宣戦布告と二週間の極寒地獄
放課後、雪の混じった冷たい風に打たれながら校庭での正座を終え、私は寒さを我慢して、家に帰って私服を着ようとした。
しかし、玄関で待っていた母親から雷が落ちた。すでに先生から連絡を受けていたのだ。
私はそのままの姿で正座をさせられ、また説教を受けた。
私の母親は、厳しい中にも独特のユーモアと冷徹さを持った、一筋縄ではいかない女性だった。完全に私は母親の手玉に取られていたと思う。
母親は家でもずっと半袖半ズボンで過ごすよう、私に命じてきた。
覚えたての「泣き面に蜂」という言葉を、心の中で叫んでいた。
木造の我が家は隙間風も多く、冬場は底冷えがした。
せめて部屋に置かれたストーブの近くだけが救いだったが、そこへ近づこうとすると、母親からすかさず一喝された。
「近づくな! 自分で蒔いた種だろう」
普通の子なら、ここで深く反省して大人しくなるのだろう。
しかし、いたずらっ子の私は違った。
「一日中、半袖半ズボンの生活になったんだ。だったら相変わらずしょっちゅういたずらしてやれ」
という、無敵の人さながらの開き直りである。
だが、先生のほうが一枚上手だった。いたずらをするたびに、罰の期間が容赦なく延長されていく。一週間のはずだった「半袖登下校」は、結局「二週間」へと延びた。
罰が伸びるというのに、
「どうせ半袖半ズボンなんだから」
といたずらを重ね、放課後に寒さで猛反省する、という愚かなループを繰り返していた。
毎日いたずらを続けていれば、論理的には「永久半袖」になるはずだった。それが二週間で済んだのは、今思えば先生のせめてものお情けもあったのだと思う。
◇
家での半袖半ズボン生活も二週間になり、結構つらい毎日であったが、ようやくジャージが返ってきた。
実際は洗濯をしなければならないので、2着とも先生から親に返されており、二週間後に親の手から出されたのだ。
しかし、私の心境に大きな変化はなかった。
なぜなら、翌日からはまた「半袖」の罰を毎日のように受けていたからだ。
反省しない私と、一部の悪ガキ仲間に対して、先生はついに新たな罰を生み出した。
それが──「はだか」である。
読んでいただきありがとうございました!
悪ガキたちのプライドをかけた闘いは、ここからさらにエスカレートしていきます。
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それでは、次のエピソードでお会いしましょう。




