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マイナス五度の決戦と、初めての敗北 【完結】

寒さも一番きつい一月下旬、夕方のテレビで「明日はこの冬一番の冷え込みで最低気温がマイナス五度」という天気予報を聞いて、私は決意を固めた。


どうせなら、誰も真似できない伝説を作ってやろうと考えたのだ。


夜寝る前に、母親に「明日はランニングで行くから」と言って寝た。母親はえっという顔をしていたが、何も言わなかった。

母親は冬服はさっさとしまってしまい、当時の私のタンスには、半袖半ズボンの体操服と下着のパンツが数枚ずつと、夏用のランニングシャツが数枚入っているだけであった。


その首や肩の大きく開いたランニングシャツと、いつもの体操半ズボンを用意して床に入った。


翌朝起きて、ランニングシャツと半ズボンに着替えた。

いつもどおり部屋の中は寒かったが、これまでの生活で皮膚が麻痺していたのか、それほど寒さが強いとは感じず、「いつもとそんなに変わんないや」という安心感があった。これならいける、そう確信した。


しかし、家を出た瞬間、一気に気持ちは変わった。


寒いというより、手足が痛い。

その日は特に寒かったこともあって、つらさがいつもの比ではない。たちまち自分の行いに猛烈な後悔が押し寄せた。


「間違えた。今すぐ家に戻って着替えたい」


本気でそう思ったが、家に着替えに戻るわけにもいかず、そのまま登校した。


登校中も学校に着いてからも、私はただただ、体の芯から突き上げてくる激しい寒さにガタガタと震え続けていた。先生や周りの反応をうかがう余裕など、これっぽっちもなかった。


昼を過ぎる頃になって、ようやく私の身体も寒さに落ち着きを取り戻してきた。

正気に戻った私は、そこでいつものように、他愛のない悪ふざけをしてしまったのだ。運悪くそれを担任の先生に見咎められ、放課後の「正座」を言い渡される。


確かに叱責だけで済むかもしれない内容ではあったが、正座ぐらいになってもおかしくない程度ではあった。先生は私のランニングシャツ姿について、朝から何も言ってこなかったし、この時も特に触れなかった。


その判定が、私の姿を見ての意図的なものであったかどうかは、今でもわからない。いつもと変わらない、淡々としたお仕置きだった。


ただ、何よりもショックだったのは、周囲の反応だった。

学校で「おい、今日はランニングなんだ」と言ってくる友達もいたが、彼らにとっては半袖もランニングも「いつもの悪ガキの薄着」という同じ範疇でししか判別されなかったのだ。


半袖とランニングの間にある、あの決定的な寒さの違いを理解してくれる友達は誰一人としていなかった。先生も含め、みんな驚くほど私の違いを気にしてくれないのだ。


自分にとっては天国と地獄ほどの差がある、命がけの挑戦だった。それなのに、誰にも気づいてもらえない。その報われない孤独な戦いが、寒さ以上に私の心を折っていった。


◇


放課後の、雪のちらつく校庭でのランニングシャツ、半ズボン、裸足での正座。

おそらく、私の人生の中で一番つらい正座だった。


肉体的には、じょうろで水をかけられた時が一番大変であったが、あの時は女の子への対抗心と怒りから我慢ができた。今回は完全な自滅である。


ランニングシャツは首や肩が大きく開いたものであり、そこから冷たい北風が容赦なく入ってくる。ランニングは裸と半袖の間だろうけれど、体感はほとんど「はだか」だと感じた。


いつもならただの「正座」は短時間で許されるが、その日に限って先生が来るのが遅い。いや、時計も見えない場所であったので、寒さのあまり長く感じただけかもしれない。


やがて先生は普通にやってきて、普通に許されて終わりになった。

私はとても寒く、ガタガタと震えながら、少しでも温まろうと家に向かって必死に走って帰宅した。


帰宅途中、とても明日以降は続けられないと確信した。


家に帰るとさすがに外よりは暖かく、未練がましく、その日寝るまではそのままで過ごした。自分で決めたランニングシャツ、半ズボンがたった一日しか続けられないのは、大きな敗北であった。


