第26話 クリスマスパーティー
「それじゃあ、よい年を……」
先生が去り際にそう言って、教室を後にした途端、クラス中の空気がざわつく。
皆、それぞれが冬休みにどこに行くか、何をするか、誰と過ごすかを話し合っている。
そんな浮ついた空気も、今日ばかりは仕方がない。
何せ今日は、怒涛の期末テストが終わり、数日後であり、二学期最後の日、つまりは終業式の日だからだ。
すでに退屈な終業式と、担任教師からの成績表授与は終わっており、後は皆が三々五々帰るだけという状態だった。
「それじゃ、俺と楓は部活があるから」
「またな」
空と楓は、それぞれが所属する部活へ。
「じゃあね、文君」
六花はほかのクラスメイトと寄り道をしながら自宅へ。
そして。
「それじゃあ、行こうか。西村君」
「分かったから顔を近づけるな、肩を組もうとするな、その胡散臭い笑いを引っ込めろ。気持ち悪い」
「酷いなぁ……」
僕と里井は、文芸部室へ向かった。
その道中、里井が何気ない様子で訊いて来た。
「そういえば、もうすぐクリスマスだけど、西村君は予定はあるの?」
「いや……、今年は特に予定はないな……」
「あれ? 粟飯原さんと過ごさないのかい?」
「なぜそこで六花の名前が出てくるのか分からないけど、別にそんな予定もない」
「だったら九条さん?」
「だから違うといってるだろう。そもそも、僕たちはそんな甘い関係じゃないって何度も説明しただろ?」
「そうだったね」
軽い調子で肩をすくめる里井。
僕はそんな里井に逆に聞き返した。
「お前こそどうなんだよ? まさか一人で過ごすわけでもないだろ?」
「いや、僕も予定はいないからね。僕も一人かな……」
少し寂しそうに言う里井が意外に思えた。
「お前なら、黙ってれば見てくれはいいんだから、彼女の一人や二人いそうだけど……」
「見てくれはって酷いな……。あいにく、僕は女性と付き合ったことはないよ。許婚はいるけどね」
「……そうか」
……………………ん?
今、何か奇妙な単語が聞こえた気がしたけど……。
「……ごめん里井。今のところもう一回言ってくれるか?」
「……? 別にいいけど……。僕はクリスマスは君と過ごそうと思っているんだよ」
「うん、そんなこと一言も言ってないよな? 嘘はよくないぞ? 里井君?」
あまりにへんなことを言うものだから、僕は無意識に里井の首を絞めていた。
「わ、分かったから。手を放してくれないかな……。そろそろ……危な……い……」
里井の顔色が青くなってきて、口がチアノーゼを起こし始めていたので、僕は仕方なく里井の首から手を放すと、里井は大きく深呼吸をした。
「ふぅ~。助かったよ。危うく、綺麗な花がたくさん咲いた向こう岸に渡るところだったよ……」
「お前がふざけるのが悪い。それよりも!」
話がずれていきそうだったので、強引に方向修正をする。
「お前、さっき許婚がどうとか言ってなかったか?」
「ああ、言ったね」
「マジでいるのか?」
「マジでいるよ?」
「妄想とか、二次元の話しじゃなくて?」
「酷いなぁ。ちゃんとこの世界に存在するよ」
「そうか……。ていうか、だったらクリスマスはその許婚と過ごせばいいじゃん」
「うーん、気が進まないなぁ……」
なぜ里井がここまで渋るのかはわからないが、許婚がいるという状況は正直羨ましいと思う。
そうこうしているうちに、部室の前にたどり着いた僕らがいつものように扉を開けると、すでに部長が来ていて、小説を読みながらコーヒーを飲んでいた。
「部長、聞いてくださいよ……」
自分の指定席に座りながら、僕が早速さっき聞いたことを部長に報告する。
「どうした?」
「それがですね、里井のやつ。実は許婚がいるらしいですよ」
「なんだと!? それは本当か?」
確認を取る部長に、曖昧に頷き返す里井。
「そうか……。では君は参加できないかな?」
そう言いながら部長が手渡してきたのは、一枚のチラシだった。
それを受け取りつつ内容を検めてみると、そこにはクリスマスパーティー開催のお知らせが書かれていた。
「クリスマスパーティー…ですか?」
「うむ。もうすぐクリスマスだしな。せっかくだからパーティーをしてみたかったのだ。一応、参加者として、真子を始めとした生徒会メンバーは決定している。後は、六花君たちも誘うといい。というか、ぜひ誘ってくれ」
「はぁ……、まぁいいですけど……。部長は本当に六花がお気に入りですね……」
「当たり前だろう! あの子は私の癒し成分だ!」
「さいですか」
もしかしたら六花は嫌がるかもしれないけど、まぁ一応誘ってみるか。
そう思いながら、友人三人にクリスマスパーティーのお知らせをメールで送っておいた。
その間に部長は改めて里井に問いかける。
