六年生の冬、究極の「半袖封じ」
春になって暖かくなると、「半袖」の罰は事実上消滅した。
春から秋は、「半袖」や「はだか」もただの「正座」とほとんど変わらず、なぜか私のいたずらも小康状態になって、正座の罰が時々ある程度で穏やかに過ぎていった。
話は、同じ担任のまま迎えた六年生の冬に続く。
冬になって、私は何を思ったのか、究極の「半袖」封じの技を考え出した。完全におバカなのだが、
「冬の間、一日中ずっと半袖半ズボンで過ごす」
という宣言をしたのだ。
宣言と言っても、先生と親に言っただけだが、クラスでは親しい友達に話して、そこから広まった感じだった。
これなら、先生は私からジャージを没収して「半袖になれ」という罰を与えることができなくなるはずだ。
普段からバカな私を知り尽くしている母親は、何も言ってこなかった。
でも、なぜか成り行き上、家でも半袖半ズボンになってしまった。休みの日も半袖半ズボン。罰でないので自分で決めていいはずであるが、罰の時と同様、薄い半袖体操服一枚だけで下着はなし、靴下も履かずに向こうずねを出して裸足。出かける時は裸足に靴を履いた。
また、なぜか母親は昨年の罰の時のように、私がストーブに近づくと、
「近づくな!」
と叱ってきた。
かなり理不尽であるが、自分の意思で半袖半ズボンをやるならそれくらい耐えろということらしい。厳しいけれどユーモアがあるといったところだろうか。完全に私は母親の手玉に取られていたと思う。
さすがに寝る時だけは長袖のパジャマであったが、朝起きる時と朝食が本当につらかった。
暖かい布団から出て、寒い部屋で半袖半ズボンしか着ることができない。かなり思い切らないと布団から出られない。
ある朝、一回だけ布団から出られなくてグズグズしていると、母親から容赦なく布団剥ぎの洗礼が飛んできた。さらに、
「いつまで半袖半ズボンするの? やめたら?」
という、私の負けず嫌いな性格を知り尽くした母親の攻撃が続く。
「続けるもん」
と意地になる私。
それ以降、母親が起こしに来る前に起きるようにしたが、やっぱり毎朝起きる時が一番つらかった。冬の部屋の温まっていない時間に、震えながら朝食を食べた。
結構寒い地域なので、冬にそんな格好をしている小学生など周りに誰もいなかった。
途中でやめたいという毎日であったが、両親、先生、友達に宣言してしまった以上、どうしてもやめるわけにはいかなかった。朝から晩まで、寒さは結構つらかったけれど、自分的にはやめる選択肢はなかった。
一方、いたずらは質、量ともに激減していた。寒さに耐えるだけで精一杯で、いたずらをする余裕などなかったのだ。学校で「正座」の罰は何回かあったが、当然「半袖」の罰はなく、「はだか」を受けることもなかった。
ここで私は、さらなる反転攻勢に出て、大きな敗北を味わうことになる。
読んでいただきありがとうございました!
いよいよ、次話で完結です。
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それでは、次のエピソードでお会いしましょう。