私にとって初めての敗北である。

じょうろ女子に負けた時も悔しかったが、あれは薄着で負けたわけではない。自分のふがいなさに、情けなくなりさえした。


「ランニングシャツは続けられないが、やっぱり半袖半ズボンは宣言した以上続けるしかない。ランニングシャツはたまたま今日やっただけなんだ。誰にもずっとすると言っていないし」


などと頭の中で必死に言い訳をするが、やっぱり敗北感は拭えなかった。


もし、あの日のあのタイミングで「正座」の罰さえなければ、私は続けられたかもしれないという思いは強かった(今から思うと、そうでなくても早晩続けられなかったと思うが)。あの時の「正座」の罰が先生の意図かどうかわからないが、そうだとすると、ある意味、先生の大勝利だと思う。


この敗北感から、すっかりいたずらをする気力もなくなり、その日以降は「いい子」になってしまい、「正座」の罰を受けることはなかった。


しかし、私の悪ガキとしてのプライドは、まだ完全には死に絶えていなかった。

ランニングシャツの敗北から数日後、私はあろうことか、最終兵器である「はだか」を使ってリベンジをしようかと本気で考え始めたのだ。


「ランニングがダメなら、いっそ一日中、上半身裸で過ごしてやろうか」


そんな恐れを知らない計画が頭をよぎった。だが、冷静に考えてみれば、昭和の時代とはいえ真冬に裸で通学するのはさすがに無理があるし、そもそも先生が科す「はだか」の罰だって、裸になるのは放課後に正座をする時だけだった。


そこで私は、ある「実験」を思いつく。

ある日の放課後、家で親の目を盗んでこっそり上半身裸になり、冬の冷気が満ちる庭に出て一人で正座をしてみたのだ。我が家での、孤独な秘密のシミュレーションである。


じっと目を閉じ、北風に身を晒す。だが、十分ほど経った頃、私は目を開けて思った。


「……なんだ、十分くらいならそんなにつらくないな。これじゃあ、やっても大した伝説にはならないか」


庭での十分間を耐え抜いたことで、妙な満足感を得てしまった私は、結局「はだかリベンジ」を諦めることにした。もしあの時、庭での正座がもっと過酷なものに感じられていたら、私の意地にさらに火がついていたかもしれない。


今振り返れば、これ以上傷口を広げずに済んだ、賢明な撤退だった。


◇


翌日以降は、以前と同様の半袖半ズボン生活が続いた。

それでも寒さは結構つらかったけれど、私にはやめる選択肢はなかった。朝、未練がましく一度はランニングシャツを着た時もあったが、登校前に半袖に着替えた。休日に、一時的にランニングシャツを着たりもした。


でも一日中ランニングシャツで過ごすことは、それ以降はできなかった。というより一回敗北しているので、今更してもという思いが強かった。


それでも、意地で卒業まで半袖半ズボンを続けた。


そして迎えた卒業式。

記念写真の中の私は、自分だけが半袖半ズボンの姿で写っている。


ただし、それはボロボロの体操服ではなかった。

私の意地を知り尽くしていた母親が、卒業式のために「少し上等の、普通の子供服の半袖半ズボン」を新調して用意してくれたのだ。


他の子どもも着飾って卒業式に出る地域ではなく、同じような少し上等な子供服なので、写真もよく見ないとそんなに違和感はない。普段が体操服やジャージばかりだったから、自分でもずいぶん上等に感じたのを覚えている。


卒業式の日は、中学校が学区の都合で分割されることもあって、あまり半袖半ズボンの話は出なかった。そのころには、クラスの中で私の半袖半ズボンは普通の光景になってしまっていたからだ。友人たちとの別れの寂しさが勝っていた。


半袖半ズボンを卒業まで続けたけれど達成感はなく、やっぱり敗北感が残っていた。


何とも言えない思い出である。

『氷点下のプライド』、最後までお付き合いいただき本当にありがとうございました!


少年時代のほろ苦い「初めての敗北」の思い出ですが、皆さんの心に少しでも昭和の冬の匂いや、あの頃の不器用な熱量が届けば嬉しいです。


今後もこのアカウント(北風頑太)では、昭和の時代、冬の寒さに耐える男の子たちの物語をシリーズとしてお届けしていく予定です。


もし「次の作品も読んでみたい」「この雰囲気が好きだ」と思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク登録】や【☆評価】での応援をよろしくお願いいたします。皆さんの感想もお待ちしております!

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