「それで? 君はどうする?」
「もちろん参加させていただきますよ」
「そ、そうか。だがいいのか? 君の……、その……、許嫁は放っておいて……。せっかくのクリスマスなんだ。彼女を誘って出かけるとかしないのか?」
「いいんですよ、別に。許嫁と言っても、親同士が勝手に決めたことですし」
この話はこれで終わりとでも言いたげに、適当に小説を広げる里井。
その里井を横目に、僕と部長はひそひそと相談する。
「文隆君、彼には何か事情があるみたいだが……、何か聞いてないか?」
「いや、何もです。僕もここに来る途中でさらりと聞いただけですし……」
「ふむ……、そうか。さてどうするか……」
「別に参加するって言ってるんだから、放っておけばいいじゃないですか」
「だがな、彼はそう言うかもしれないが、相手は彼とデートしたいと思っているかもしれないだろう?」
「そういうものですかねぇ……」
「そういうものだとも。女子はそういう特別な日というのは、大切な人と一緒にいたいと思うものだ」
「……それじゃあ、部長もですか?」
「私のことはどうでもいい。それよりも今は彼のことだ」
「そうですね……」
「むぅ……、そうだ。いっそのこと、その許嫁とやらもこのパーティーに呼んでみるのはどうだ?」
「うーん、いいんでしょうか? いや、僕らはいいにしても、その相手の人が困ったりしませんかね?」
「そこはどうにかなるだろう」
それだけ言うと、部長は里井に声を掛ける。
「直重君、先ほどのクリスマスパーティーのことだが……」
「……? なんですか?」
「君は許嫁を連れてくることはできるか? というか、彼女も参加しない限りは君の参加を認めないことにした」
「それは……、少し横暴な気がしますけど……」
里井の抗議に、部長は何を今更と言わんばかりに胸を張った。
「私が横暴? そんなものはいつものことだろう?」
どうやら自覚はあったらしい。
それならもう少しその横暴を押さえてほしいものだけど、言うだけ無駄というものだ。
それを理解しているからこそ、里井もため息をついて、降参するように両手を上げた。
「分かりました。当日は彼女もつれていくことにします」
「うむ。それでいい」
部長が満足げに頷き、そのまま部活を終了した。
◆◇◆
そして、クリスマスパーティー当日。
プレゼント交換も行うと言われていたので、事前に準備していたプレゼントを携えて、部長の家を訪れた僕たちは、テーブルの上に並ぶ豪勢な料理に目を見張った。
こんがりきつね色に焼けたローストチキンや彩りを添えるサラダ、香ばしい匂いを立てる唐揚、黄金色のスープ。
そのどれもが見ただけでも垂涎物だった。
「やあ、よく来てくれた」
「今日はお招きいただきありがとうございます」
出迎えてくれた部長に軽く頭を下げる空と、それに倣って頭を下げた僕らは、それぞれ適当な場所に腰を下ろす。ちなみに六花は部長の隣に強引に座らされていた。
「さて、後は里井だけか……」
僕がそうつぶやいた途端、家のチャイムが鳴らされ、部長が玄関まで出迎えにいった。
少しして……。
「お邪魔します」
と軽く挨拶をしながら、里井がリビングに顔を覗かせ、そして里井の裾を掴みながらおどおどと、知らない女の子が顔を覗かせた。
まさに和風美人という言葉が似合う彼女を、里井は苦笑しながら前に押しやった。
「紹介します。僕の許嫁で……」
「あ、あの、ま、松本美弥子と申します。よ、よろしくお願いしましゅ……」
噛んで、「あうぅ……」と涙目になる彼女を見て、その場に居合わせた里井を除く全員の心がシンクロした。
『か、かわいい……!』
いや、見た目もそうなんだけど、何というか、漂ってくる小動物的な可愛さが、その場の全員の琴線を刺激したのだ。
普段はマスコット的に扱われる六花ですら、里井の許嫁にはやられたようで、「文君! あの子、可愛いよ!」と言いながら悶えていた。
早速、六花と一緒に部長のおもちゃにされる松本さんを横目に、僕はこっそり里井に訊いてみた。
「すごくいい子じゃないか……。何であんなに嫌がってたんだよ……」
「ああ、確かにいい子だと思うよ。でもね、彼女はあまりにも箱入りに育てられすぎて、かなり世間ずれしてるんだよ……。それでも最初の内は一緒に遊びに行ったりしてたんだけどね……」
「あまりの箱入りっぷりに疲れたと?」
こくりと頷いた里井を見て、その場に居た男性陣、主に僕と空、向井さんの心が一つになる。
つまりは……。
「「「このリア充め!」」」
ということである。
「向井さん、こいつどうします?」
「そうだな……、とりあえず一発殴っておこうか」
「ちょっ!? 西村君も向井さんも何を言って……」
「あ、それだったら俺も参加します」
