第27話 西村家の人々
部長の家でのクリスマスパーティーも終わり、まだ大晦日までは数日あるこの日、僕は自宅の自分の部屋にこもって、部長から出された宿題に取り組んでいた。
部長が言うには……。
「ふむ。君たちもだいぶ話を作ることに慣れてきたみたいだな。そろそろ投稿用の作品を作ってもいいころか……。とはいってもいきなり小説を書けといわれても無理な話だろうから、とりあえず話しの概要と、設定を作って休み明けにでも見せてくれ」
ということらしい。
要するに、投稿用の小説を書くために準備しろということだ。
といっても、ただの素人の僕にいきなり話を作れといわれても無理な話であって、そもそもプロ作家ですら新しい話を作るのには相当の時間を要するというのに、ただの高校生で今までお題がある小説以外に話しなんて書いたことのない僕に、そんなことができるわけもないじゃないか、と誰に言うでもなく言い訳をしていたときだった。
「お兄ちゃん! お母さんが呼んでるよ?」
いきなり部屋のドアを開けて、妹の真魚が部屋に入ってきた。
それに対して、僕はいつものようにため息をつきながら真魚に注意する。
「あのなぁ、真魚。いつも部屋に入る前にノックしろって言ってるだろ?」
「え? あ、ごめん……ってそうじゃなくて! お母さんが呼んでるってば!」
「はいはい。分かった分かった」
本当は部長の宿題を早く片付けたかったけど、まぁ、今のところいいアイデアも浮かばないし、気分転換にちょうどいいだろう。
そんなわけで、僕の腕を引っ張って急かす妹に連れられて、僕は下のリビングへと降りていった。
「母さん、用事って?」
リビングのドアを開けてそう訊ねると、西村清華――僕の母さんだ――は、いきなり僕に小さなカバンを突きだした。
ついつい受け取ってしまう僕に母さんは笑顔で言う。
「文隆……。今から隆盛さんにお弁当持って行ってあげて」
隆盛とは僕の父さんのことであり、父さんと母さんはお互いを名前で呼び合っている。
いつまでたってもこの夫婦はラブラブだった。
ともあれ、弁当がなければ父さんは昼ごはん抜きらしいので、仕方なく着替えて父さんの会社まで届けることにした。
父さんは都心部にあって、自宅からは電車で一時間くらいかかる場所にある。
そんなわけで電車に乗り込んだ僕は、暇つぶしにと持ってきた小説を読むことにした。
それから少しして、ちゃらちゃらした格好の若者が三人乗り込んできて、四人座れる場所を三人で独占した。だけじゃなく、大声でしゃべり始めた。
ぎゃははという耳障りな笑い声に思わず顔をしかめる。
ただ、ああいう連中と関わり合いになってもろくなことにならないので、出来るだけ無視をする。他の乗客たちも似たような反応で、俯いたり顔をしかめたり、寝たふりをしたりしていた。
そんな時、一人のおじいちゃんが乗り込んできたので、僕は席を立って譲ろうとした。
だけどおじいちゃんはやんわりと断った後、席を占有する若者たちの方へ向かう。
……何をする気だろう?
少し心配になりながらも成り行きを見守っていると、おじいちゃんがいきなり若者たちを一喝した。
「貴様ら何をしとるか! 他の乗客に迷惑じゃろう!」
一瞬で静まり返る車内。
若者たちは馬鹿笑いを止めて、自分たちを叱ったおじいちゃんを睨み付けた。
「あぁん? 爺、てめぇ誰に向かって口聞いてやがんだ? ああ?」
「年寄りだから手を出されないとでも思ってんのか?」
「残念だったな。俺たちは差別しない主義なんだよ!」
若者たちがそれぞれにやられ役のセリフを吐いた後、一斉におじいちゃんに襲い掛かった。
それを目撃した乗客の誰もが、多分、すぐにおじいちゃんが叩き伏せられる情景を思い浮かべただろう。
実際、僕はそうだった。
だけど違った。
おじいちゃんは、お年寄りとは思えないほどの身のこなしで、若者たちの拳を軽々避けると、持っていた杖で足払いをし、鳩尾を突き、脇腹を売って、彼らを昏倒させてしまった。
正に一蹴。
うめき声を上げながら折り重なっている若者たちの上にどっかりと座りながら、おじいちゃんはため息をついた。
「まったく、そこの彼のようにわしのような年寄りに席を譲ろうという、心優しい若者がいるかと思えば、お前たちのような者もいる……。世の中ままならないな……」
一瞬の静寂の後、歓声が爆発した。
その後すぐに、騒ぎを聞きつけた車掌さんが駆けつけ、おじいちゃんと若者たちを伴って次の駅で降りていった。
その去り際に見せた、おじいちゃんのシニカルな笑みが印象的だった。
それはともかくとして、やっと目的の駅に着いた僕は、すぐさま電車を降りて、今回の目的地である父さんの会社の前に辿り着くことができた。
目の前には堂々としたたたずまいの大きなビル。
周りのビルと比べてもそん色ないここが、父さんが務める会社だ。
少しだけビルを眺めた後、自動ドアをくぐって受付に向かう。
「あの……、父さ……、いや、父に忘れ物を届けに来たんですけど……」
僕が少し緊張しながら、受付のお姉さん(結構な美人さん)にそう伝えると、受付のお姉さんは、一瞬だけきょとんとした後ににっこり笑った。
「はい、それでは、お父さんのお名前を教えていただけますか?」
「あ、えと……、西村です。西村隆盛……」
「はい。それではすぐに連絡を取りますので、少々あちらでお待ちください」
受付のお姉さんに促されて、僕はラウンジのようなところで所在無げに父さんを待つことにした。
