、里井は降参するように肩をすくめた後、少し考えてから口を開いた。
「そうだね……、あまり具体的ではないけど、こうしたいなっていう夢はあるかな」
「それは聞いてもいいことか?」
「別にかまわないよ。そうだね。僕は人並みに幸せでありたいね。そして、出来れば美弥子も幸せにしてやりたいと思っているよ」
「あれ? お前はあの子を嫌ってるんじゃないのか?」
「別に嫌っていないさ。ただ、親同士が決めた許婚というのが嫌なだけさ。じゃなきゃ、とっくに許婚なんてものは解消してるよ」
「それもそうか……」
意外と言えば意外だったけど、確かに里井の言う通りだ。
彼女を嫌っていたらとっくに彼女との関係を解消している。
それに、今まで里井はなんだかんだと文句を言いつつも、結局彼女の相手をしたりしているんだ。
それなりに、彼女を好いているのだろう。
そんなことを考えていた時、今度は里井が僕に訊いてきた。
「そう言う君こそ、どうなんだい?」
「僕は……、今はそう言うのはないな……。まだ将来何をしたいとか、やってみたいこととかは何も決まってない……」
「そうかい。まぁ、焦る必要はないと思うよ。僕たちにはまだまだ時間が残されているんだ。ゆっくりのんびりやりたいことを見つければいいさ」
「……そうだな……」
里井のくせにいいこと言いやがって……。
何だか釈然としないものを感じつつ、僕は再びペンを走らせる。
「まぁ、とりあえず、今は部長から出されたこの宿題を片づけたいかな」
僕の呟きに、里井も苦笑しながら頷いた。
将来のことはまだ分からないけど、これからやりたいことを見つければいい。僕たちには時間があるのだから。
焦る必要はないさ。
~~おまけ~~
部長「文隆君、大変だ!」
文隆「ええ、そうですね。一大事です!」
部長「ああ……。まさか作者がいい話を書いただと!?」
文隆「しかも結局最後までボケずに真面目に締めくくった!?」
部長「ありえない!」
作者「私だってたまには真面目に書きますよ!?」