「季高君まで!?」
里井のツッコミを無視して、にじり寄っていく僕ら三人。
里井は後ろに下がりながら、暴漢に徹している黒野さんに目を向けた。
「黒野さん! 見てないで止めてください!」
「里井君……。すまないが、俺には彼らを止められない……いや、違うな。止めたくないのだ。だから、あえてこう言おう。……だが断る!!」
「黒野さんまで!? 裏切ったな!? 父さんと同じで僕を裏切ったんだ!!」
里井が顔を絶望に染めて嘆くと、見かねたのか、松本さんがおずおずと僕らに声を掛けてきた。
「あの、皆さん……。その、彼を許してください。彼にも悪いところはあったのかもしれませんが……、本当はとても良い方なんです!」
瞳を潤ませて、けれど懸命に訴える松本さん。
そんな松本さんに、僕たちは安心させるように言った。
「大丈夫です。これは一種のスキンシップですから」
「そうそう。あいつを彼をいじめようとしてるわけじゃないです」
「だから安心していいよ」
「やりすぎないように、気を付けるから」
僕ら四人のセリフを聞いて、おろおろと僕らと里井の間で視線を彷徨わせていた松本さんは、やがて安心したかのように顔を綻ばせた。
「……そうだったんですか。失礼しました。それじゃ、彼をよろしくお願いします」
『もちろん』
「あれっ!? ちょっと美弥子さん!?」
「直重さん、楽しんできてくださいね」
ひらひらと手を振る許嫁に見送られて、里井は僕ら四人に引きずり込まれた。
◆◇◆
しばらくして、スキンシップという名の憂さ晴らしを終えた僕らが戻ったところで、改めてクリスマスパーティーを始める。
「それじゃあ、皆さん、メリ~クリスマ~ス!」
生徒会長の音頭に合わせて、ジュースの入ったグラスを軽くぶつけて乾杯した後は、それぞれ好き勝手に料理に舌鼓を打っていく。
松本さんなんかは、部長に料理のレシピを真剣に聞いたりしている。多分、後々に里井に振る舞うためだろう。
本当にうらやましい。
それはともかくとして、美月さんがパイ投げをしようとしたが、さすがに松本さんもいるということで必死に皆で止めたり、パーティーの定番の王様ゲームで、向井さんが女子にエロい命令をして粛清されたり(むしろ粛清に喜んでいたけど)、部長が松本さんに許嫁なら料理を「あ~ん」で食べさせるのが常識だと嘘を吹き込んで、松本さんがそれを信じ込んでしまい、里井に恥ずかしがりながらも実行したりと、楽しい時間はどんどん過ぎていった。
そして今。
最後のメインイベント、「プレゼント交換」を前に、松本さんを除く全員が緊張した面持ちになっている。
ちなみに、松本さんはなぜこんな殺伐とした空気になっているのか分からず、おろおろした挙句に里井の後ろに隠れている。
ともあれ、部長がゆっくりと、重々しく口を開いた。
「皆の者、自分のプレゼントに番号は張り付けたか?」
全員が頷いたのを確認して、今度は美月さんがゆっくりと口を開いた。
「皆さん、トイレは済ませましたか? 部屋の隅でガタガタ震える覚悟はできましたか?」
またも全員が頷いて、次は部長と美月さんが同時に宣言した。
「「それでは、クリスパスパーティーメインイベント、プレゼント大抽選会を始めます!」」
途端、全員が歓声を上げ、松本さんがびくりと身を竦ませる中、部長がルールを説明する。
「さて、このプレゼント抽選会のルールだが、まずは各自が事前に用意してきたプレゼントに、配布した番号カードを張り付けてもらった。後は単純に、抽選を行って当たった番号のプレゼントを受け取るという単純なルールだ」
「でも、ただ抽選するだけでは面白くないということで、こんなものを用意しました」
そう言って取り出されたのは、スマ○ラだった。
「これでトーナメントを行い、優勝者から抽選をしていく。それではまずは第一回戦!」
そして、僕たちのプレゼントを巡る仁義なき戦いが始まった。
今回は初心者の松本さんがいるということで、リアルファイトは禁止されていたけど、それでも大いに盛り上がった。
ちなみに、優勝者は何と松本さんだった。
それから数時間後。
はしゃぎ疲れたのか、松本さんと六花が寄り添いながら眠ってしまったので、パーティーはお開きとなり、里井は松本さんを、僕が六花を背負って、部長の家を後にした。
~~おまけ~~
文隆「ところで部長……」
部長「なんだね、文隆君?」
文隆「や……、なんで平成ももう終わりかけの4月にこんな話なんですかね? 季節はずれにも程がありませんか?」
部長「ふっ……そんなのは決まっているだろう? 作者の更新が遅すぎたんだ!」
文隆「やっぱりですか! まったく、駄目作者ですね!」
作者「あなたたち……しまいには泣くよ?」