目の前をスーツをびしっと着こなした人たちがたくさん行きかい、僕と目が合うたびになんで子供がみたいな感じの目を向けてくる。
その視線についつい小さくなりながら待つことしばし。
「文隆!」
遠くから父さんが呼ぶ声が聞こえ、急いでそっちを振り返ると、父さんがこっちに向かって走り寄ってくるところだった。
「父さん!」
知らない場所で予想以上に戸惑っていたのだろう、父さんに会えたことが嬉しくて僕もついつい大声で返してしまった。
すぐさま父さんに走り寄ると、持っていたカバンを父さんに突き出す。
「父さん、弁当忘れたでしょ?」
父さんは一瞬だけきょとんとした後、ようやく自分が忘れたことを思い出したのか、ごまかし笑いを浮かべた。
「あ、あはっはは。悪いね、わざわざ持ってきてもらって……。いや、危なくお昼を食べ損ねるところだったよ……」
はっはっはと笑う父さんは、せっかくここまで来たんだから少し会社を案内しようかといったけど、僕はそれを断って変えることにした。
暖房の聞いていた会社から一歩出た瞬間から感じる寒さに、思わず体を震わせた僕は、家路を急ぐことにした。
帰りの電車では特にトラブルに遭うこともなく、無事に帰宅。母さんにちゃんと弁当を渡したことを伝え、三人で昼ご飯を食べた後は再び自分の部屋にこもって、部長の宿題を片づけることにした。
「う~ん、いろいろと情報を漁ってみたけど難しいな……」
部長は書きたいものを書けば、自然とストーリーも浮かんでくると言ってたけど、やっぱり僕には難しい。
さてどうしたものかと困っていた時のことだった。
「お兄ちゃん! ゲームしよ!」
再び妹がいきなり僕の部屋のドアを開けて入ってきた。
「だから、真魚! 入る前にノックしろと何回も……いや、もういい。お前に何を言っても無駄だ。お前に僕の言葉は届かない……」
「お兄ちゃん、その言い方だと、私が悪者になっちゃったみたいだよ?」
「兄が何度注意しても言うことを聞かない妹は、もう悪役と一緒だ」
「それはひどいよ!?」
「酷くない。そう思うんだったら、いい加減ノックすることを覚えろ」
「んもう……。仕方ないなぁお兄ちゃんは……」
妹は頬を膨らませながらも渋々部屋を出ていった。
どうやら、入るところからやり直すようだ。
……そう思っていた時期が僕にもありました。
中々妹が部屋に入ってこないので不思議に思った僕がドアを開けようとした時のことだった。
勢いよく外側からドアが開けられた。
ちなみに西村家の家に存在する部屋のドアは、全て内開き。
つまり外から中へ押してはいるドアだ。
そんなドアを中から開けようとした瞬間に、勢いよく外側から開かれたらどうなるか?
答えは明白。
――がつん!
結構いい音がして、鼻先にドアが直撃し、僕は目から星が飛び散ったかと思った。
「~~~~~~~~~~~~~っ!!」
あまりの痛さに声もなく悶えていると、妹がひょっこりと顔を覗かせた。
「お兄ちゃん、何やってるの?」
「ふぉがふがもごごが!」
妹の問いに鼻を押さえながら答える僕。
妹は少し考えた後、何かを理解したようだ。
「『ドアを食べようとした』? 駄目だよお兄ちゃん。いくら食べ盛りでもドアを食べようとしちゃ……」
「そんなこと言ってねぇよ!?」
「えぇ? ん~、じゃあ『よくやった妹』?」
「褒めてどうするんだよ! こっちは痛いんだよ!?」
「……あ! 分かった! 『犯人はこの中にいる』!」
「お前だよ! 犯人はお前しかいないよ! むしろ他にいたら怖いよ!」
「むぅ……、じゃあなんなのさ……?」
「いきなりドアを開けるな! というか、そもそもどこに行ったんだ?」
「ああ、お兄ちゃんがノックしろって言うから、これさがしてた」
そう言って妹が見せたのは金属バットと硬式の野球ボール、そしてグローブだった。
「…………真魚さん。参考までに聞かせてほしいんだけど、あなた様はこれで何をしようとしたんですか?」
「え? お兄ちゃんが言った通りノックを……」
「ノックの意味が違うよ! 誰が野球のノックをしろって言った!?」
「てへっ、聞き間違えちゃった♪」
「聞き間違えちゃったじゃねぇ! え!? 何!? お前、もしかしてこの部屋でノックしようとしたの!?」
「てへペロ~☆」
「そうか、お前は僕にケンカを売ってるんだな? そうなんだな?」
「あ、お兄ちゃん、これ何やってたの?」
「話を聞けよ! 唐突過ぎるよ! あと話題の変え方が雑すぎる!」
「もう、さっきからおにいちゃんはツッコミばっかり……。いい加減ゲームしようよ」
「お前のせいだろ!」
ツッコミ疲れて、僕が方で息をしている間に、妹はさっさとゲームの準備をして、僕が隣に座るのを待っていた。
「…………はぁ。仕方ないな」
こうしてなんだかんだ言いつつ、妹の相手をしてしまうのは、僕が妹に甘いからだろうか。
結局、この後は日が暮れるまでずっと妹とゲームに興じていた。
…………あ、小説忘れてた……。
~~おまけ~~
妹「ところでお兄ちゃん。学校でもそうやってツッコミばかりやってるの?」
兄「その通りだ、愚妹。悲しいことにどうやら僕の周りにはボケしかいないらしい……」
妹「あれ? でも六花お姉ちゃんは?」
兄「いつからあいつがツッコミの常識人だと勘違いしていた? あれは大食い魔神のボケだ!」
幼馴染「ふ~~~み~~~く~~~ん!?」




